最後の恋花

夏宵 澪  

冬のはじまり

新年に咲いた恋花は、淡く美しかった。


私、雪花は高校2年の冬、空を見上げていた。

沈みきらない月と、昇りはじめた太陽が、同じ空に寄り添う瞬間。

二人だけで「暁月」と名付けたその光景は、終わりと始まりが溶け合う、儚く特別な時間だった。


「ほら、見える?」


陽向が指を差す。

その手の温もりに、私の心がふっと軽くなる。

光と光が重なり、世界が静かに息をしているみたいだった。


「うん……きれい」


手袋越しでも指先は冷たく、少し震えた。

でも、陽向の手を握ると、寒さは心地よく溶けていく。


「また来年も、見ような」


彼の声は温かく、自然に未来を約束していた。

その約束が、後に私の命を重くするなんて、このときは知らなかった。



高校3年の冬、私は目を覚ますと、体の奥で何かが吸い取られるような感覚に襲われた。

胸の奥がきしみ、痛みではないけれど、確実に体の一部が少しずつ溶けていくような――そんな感覚だった。


シャツをめくると、鎖骨の下に薄い痣が浮かんでいる。

花弁の形をした淡い影は、昨日よりも少し大きく、静かに広がっていた。


――花咲病。


好きな人への想いを捨てない限り、命を削る病。

もし想いを断ち切れば、進行を止められるらしい。

でも、そんなことは私にはできない。

陽向を想う気持ちは、私の生きることそのものだから。


まだ陽向には気づかれていない。

この程度なら、大丈夫だと思った。


私は知っている。

この冬の終わりに、私はここにいないことを。


でも、陽向にはまだ言わない。

だって、この冬は、恋人でいられる、最後の季節だから。

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