神百合すろ~らいふ!
なめ茸ゆゆ
第1章 神さまと、目が合った日
第1話 あの目……見てみたいな
立松あやのは同調圧力に弱い人間でした。周りに人がいれば、自主的な行動なんて何1つできないのです。しかし、その日は違っていました。大雨の日、傘なんて意味を成さない帰り道に、川に流される猫を見つけました。運が良いのか悪いのか、周りに人影はありません。あやのは役に立たない傘とバッグを足元に置いて、川に飛び込みました。この瞬間に何かが変わるような気がしました。あやのの心はずっと空っぽのままで、何を食べても、誰かと遊んでも、恋人ができてもその心が満たされたと感じることは無かったのです。ゆらゆらと流れて暴れるそぶりすら見せない猫はきっともう限界なのでしょう。泳いで猫のもとまで行こうとしましたが流れが速すぎて思うように泳げませんでした。あやのは完全に大雨の川を甘く見ていたのです。それでもやっとのことで、あとちょっとの所まで来たあやのの目に入ったのは目がボタンの猫でした。あやのの中でなにかがぷつんと千切れました。
――もう……なんか……いいや。
そう思うと同時にあやのの体はどんどん沈んでいきました。周りにあやのを助ける人影など見当たるわけもありません。想像もしてない人生の終わりです。雨で濁った水の中が何だか綺麗に思えて、あやのの知らない景色の筈なのに懐かしい。人の温もりのようなものを感じました。
――ただいま。
あやのは心の中でそう言いました。
◇
立松あやのは漂っていました。真っ白な光の中。何もない虚無の中。ゆらゆらと揺れていました。目を開いているのかすらもわからない光の中で不思議な光景を目にしていました。まるで会社の役員室のような部屋のデスクに座っている白髪癖毛の女性です。その隣にはモデルのように手足が長く、切れ長の目をして、面長な顔立ちのとんでもない美人が立っていました。その二人の目の前にはよれたジャージを着た男性が怒ってるような表情で立っていました。白髪癖毛の女性の手元には資料があり、それを見ながらのんびりとした口調で言うのでした。
「んーと。貴方は『ねおねお』に転生ですね~。炎の魔王と森の魔王が喧嘩してるみたいだから~それを止めてくるのが天命ですねぇ。しっかり余白を埋めるんだよ?」
それを聞いた男性はさらに怒った表情をして、彼女に怒鳴りました。
「全く意味が分かんねぇよ!転生ってどういうことだよ!?」
「まぁまぁ、そう言われましても……上が決めちゃってることなのでぇ。うちは何もできないんですよね」
そう言って白髪癖毛小柄女性はハンコにインクをポンポンと付けていました。隣にいる美人女性に「あるみ~この人うるさいね?なんでここに来る人達こんなのばっかりなの?」と愚痴っていました。あるみと呼ばれたた女性は「仕方ないですよ。そういう仕事です」と淡々と答えました。少し低めの声がとてもかっこいいとあやのは思いました。
「はい!それでは転生です!頑張ってねぇ~」
癖毛白髪女性小柄は先程まで見ていた書類にポンっとハンコを押しました。すると、男性の下に魔法陣が現れて、男性は「おいこらなんだこれ!?」と言いながら魔法陣に飲まれていきました。あやのはその状況を見て、兄が見ていた異世界転生のアニメを思い出していました。その光景が目の前に現れると何とも言えぬ恐ろしさを感じたのでした。
「よっし!終わりぃ!」
女性はハンコを押した書類をポイッと投げました。それはひらひらと宙を舞って、彼女が座っている椅子の下に入り込みました。
「ちょっ!べるふぇさん!まったくもう……いい加減書類そこら辺に投げ捨てるの止めてくれません?」
白髪癖毛の小柄な女性はべるふぇと呼ばれていました。あるみは椅子の下に落ちた書類を屈んで拾い上げました。それだけでもとても絵になる人物でした。
「あぁもう!椅子の下取りにくい!」
と、文句を言っている姿もなんだか艶やかに見えてきます。あるみは拾った書類をべるふぇが座っているデスクの上にあるレターケースにしまいました。
「終わった書類はここです!ガッと開けてサッと入れるだけでしょうに……ついでに何回も言ってますけどその服装もどうにかならないんですか?」
指摘されたべるふぇの服装は短パンにオーバーサイズのTシャツと、とてもラフな格好でした。ラフな格好なのに、べるふぇもあるみに負けず劣らずかわいいので、なんだかそういうおしゃれなのかと思えてきます。
「えぇ……それならうちも何回も言うさ!上のやつらは言ってるよ!?現世をしっかり見なさいってね!今の人間はぁ、こう!」
