第3話 父の転移が多すぎて、友達がいない 異世界なんて行きたくない



 私の名は松丘絵里。来春の高校受験を控えた、ごく普通の中学三年生です。普通じゃないのは、私の両親なのです。


 父は勇者で母は聖女。一般人の私は幼いころから三人で何度も異世界へ召喚されて悪と戦ってきた。いや私は隠れているだけで、全然戦っていませんよ。

 異世界で任務を終えれば、現世に戻れるのです。


 そんな私が前回の召喚で、なぜか賢者という嘘みたいなジョブを得てしまった。

 その能力のおかげで素早く日本へ帰って来られたのだけど、年明けの受験までにはまだ少し時間がある。



 家から近く歩いても通える公立高校と、隣の駅近くにある私立高校が私の志望校だ。

 学力的には十分に合格可能な二高だけど、欠席が多くて内申書が最悪の私にとっては、結構厳しい受験になるかもと先生は言う。

 私のように定期試験さえまともに受けない生徒の成績は、当然悪い。入学試験が無事に受けられるかどうかも怪しいのに、その前に内申書という高いハードルがある。


 推薦で楽に入れる学校があればいいのだけど、壊滅的な内申書の私は余程の大金を積まねばそりゃ無理でしょうね。


 不覚にも、私はこの世界で両親がどうやって収入を得ているのか知らない。ただ、世間的には父は会社経営者として、世界中を飛び回っていることになっている。

「ねぇ、私は社長令嬢でしょ。お嬢様学校への推薦入学もありなのでは?」


「絵里は、そんな窮屈な学校へ行きたいのか?」

 真顔で父に問われると、私も困る。一年の大半は日本にいないのに、実際に私は海外には行ったことがなく、英語だって中学生レベルだ。そんな私が、本物のお嬢様とどう接すればよいのか?

 あれ、でもひょっとすると、お願いすればお嬢様学校に入れるの?

 いやいや、できることなら私は男女共学の公立高校で、普通の学生生活を送りたいなぁ。


「まぁ賢者様だから、試験は大丈夫でしょ」

 これは完全に、母にからかわれている。

「試験さえ受けられればね!」

 実のところ、それが一番の問題だ。



「お父さん、次は単身赴任でよろしく」

 一応そう言ってみた。

「俺もそうしてやりたいけど、どうすればいいのやら。絵里が生まれてからずっと、三人セットで呼ばれ続けているからなぁ」


「もう、次に召喚した奴らを皆殺しにしてやるからね!」

「あらあら、物騒な賢者様ね、ふふふ」

 私は結構本気で言っているのだけど、母に笑われるだけで流された。


「駄目よ絵里、こっちで魔法の練習なんてしたら」

「そんなことしないよっ」

 私は憮然とする。



 実際、賢者という魔法使いの上級職に目覚めたばかりの私は、この不思議な力をほんの二三回しか使ったことがない。

 実は、異世界で思う存分試してみたい気持ちもある。でも今まであれほど嫌っていた異世界が楽しみだとは、両親の前では絶対に言えない。言いたくない。


 恐らく、今のペースだと受験の前にもう一度召喚されてしまうだろう。嫌だけど楽しみでもあり、でもやっぱり行きたくない。行きたくないよぅ。


 前回の召喚では、こちらの時間にしてほんのひと月程度で帰還した。そのせいなのか、次の召喚もまた早かった。

 いいぞ、この調子なら受験の前に帰って来られる確率が上がる。


「じゃお母さん、この荷物いつものように預かってね」

 召喚前夜、私は教科書や問題集の詰まった重い鞄を母の前に運んだ。これは私の身の回りの私物だけで、その他家族が必要になりそうな物は両親がそれぞれ持っている。


「あなた、もう次元収納魔法が使えるんじゃないの?」

 母がとんでもない無茶振りをする。



 いやいや、魔法の練習をするなと言ったのは、あなたですよ。そもそも魔法を覚えたばかりの私に、そんな高度な魔法が使えるとは思えないんですけど。


 だから私は、母の目の前で無理であることを証明する。

「ほら、収納!」

 そうして足元の鞄に向かって投げやりに左手を向けた。

 あれ、消えたよ。


「お母さん、私の鞄が消えてしまいました……」

「ほら、できたでしょ。取り出したいものを思い浮かべて、展開と唱えなさい。声に出さなくてもいいから」

 母の言うとおりにすると、鞄の中に入っていたゲーム機が単体で現れた。


「ああっ!」

「こら、ゲームを持って行ってはダメといつも言っているでしょ。どうりであっちの世界でモバイルバッテリーの減りが早いと思ったら、そんなもので遊んでいたのね。しっかり勉強しなさいよ!」

