白昼夢の終末で、僕は目を開ける

桃里 陽向

白昼夢の終末で、僕は目を開ける

世界の終わりは、思っていたよりずっと静かだった。

空は壊れず、街は燃えず、ただニュースだけがやけに明るい声で「異常なし」を繰り返している。


僕の中だけが、異常だった。


彼女が現れたのは、睡眠不足が三日目に入った朝だ。

天使みたいな顔をして、でも現実味がなくて、触れたら消えてしまいそうな存在。

彼女は笑って、ありえないことを言った。

--君なら世界を変えられる、と。


最初は悪い冗談だと思った。

次に、これは呪いだと理解した。

期待という名の呪い。役割という名の鎖。


一方で、別の声も聞こえていた。

低く、甘く、指を折りながら未来を数える声。

「逃げろ」「考えるな」「これは全部妄想だ」

その声は、僕の恐怖そのものだった。


街を歩く人たちは、皆ちゃんと生きているように見えた。

心臓を動かし、孤独を履き潰し、誰かの何かになっていく。

それが“正常”なのだと、世界は言う。


彼女は裸足だった。

地面の冷たさをそのまま受け取るような、無防備な存在。

僕は気づいていた。

このまま彼女の言葉を信じ続ければ、彼女は僕の中でしか生きられない。


だから僕は、選んだ。

彼女を救うために、彼女を終わらせることを。


「君は夢を見ている」

そう言って、目を閉じた。

彼女は悲しそうに笑って、何も言わなかった。


目を開けると、世界はまだ続いていた。

終末は来ていない。

でも確かに、血は流れている。確かな現実として。


いつかまた、あの悪魔の声が戻ってくるだろう。

その時は、今度は僕が呪いをかけてやる。

妄想でもいい。白昼夢でもいい。


それでも僕は、もう一度目を開ける。

夢を囮にして、生きていくために。

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