美味しければいいってもんじゃない! 卵、トリに宣戦布告!

蜜柑桜

卵、鶏と対峙する

 女子大学生、嘉穂はスーパーの生鮮食品売り場で仁王立ちになっていた。

 目の前に並ぶは鶏肉のパック、左手のラックには卵パック。両者を交互に睨みつけながらも買い物籠をひっかけ腕組みした腕が動かない。

 言うまでもない。どちらを買うか、なのである。

 近年の卵高騰にて都内スーパーで十個百円台の卵は稀少になり、運が良くて258円、通常平均300円以上。かたや鶏肉は銘柄鶏を選ばなければ、100gあたりささみ77円、胸肉67円、もも肉ちょっと高めで103円(税込)。

 しかしどうだ。今は年末である。イコール年始直前のお節料理準備期間である。

 何か関係が? 関係大有りである。

 お節料理に欠かせぬ品といえば伊達巻きと雑煮。地域によっては錦卵と松笠焼き。

 クリスマスのご馳走にかこつけた値上げを過ぎたと言うのに、鳥インフルエンザによる値上げ、そしてそこに拍車をかける品薄は年始の正月料理のためなのである。

 しかしながらこの年末年始、両親が旅行に行くからと言って嘉穂の帰省は無しなのだ。おせち無縁! 赤貧大学生にとっては卵と鶏肉こそひと月を乗り切る有力な戦友であり、市場が開くまで馬鹿上がりする食材を横目に左団扇で過ごせるかの要である。

——鶏肉か……

 どどんと並ぶはお雑煮用細切れ肉。一パック400g以上ばかりがずらりと方陣を組んでいる。

——卵か……

 一ラックにつき孤軍待機、もはや選択肢は少ない。だが幸なるかな、最後の一つの235円(普段の20円引き)パックがそこに一つ。

 ちら、と鶏肉の冷蔵ケースを一瞥する。その時、カートを押した婦人が卵のラックに近づいた。

——ふんぬっ!

 勢いよく頭を振り切ると同時に組んでいた腕を解放する。カートが足先に差し掛かる直前、かろうじて残った一パックに手が——!

——一個あたり23.5円、死守ぅ!

 続けて冷蔵ケースの片隅から値引きシールの貼られたパックを一つ、奪取。勝利は我の手に!



***



 割れないように買い物袋の一番上に載せた卵パックを我が城台所の台に置く。艶めく赤玉は大小様々、この不揃い具合が安さの秘訣か。いずれにせよ新たな年を踏み出すべくここに迎えたもう。

「さて」

 十個陳列の隣に取り出したるは赤々と値引きされた鶏ひき肉180g。本日はこの者を片付けねばならない。早速手を洗うと、嘉穂は小葱を取り出した。洗ってみじん切りにしてボールにぽい。続けて生姜も皮を剥いてすりおろし。

「きょっうっはっ肉団子、つくろ〜🎵」

 トレーから挽肉半分、醤油とお酒、それから鶏ガラスープを少し。卵はお茶碗に割り入れかき混ぜたら半分だけボールに投入。鶏肉と一緒に卵型に丸めてつみれ完成。

 しかしこれで油断してはならない。残る半分の挽肉をどうにかしなければ。

 半分のこった溶き卵に塩と少々の砂糖、方や挽肉には味醂と醤油。コンロに設置すべきや嘉穂の最強チーム台所戦陣の一員、小フライパン。ことんと火をかけたら油を少々。

 着火、投入、かき混ぜ! このテンポである。砂糖が熱せられれば香ばしく、卵はふわふわにスクランブル。白身が固まればすぐさま取り出し、鶏ひき肉と交替です。ジュワッと溶け出す肉汁が味醂、醤油とあいまって、ああもうこのかぐわしさ、白米かもん……

 そんな誘惑には負けていられませんが、あっという間にできました、そぼろご飯の素。タッパーには別々に入れれば両者喧嘩せず、味も混ざらず(フライパンで熱する順序も鶏の臭みに卵が負けぬように! ここ重要)。

 冷凍保存でいつでも二色御飯が楽しめると言う塩梅です。

 これで鶏の制御は成った。つまり嘉穂の使命は果たされたというものである。 

 鶏と卵、両者ともに必須アミノ酸スコア満点かつ消化に良い優秀食材。体調を崩しがちな冬場、インフルにかかっても胃腸に優しいという優れものであるが、卵か鶏かどちらが優秀かと言われたら断然卵である。

 どの部位であれ鶏の劣化は早い。まして挽肉、値引き品となれば本日中にお召し上がりください必須、破ればカンピロバクターによる食中毒不可避。年末年始の病院は休院、家族帰宅時に娘は救急病棟へ行きましたとか新年明けましてご面倒おかけしますだ。