そう言ってべるふぇは己を自信満々に指さしました。
「なんならあるみの服もどうなんだよ~?袴は無いんじゃない?」
あるみの服装は着物に袴と大正ロマンを感じるものになっていました。
「これが一番かわいいんですよ。日本って感じです」
着物の袖を広げて笑顔でくるくると回る姿は美人なあるみからは想像もできないほどに可愛く、あやのは思わずギャップ萌えを感じていました。
「でもさぁ、大正って西洋文化入ってるじゃん?日本って感じ?十二単とかのほうが、ざ!日本!って感じするよ~?」
「着たことありますけど、あれ重たいんですよ。二度と着ません」
「日本の文化を愛してるんじゃないのか!?我らにっぽんの神ぞ?」
そんな風に楽しく会話をしている二人はどうやら神様のようです。あやのは再び兄が見ていたアニメを思い出していました。
「というか現世に合わせすぎだよねぇここ。転生する人ほとんど自分が死んだことに納得してないというか……ねぇ?」
「以前まで天界丸出しな感じでやってましたけど、それはそれでパニックになる人多かったじゃないですか。そんな中転生させるのも心が痛みます。私は今の方がいいですね」
「えぇ……まじぃ?うちは前の方が良かったなぁ……みんなあわあわしたりさぁ、ぽか~んとしたり!今の人たち攻撃的すぎるよぉ」
「まぁ、どっちにも良し悪しありますよね。これは上の指示なんですから私たちはどうにもできませんけど」
「うちらのさぁ、こういう悪いところ……人間真似しなくて良かったのにねぇ……」
「本当ですね」
あやのは二人の会話を理解しようと努めましたが、できそうで出来ないむず痒い思いをするだけでした。
「ねぇあるみ~次の人はいつ来るの?」
べるふぇは背もたれをゆらゆら揺らしながらあるみに聞きました。なんだか子供っぽい仕草です。話し方も相まってなんだかギャルのような雰囲気があります。
「次は……既に門はくぐってるみたいなのであと……2時間後くらいですかね?今は流れてるみたいですよ」
「おぉ!そっかそっかぁ!流れてるならもしかしたらうちらのこと見えてるかもねぇ」
「そういう噂ありますけど今まで見たことないですよ。そんな人、人間じゃないんじゃないですか?」
「だよねぇ……だってうちらのこと見えるのって魔力のない子でしょ?いくら現世にまだ魔法がなかったとしても魔力くらいはねぇ……全人類持つように作られてんだからねぇ。それはどの世界も一緒なんでしょ?」
「みたいですね。どっかの本で読んだ気がします」
「ふ~ん……あ、あるみ!うちコーラ飲みたい!現世の飲みもんはコーラが一番うまい!人間これ飲んだら太るとか哀れなり!」
「私はコーヒーにします」
「好きだねぇあんな苦いもん。砂糖5杯は入れたいね」
「それなら砂糖だけ舐めてればいいでしょ」
あるみは冷たく言い、奥にある給湯室のような場所に向かいました。本当に何から何まで馴染みのある空間にあやのは余計混乱していました。もしかして自分は死ななかったのではないか?などと思えるほどです。しかし、この状況を説明するためにはやはり、死んでしまったと言われた方がしっくりくるのでした。
「うわぁ~仕事したくねぇ……仕事って響きがもう嫌よ。人間たちもせっかくうちらの旧神が廻るように作ったのにさぁ」
そう言ってあるみが戻ってくるまでの暇な時間を椅子でぐるぐると回りながら過ごしていました。あやのは既にべるふぇ達のセリフを理解しようとすることは諦めていました。数分したのち、あるみが帰ってきました。
「はい。べるふぇさん」
ベルふぇに差し出されたペットボトルは馴染みしかないラベルが巻いてありました。あやのはせめてもっと神々したものはないものかと辺りを観察してみましたが、人外めいたものは何1つなかったのでした。ふと、べるふぇと目が合ったような気がしましたが、すぐにコーラに視線を移していました。
「ありがと~」
2人がリラックスし始めたところで、あやのの視界はどんどん遠くなっていきました。目玉が沈んでいくような感覚です。今まであやのは流れるだけの人生を歩んできました。それでも今は胸の内が少しざわざわしていました。最後に合ったべるふぇの目はとても暖かな雰囲気を帯びているような気がしました。
――もう一度、あの目……見てみたいな。
そう思ったところで、あやのの意識はふっと途切れたのでした。
神百合すろ~らいふ! なめ茸ゆゆ @nametake1871
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