今日も初日で、最終日

イミハ

今日も初日で、最終日

朝六時、彼は名前ではなく通知音で起こされた。

スマートフォンの画面には、単発バイト確定の文字。場所は郊外の物流倉庫、集合は八時。今日も初日だった。

顔を洗い、くたびれた作業着に袖を通す。洗濯は昨夜済ませたが、完全には乾いていない。冬の朝の冷気が、湿った布を通して骨に触れた。

アパートを出ると、同じ階の部屋からは誰も出てこない。ここに何年住んでいるのか、彼自身ももう分からなかった。

倉庫では、いつものように名前を聞かれなかった。

「そこ、荷物運んで」

「次、棚替え」

彼は返事をし、黙って体を動かした。誰でもできる仕事、誰でもいい人間。その条件を、彼は満たしていた。

昼休み、若い作業員が缶コーヒーを飲みながら言った。

「この現場、今日で終わりっすよね?」

彼はうなずこうとして、やめた。

終わり、という言葉が自分に向けられたものなのか、仕事に向けられたものなのか、分からなかったからだ。

午後になると、腕が上がらなくなった。

腰の奥で鈍い痛みが脈打つ。だが休めば評価が下がる。評価が下がれば、次の通知は来ない。

彼は歯を食いしばり、また箱を持ち上げた。

最後の一箱を運んだとき、視界が白くなった。

床に崩れ落ちる感覚と、誰かの「大丈夫?」という声が遠くで重なった。

気がつくと、彼は倉庫の外に座らされていた。

「今日はここまででいいです」

現場責任者は事務的に言った。救急車は呼ばれなかった。代わりの人間は、すでに中で作業を始めているらしかった。

夕方、アプリを開く。

ログインエラー。

再試行。

同じ表示。

何度か試して、諦めた。理由は書かれていない。問い合わせフォームはあったが、返信が来る保証はどこにもなかった。

夜、テレビをつけると、物流倉庫での軽い労災事故がニュースになっていた。

「作業員が体調不良を訴え、一時作業を中断しましたが、大事には至っていません」

画面に名前は出なかった。

インタビューもなかった。

ただ、問題は解決したという調子で、次のニュースに切り替わった。

スマートフォンは、その後一度も鳴らなかった。

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今日も初日で、最終日 イミハ @imia3341

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