 それに比べて卵はどうだ。生卵で食したいならばサルモネラの餌食になる前に消費しなければならないが、そんな贅沢を言わねば保存期間は常温で約一ヶ月。冬場の冷蔵保存ならばさらに保つ。

 それだけではない。卵が鶏に勝るのは。

「本日はアミノ酸スコア満点同盟、牛乳で」

 というわけでもう一つ卵をボールへ。砂糖大匙二としっかり乳化させればほんのり山吹色へ変わってお腹にもお財布にもありがたい君の優しさがよく伝わるよ黄身だけに。牛乳はレンジ加熱でお手軽に失礼して追加させていただきます。小鍋にうつしてかき混ぜながらとろ火で数分、バニラオイルで香り付け。

 このまま小さめのコップ二つに分けるのもいいけれど、今日は片方に冬の風物詩、柚子 in お風呂ならぬ柚子 in 卵液(すみません、冬至に買って使わなかっただけです)。両方深鍋に並べて湯を張ったら蓋をして点火! 

 何ができたかお分かりですね? デセールのプリンでございます。味変で柚子香ご用意でございます。一手間で二日分、ちゃちゃっと完了。

 そこに出来上がって鎮座する鶏肉よ。慄いて見るが良い。あなたのかつての姿がいかに優秀かを。悠々胸を剃らせて歩くのがあなた方ではあれど、この卵の万能を眼前に胸が張れるか?

 ひとたびトリへ成長してしまえば、老い劣化は早く、然れども早急に迫り来る衰微に対処したくとも方策は主菜副菜という限られた行末しか見えぬ。齢を重ねるとは嘆かわしいことよ。おまけに害を為す可能性も増しますとは、人間と似ていよう。悲しきかな、世に生きればどうしてかように悪へ染められていってしまうのか。

 それに反して卵——それはまだ生まれもせぬ未知の姿であり、加熱すれば食して安全、あたかもつるりと一点の曇りなきゆで卵の白身のように穢れなき純たる存在であり、無限の可能性を秘めているのである。

 卵のままであれば、ある時は新人がベテランのチームに入って助力となるように、鶏生の先輩たる挽肉をまとめ上げる力を発揮する。

 またある時はベテランと等しく優秀な働きを見せ、メイン・ディッシュの席に並ぶ。

 そしてまたある時は、主たる人材よろしく独立独歩、鶏など見向きもせずに一人前にデザートにもなれる。

 殻の中に眠るのは、まだ見ぬ世界で進む未来に千差万別の夢を馳せられる神秘と言って良かろう。ある時には卵がゆかも知れぬ。ある時には年越し蕎麦の具かも知れぬ。そしてある時には仲間たちを穏やかに包み込む茶碗蒸しかも知れぬし、ある時には白身と黄身とに道を分たれても、シフォンケーキとそれにかけるカスタード・ソースとなって再び出逢う運命共同体かも知れぬ。

 自らの主張をする活力を持ちながら、控えめに支える気遣いもでき、どんなものとも仲良く和し、前菜から食後まで臨機応変に持ち場を動く。

 トリにはできまい、この所業。

 成鳥したと思って卵を若輩と甘く見てはならぬ。コレステロール? 健常人ならば一日一、二個程度なら許容範囲。悪いのは飽和脂肪酸であり、卵のレシチンは善玉コレステロール増加にも役立つという。

 (しかも一食二十三円! 一食六十七円に対して二十三円!! 貧乏学生の味方!)

 

 卵、未熟という勿れ。鶏を凌いで優勝である。


 本日のお夕飯の主菜も準備万端。鶏のつみれ団子を白菜とえのき、大根と一緒に煮込めば鶏団子白湯スープの完成である。あ、冬至であまった柚子も忘れずに。

 汁に浮かぶ目の覚めるような黄色が緑の野菜と相まって、木々の葉も落ち底冷えする冬の夜を、花咲く野原のごとく華やかに彩るのである。

 食材は無駄にせず、旬も楽しみ、そしてあったまってよく寝られそう。

 デザートのプリンは、一日頑張った自分へのささやかなご褒美。お気に入りのお茶を合わせれば、嘉穂の部屋はデザートまでつくカフェにも負けない幸せな空間に。


 料理が美味しいのは当たり前。

 大切なのは、いかに安く、美味しく、栄養豊かにお洒落で幸せ気分になれるか!


 美味しければいいってもんじゃない!


 ——カクヨムのトリさん、運営の皆様、読者様書き手様、ご健康で良いお年をお迎えください。

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