 見事に墓穴を掘った。



 でも待てよ、自分の次元収納へ入れてしまえるのなら、もっと色々なものを異世界へ持ち込めそうだぞ。


 その夜、私は密かに色々なものを自分の収納空間へ放り込みつつ、一つの実験をした。

 モバイルバッテリーと、その充電用に使用している折り畳み式のソーラーパネルだ。

 両親の真似をして、パネルに手をかざす。

「充電!」

 ぴかっと光ると、バッテリーが満充電になっている。おお、私にもできました!

 これは科学ではない。魔法です。


 これであとは、学習用のタブレットにマンガやラノベを入れ放題だ。小遣いの残高がなくなるまで、電子書籍を買いまくる。

 両親が最前線で頑張っている最中に、私は安全な隠れ家でのんびり楽しむのである。わはは。



 翌日召喚された先は、現代よりもはるかに文明の進んだ清潔な地下都市の一画であった。

 今度は、AIが支配する機械文明と人類の闘いだ。なんか、世界観がバグっていて頭がついていかない。


 いやこれ、地下シェルターごと核攻撃とかされたら、私たちも一瞬で燃え尽きるのでは?

「うーん、ここは今までになく危険な世界のようだ」

 珍しく、父が緊張している。


「こんな未来世界で機械文明と戦うなんて、勇者には無理ゲーじゃないの?」

 でも私の心配をよそに、母はいつものように笑っている。

「ほら、絵里も覚えているでしょ、あの宇宙艦隊を殲滅した時のこと」

 ……そうだった。


 以前うちの両親は異星人に包囲された惑星を救うため、鹵獲した敵の宇宙船で周回軌道を離れ、惑星を取り巻く無数の宇宙艦隊を剣と魔法で壊滅させている。宇宙戦争も、既に経験済みだった。忘れようとしても思い出せない種類の記憶だ。

 覚えているでしょとか言われても、私は地上でお留守番していたのだ。母の感覚共有魔法でかなりの部分を見て、4Ⅾ映画を見たような気になっているだけだ。



「さて、では勇者パーティの皆様。最初のブリーフィングに向かいましょう」

 金属製のトンネルのような廊下を歩き、案内されたのは中央にホログラムのスクリーンが浮かぶ薄暗い部屋だった。


 スクリーンを取り巻くようにイスとテーブルが同心円状に囲み、私たちはネックレス型の個人端末を受け取った。

 自己紹介が終わるとそこで数時間にわたり、この世界の現状についての詳しい説明を受ける。誰もが大真面目で、冗談を言える雰囲気じゃない。


 いや、私はこういうのに参加するのが初めてなんで、めっちゃ緊張してとても疲れた。状況は大体理解したけど、それじゃぁ私に何をしろっていうんだよぅ。

 それからやっと解放されて、いつものように家族三人が寝起きする部屋へと案内された。



「明日からは、前線に行くんでしょ?」

「ああ、指揮官がそう言っていたな」

「敵の攻撃は、私たちの結界魔法で全て無効化できそうね」

「二人とも、気を付けてね」

「ん、何を言っているんだ?」

「そうよ。明日は絵里も一緒に行くのよ」

「へっ?」

 いや、冗談を言っている場合じゃないんですけど。


「あなたはもうパーティの重要な戦力なのだから、お留守番は無し」

「頼りにしているぞ、賢者様」

「そ、そんな……」

 お留守番用に持ってきたアニメやゲームやマンガはどうなるんだっ!

