第2話 プロローグ②

 「アレアたん、ようこそ! 我が家へ!」


 推しが我が家に転移してきて、真っ先にやること。それは歓迎の言葉をかけることだった。

 疑問が全くないと言えば嘘になる。が、そこを逐一突き詰めようとしたって仕方ない。

 現状、アレアが我が家にやってきたという事実は変わらない。

 ならば、まずはアレアが来てくれたことを素直に喜ぼう。その思考になんらおかしなことはないはずだった。


 「…………それでここはどこなのよ」


 アレアは睨むように私を見た。不機嫌さが全身に溢れ出している。触れることさえ、憚られるような恐ろしさがそこにはあった。

 それもまた、アレアの魅力であると私は思う。


 「ここはね、日本だよ」

 「ニホン?」

 「そう、日本」

 「聞いたことないわね……」


 アレアは訝しむ。


 「そりゃそうでしょ」


 聞いたことないのは当然だった。

 アレアがいた世界。それは日本とは無縁な世界。すべてが空想。すべてがファンタジー。二次元の世界。

 するっと日本を理解する方が怖い。


 「だって、ここはアレアたんがいた世界とは違うから」

 「わたくしのいた世界とは違う……ですって?」

 「うん。アレアたんはね、この中で活躍するキャラクターなんだよ? 私の世界ではね」


 パソコンのモニターを指差す。モニターにはアレアが仁王立ちしているイラストが描かれていた。ヒロインに向かって「ユート様に近付こうだなんて千年早いのよ!」と虐めている場面だった。アレアは鋭い目つきで、ヒロインを見下す。

 そのザ・悪役令嬢みたいな顔がツボだ。


 「どういうことですの? で、でも、わたくしが居ますわね。そこの板にはたしかに……わたくしが」


 アレアはわかりやすく困惑していた。


 「うーん、わかりやすく説明するなら、アレアたんは物語のキャラクターってわけ」

 「わたくしがキャラクター……?」

 「そ。アレアたんはキャラクター」

 「絵本とか、小説のキャラクターみたいなものよね?」

 「まあ、そういうことになるね」

 「でもわたくしは生きてますわよ? キャラクターなんかじゃありませんわ」

 「って、言われてもなあ。ほら、これ持って?」


 アレアにコントローラーを渡す。

 戸惑いの表情を消すことなく、コントローラーを受け取った。そして、視線を落とし、ボタンをじーっと見つめてから、ゆっくりと顔を上げる。モニターを見つめ、またボタンを見る。幾度となく繰り返す。


 「そこのボタン押してみて?」


 親指にかかったボタンを指差す。アレアはポチッとボタンを押した。


 『わかったかしら? あなたはわたくしたち貴族とは違うのよ。学園に入学できたのだって、なにかしらのコネなのでしょう? コネならばコネらしく、草葉の陰で大人しく縮こまっているといいわ!』


 画面下部にテキストが表示され、セリフが読まれる。


 「なっ……なによ!? なんなのよこれ!?」


 アレアは顔面蒼白になっていた。健康そうな肌だったのに、今はもう真っ青になっている。


 「ゲームだね」

 「なによ、なんなのよそれ。なんでわたくしが虐めてること知られてるのよ。こんなに記憶そっくりなのよ」

 「虐めてる自覚あったんだ。アレアたん。可愛い」

 「無自覚にやるわけないでしょう?」

 「まあ、それもそうだね」

 「ゲームってなんなのよ……」


 話しているうちに落ち着いてきたようで、状況把握に努めようとし始めた。まじまじと手に持っているコントローラーを見つめ、ボタンを適当に押し始める。ゲーム中なので、勝手にゲームが進行してしまう。アレアが乙女ゲームをしている。しかも『聖剣と花冠のアルカディア』をだ。自分自身を破滅に追い込んでいる。


 「ゲームはゲームだよ。その手に持ってるコントローラーで遊んで自分でストーリーの進む先を選べる絵本みたいなもんかな?」


 FPSやシューティングゲームであれば、この答えは不適切なのだろう。だが、乙女ゲームに関しては概ね間違っていない。


 「つまり……わたくしは遊ぶ絵本、いわゆるゲームの中に登場しているキャラクターということなのね?」

 「アレアたん! 物分りがいい! さすが、可愛い! アレアたん最強!」

 「だまらっしゃい」


 よっ! と、おだてていると、怒られてしまった。


 「これを見せられれば、嫌でも理解するわよ。どう見てもこれはわたくしだもの」


 すーっと嫌そうにモニターを睨む。


 「ですけれど、なぜわたくしはこの世界にやって来てしまったのかしら?」

 「さあ、そんなの私に言われてもわかんない」


 こればっかりは神のいたずらということにするしかないだろう。少なくとも私は知らない。召喚術を使ったわけじゃないし。突然、アレアが舞い降りただけ。


 「……帰れないのかしら?」


 悲壮感を漂わせていた。


 「帰りたいの?」

 「帰りたいわよ。この世界はわたくしの居た世界とは違うのでしょう? ということは、わたくしの知り合いはどこにもいないということじゃない」

 「まあそうだろうね」


 アレアの世界からやって来ている他の人物がいる可能性は低いだろう。ゼロとは言わない。だが、ほぼほぼゼロに近い。


 「お父様にもお母様にも会いたいわ。ユート様にだって会いたいわ。婚約者なのに、まだキスだってしていないのよ……」

 「じゃあ、私とする? キス」

 「なんでよ!? しないわよ!?」

 「えー、キスしたいんでしょー?」

 「誰でもいいわけじゃないわよ。全く。この世界の倫理観はどうなってるのよ」


 ぶつくさ文句を垂れながら、コントローラーのボタンをぽちぽちと押していく。

 アレアの婚約者で、第二王子でもあるユートが登場し、ヒロインを庇う。『アレア。なにをしているんだ!?』『キーっ! 覚えてなさいっ!』と、モニターからアレアは消えていく。そのストーリーをコントローラーを持っているアレアはぼうっと眺めていた。どんな感情を抱き、考えながら、見ているのだろうか。


