【偽りのシンパシー】
けみ
EP1『私の居場所』(美玖留の場合)
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プロローグ
誰かの名前を思い浮かべている間だけ、心が少し静かになる。
それが何なのか、もう確かめようとはしない。
静かであることだけが、今は必要だった。
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1. 鏡の中の「商品」
PM.20時。
デリバリーヘルスの待機所内、BGMだけが室内に流れている。
美玖留(23)は、鏡に向かって丁寧にリップを塗り直していた。
鏡に映る自分は、グラビアアイドルを少し派手にしたような、どこにでもいる“可愛い女の子”だ。
「……死にたい。」
口癖がこぼれる。
ただ、心の穴から空気が漏れる音が、言葉になるとそう聞こえるだけだ。
程なくして、スマホアプリにメッセージが届いた。
事務所からだ。
[お疲れ様です。美玖留さん、90分コースでご新規様のご予約が入りました。場所はシーズホテル203号室。5分後に送迎車が迎えに行きます。]
了解のスタンプを返信すると、仕事用のカバンを手に待機所の前から送迎車に乗り込む。
「お疲れ様です。」
「お願いします。」ドライバーと簡単な挨拶を交わした。
ホテルに到着すると、フロントに部屋番号を伝えエレベーターに乗った。
エレベーター内の鏡で、もう一度前髪を直し、仕事モードに気持ちを切り換える。
ピンポ〜ン♪部屋のチャイムを鳴らす。
ドアが開いて40歳前後の男性が出て来た。
「こんばんは。ご指名ありがとうございます。美玖留です。今日はお仕事帰り?」
挨拶を交わし、中に入る。
プレイ料金を受け取り、事務所にコールを入れる。
「それじゃ、時間が勿体ないから一緒にシャワーに入りましょう。」
準備をして、客の服を丁寧に脱がし、ハンガーにかけると、自分の服を客に脱がしてもらい、一緒にバスルームに入る。
「美玖留さん、可愛いね!」
「嬉しい、ありがとう。お客さんも素敵ですよ。」
甘い声。
慣れた手つき。
相手の体温に触れるたび、胸の奥で何かが摩耗していくのを、美玖留は“そういうものだ”と受け止めた。
特殊なボディソープで男性の身体と下半身を洗いながら、軽くキスをする。
客も美玖留の身体を弄りながら、自身の勃起した下半身を擦りつけてくる。
美玖留は、自分の身体も洗い、二人でシャワーを終えるとバスタオルを巻いてベッドに並んで腰掛ける。
美玖留は決められた役を演じ、時間は正確に消費されていく。
お互いに、すべてを使い愛撫し合う。
その後、体勢を変えて素股で導く。
「あっ、あう〜っ!」声をあげ、男性がフィニッシュを迎えた。
そして二人並んでベッドに横たわるとキスをしながら、美玖留は、身体についた白濁したものをティッシュで拭き取った。
触れ合っている間だけ、誰かの人生に混ざれた気がする。
ただ、それが終わると、自分の輪郭だけが、いつもより少し薄くなっていく気がしていた。
「まだ少し時間あるけど、もう一回する?」美玖留が尋ねる。
「もう、体力が…」客は苦笑い。
「それじゃ、シャワーじゃなくて、一緒にお風呂へ入りましょうよ。」
もう一度キスをして、バスルームに向かう。
風呂からあがると、終了を知らせるタイマーが鳴った。
ホテルを出て送迎車を待つ間、美玖留は、無意識に次の予約を確認する…何度も、何度も。
次の更新予定
【偽りのシンパシー】 けみ @kei-iek
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