エレクトリック・ヴァルキリー【逆転の青狼】

火猫

プロローグ



MotoGTe 世界選手権 第3戦

リカルド・タチサーキット


パドックに並ぶ15台のマシン。

そして、最終列には世界ランキング49番目が選抜予選をギリギリ潜り抜けた。


そのライダーの姿に、誰もが一瞬だけ視線を奪われる。


「……男?」


誰かが呟いた。


ヘルメットの開いたバイザー越しに覗く顔は、まだ少年の輪郭を残している。

肩幅は狭く、腰も細い。

だが、その様子は…異様に静かだった。


レーサー名――Shuwa(シュウワ)

日本国籍。15歳。

世界ランキング49位。


そして――

世界ベスト50に唯一残った男だった。



MotoGTeは数字の世界だ。

出力、回生効率、バッテリー温度、荷重移動角、タイヤの歪み率。

すべてが数値化され、最適解が叩き出される。


だからこそ、ライダーの差は「身体条件」に帰結した。


・低重心

・軽量

・柔軟な関節可動域

・繊細なスロットル操作

・瞬間的な荷重逃がし


――女子が有利になるのは、もはや常識だった。


事実、現在のトップ10は全員女性。

世界50位以内に男性の名があったのは、7年前が最後。


シュウワが49位に入った瞬間、世界中の解説者達が一斉にざわついた。


「データエラーじゃないのか?」

「レギュレーションの抜け穴?」

「日本のランキングは甘い」


だが、どれも違った。


彼は――

数字を超えてきた。



「シュウ、ラインはいつも通り。無理に攻めなくていい」

インカム越しの声は落ち着いている。


母、伊達ヒロコ。

元・プロレースライダー。

今はシュウワの専属メカ兼マネージャー。


この世界では異常な存在だ。


・普通分娩

・母乳育児

・分業をほぼ使わない子育て

・親子で同居


「効率が悪い」

「感情依存が起きる」

「時代遅れ」


そう言われ続けてきた。


だが――

シュウワの走りは、そのすべてを否定していた。



予選Q1。

シュウワは、他の誰よりもブレーキを遅らせない。

代わりに――

解除を異常なほど早くする。


電動マシン特有の回生ブレーキ。

女子トップライダーたちは、そこを最大効率で使うのがセオリー。


だがシュウワは違った。


「……回生、捨ててる?」


解説者が首を傾げる。


ブレーキ解除と同時に、マシンが一瞬だけ浮いたように見えた。


そこで彼は――

身体を使ってマシンの向きを変え、更に寝かせ直す。


人間側で姿勢を作り、電子制御に任せない。


それは――

かつてレシプロエンジン時代に必要だった、

古い走り。


そして誰もが忘れていた走り。



トップとの差――

29.8秒。

スプリントレースなら規定時間内。

周回遅れ、ギリギリ回避。


観客席が静まり返る。


「……残ったぞ」

「男が……残った」

「49位がベスト15に入った」


だが、シュウワの表情は変わらない。


彼は知っている。


ここは通過点だ。

そして、耐久レースという地獄が待っていた。


MotoGTe 世界選手権 第3戦は耐久戦である。

それは3時間。

通常のスプリントレースの倍。


ここで初めて、女子ライダーたちの完璧さが裏目に出る。


・最適化された姿勢

・極限まで詰められた筋肉使用

・電子制御への完全依存


疲労が蓄積すると、崩れ方も同じになる。


だがシュウワは違った。


彼は――

無駄を許容する走りをしていた。


母と二人でやってきた草レース。

電子制御の甘いマシン。

雨、砂、段差。


「完璧じゃなくても、走り続けろ!」

オンザトラック。

それが、ヒロコの教えだった。


レースが始まり、トップスリーは安定の走りを見せていた。


2時間経過。

シュウワの順位――

8位。


実況席が沈黙する。


「……これは」

「偶然じゃない」


世界は気づき始める。


女性が強い世界で、それでも人間そのものが問われる領域が残っていることに。


レースはトップスリーがそのままゴール。

チェッカー後。


パドックで囲まれるシュウワ。

「どうして戦える?」

「何が違う?」


少年は少し考え、答える。


「……母ちゃんと、走ってきただけです」


その一言が、分業化された世界のど真ん中に、静かな亀裂を入れた。


翌日のネットニュースの片隅に載せた記事は。


『MotoGTe 世界選手権 第3戦 第4位にShuwa(シュウワ)入賞。男性プロレーサーとしては10年ぶりの快挙』

『Shuwa(シュウワ)ランキング48位』


壁は、まだ厚い。

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