 「も、戻りたいわよ……元の世界に」


 目を逸らした、アレアは話を戻した。

 なんだか嫌なことでも思い出したらしい。なお元の世界に戻りたいと願う。言い訳みたいに口を動かしたけれど、表情からわかる。その気持ちに嘘偽りはないのだと。本気で、元の世界に戻りたいと願っているのだと。


 推しが目の前にやってきた。その事実に大興奮し、嬉々として喜んでいた。が、アレアの幸せを考えた時に果たしてこれがいいことなのかと言われれば簡単には頷けなかった。元の世界に戻ったところでアレアはきっと破滅し、追放やら処刑されることになる。ゲームという性質上仕方ないことだ。だが、それはゲームの話、とも言える。ここにはアレアが実際にいる。このアレアが来たのはゲームに似て非なる場所なのではないか? と思うのだ。『聖剣と花冠のアルカディア』に限りなく近い別の世界。

 だったら未来は変えられる。アレアが幸せを掴む未来があるのかもしれない。

 その可能性として有り得る未来を潰していいのか。とても簡単には頷けなかった。


 「アレアたんは元の世界に戻りたい?」

 「戻れるのなら戻りたいわよ。まだやり残したことだって沢山あるのよ?」

 「…………」

 「あなたが見知らぬ世界に飛ばされたとして、その世界でまあいいかって生きていけるのかしら? そんな簡単に割り切れるものではないと思うのだけれど」


 異世界転生という作品に毒されていたことに気付かされる。

 違う世界に行くというのは、本来恐ろしいものなはずだ。ご都合主義という塗装で美化されているが、誰も知らない世界に一人で放り込まれる……というのは、苦しくなる。


 「その通りだけど……私にもわかんないんだよね。アレアたんが元の世界に戻る方法……」


 アレアを召喚したわけじゃない。理由もわからずアレアはここに降り立った。原因がわかれば逆算できる。少なくとも推察は可能。だが、理由も分からないので、どうしようもない。お手上げ状態だった。


 「ああ、いや。一つだけあるかも」

 「……? 教えてちょうだい」

 「最近、この国にダンジョンが乱立したんだ」

 「ダンジョンがあるのね、この世界にも」


 『聖剣と花冠のアルカディア』にもダンジョンはある。RPG的要素も少しはあったりする。ノベルゲーではないからね。

 ちなみにアレアは火の魔法の使い手。学園でもピカイチの腕前で、実力でヒロインの邪魔をしてくる。ゲームを進行する上では厄介この上ないが、人としてはカッコイイとさえ思う。


 「そのダンジョンをぜんぶ攻略すると、一つだけ願いが叶えられるんだってさ」

 「願いが叶えられる……のね?」

 「そう。だから、ダンジョンを攻略して、アレアたんの願いを叶えればいいんじゃないかな。元の世界に戻りたいって」

 「そうしたら戻れるのね?」

 「どこまでこの情報に信憑性があるのかは知らないけど。他になにか思いつくわけでもないし。やれるならそれくらいだと思うよ」

 「それならやるしかないわね。いいわよ、やってやろうじゃないの。ダンジョン攻略……!」


 アレアはやる気を見せる。


 「こんなことになるなら、少しくらい潜っておけば良かったなあ……戦えるかな、私」

 「あなたも行くの?」

 「え、もちろん。アレアたんのためなら、死んだっていいんだよ? 私はアレアたん親衛隊なんだから」


 アレアが元の世界に戻りたいと切に願うのならば、その願いを叶える一助になるのが推す側の使命というもの。


 「アレアたんのためなら死んだっていいんだよ」

 「なんで二回も言ったのよ」

 「えっへっへ、決意表明みたいなもんだよ」


 推しのために言いたいセリフ堂々第二位のセリフを言っちゃった。


 「そう。では精々頼りにしているわ。えーっと……名前を聞いてなかったわね」

 「私の名前は荘司しょうじなぎさ。アレアたんにはナギナギって呼んで欲しいなっ?」

 「なぎさね」

 「えーん、つれないなー」


 荘司嬢とか、なぎさ様とか、余所余所しい呼ばれ方をするのも覚悟していた。アレアは悪役令嬢なだけあって淑女教育を受けてきているから。

 ナギナギって呼んでくれないのは寂しいけれど、なぎさって呼んでくれるからまあいいかの気持ちでいっぱいだ。

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全国にダンジョンが出現し、我が家には推しである悪役令嬢がやってきた 〜ダンジョンを全部攻略すれば願いが叶うらしいので、推しを元の世界に帰すためにダンジョン攻略します〜 皇冃皐月 @SirokawaYasen

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