 いや、それを言うなら参考書や問題集かぁ。



 部屋へ運ばれた夕食は、美味くも不味くもなかった。ただ安全なことだけを確認して、腹いっぱい食べた。

「いいわねぇ、絵里は神経が太くて」

「それはどういう意味ですか、お母さん」

 褒められていないことだけは、私にもわかる。

「私が初めて戦線に出る前なんて、とてもご飯がのどを通らなかったわ」

「ああ、そうだなぁ。あの頃は食事の味なんて感じている余裕もなかった」

 これは、私が何を言ってもダメな奴だ。お二人の邪魔をしてはいけない。

 その後三人で、ミーティングの時間を持った。


「ここのような地下都市が、世界中に数十か所あると言っていた。地上のマップは俺たちのいた地球とは地形がまるで違う。だが人類は俺たちと同じ地球人に見えた」

 コーヒー風のホットドリンクを飲みながら、父が話し始める。地下へ逃げられなかった数十億の人類が機械によって殺され、今も生き残った者が日々狩られている。


「ここは、人類が入植した別の惑星ってことなのかな」

「それを何とも言えないのが、この異世界転移なのよねぇ」

 母がため息をつく。


「でもさ、SF映画のセットに似た雰囲気だから、私たちのいた文明に近いよね。言葉も英語っぽいし」

 どこへ転移しても、言語は自動翻訳されるので読み書き会話に困らない。けれどほとんどの場合は、地球上のどの言語ともかけ離れた言葉だった。

 でもこの場所では、少なくとも英語と同じアルファベットが使われていた。


「だとすると、敵は私たちの想像する機械知性の延長上にある可能性が高い。我々にしか気付かない意外な突破口が、そこに隠れているかもしれないな」

 父が言うと、母が目を輝かせた。

「ほら絵里、あなたこういうマンガとか好きでよく読んでいるでしょ。何か凄いアイディアとかないの?」

 母のお気楽さに、私は呆れるしかない。



「あのねぇ、まだその機械知性の真の目的とか素性とか技術的な特徴とか、そこまで詳しいレクチャーを受けていないよね。もしかしたらAIどころか、人間が裏で操っているかもしれないでしょ」


「でも、この都市でもコンピューターは使われているが、機械知性のAIだけをブロックする技術が用いられていると説明されただろ」

 確かに、そんな話を聞いた気がする。


「そんなのがあるのなら、機械知性のAIだけを破壊するウィルスを作ればいいだけじゃないの?」

 私はカエルを殲滅したピンク色の液体を思い浮かべる。あれはカエルの魔物以外には全く無害であった。カエルには、非常に濃厚で強力な恐ろしい毒だったが。


「よし、じゃあ絵里がそのウィルスを作って、明日現場で試してみよう」

「そんな簡単にできるんなら苦労しないよぅ」

 私は胸に下げた端末を握りしめて、機械知性だけを崩壊させるウィルスよできろ、と念じた。

 ほら、何も起こらない。



 翌朝、何やら騒々しいので目が覚めた。寝ぼけ顔でトイレに行き洗面所で顔を洗ってから居間へ入ると、両親が顔を寄せてホログラムのディスプレイを覗き込んでいた。


「おい絵里。お前昨日、何かしたか?」

 父が振り向き、言う。

「まさか。やるのなら、これからだって」

「とりあえず、これを見てみろ」

 私は父の隣で、ディスプレイを覗き込んだ。


 個人端末を通して、音声が耳に流れ込む。

「……一夜にして戦線は崩壊し、機械生命の痕跡は消えています。知性を持たない自動機械が僅かに動くだけの最前線を抜けると、夥しい動かぬ機械が積み重なった静かな世界が広がります。機械知性に、いったい何が起きたのか。しかもそれが、このエンレイシティを中心に世界へ広がったのは、疑いようのない事実なのです!」


 驚くべきことにこの一夜で、世界中の機械知性が滅んだらしい。


「あれ、昨日何かしたかな?」

 私は胸の端末に話しかけたが、これは単なる音声操作端末で、疑似的なAIすら仕込まれてはいない。何か痕跡がないかと具体的な操作の指示を口に出して、端末の通信ログを調べてみたら、あった。


 昨夜22時13分08秒、私の端末から一つの圧縮ファイルがこの都市の中央処理装置にアップロードされている。機械知性崩壊ウィルスという物騒な名前だった。こんなの作ったかな?

 あ、そうか。作ってたよ。



 AIを瞬殺して世界を救い、その日のうちに日本へ帰ってきた。

 いや、早すぎるって。

 またレベルが上がってるしさ。


 日本では、まだ一日も経過していないぞ。

 これでは、受験の前にもう一度召喚されてしまうじゃないかぁ……



 終




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