第2話 父の転移が多すぎて、友達ができない 後編



 父は大学進学が決まった十八歳の冬に突然一人で異世界に召喚され、勇者となった。その世界で同じく初めての召喚で聖女となっていた母と出会ったらしい。


 二人は力を合わせてその世界を救い、無事に現代日本へと帰還した。その召喚では約五年の歳月を費やし、魔物を操る邪悪な帝国軍を撃ち破ったということだ。


 帰還した際には、現実世界では三年近い年月が流れていたという。

 その後二人は結婚して子をなし、そして今に至る。


 アラフォーの両親だが、初見ではずっと若く見える。ただどうしても、この世界に戻ると戦いに疲れ切ったボロボロの姿を晒すので、私には割と年相応に見えたりもする。


 謎多き多忙な人生であるが、あまりにも多くの年月を殺伐とした戦闘に明け暮れているため、現実世界での記憶が曖昧らしい。お願いだから、私のことを幻だとか言わないでね、お父さん。



 今回転移した世界で人類が追い詰められているのは、カエル型の魔物が支配する帝国だ。カエル以外の魔物は、知性もなく力も弱いらしい。でもカエルだよ。いいのか、異世界の魔物たちよ。君たちの王が、カエルでいいのか?


 こちらの世界でも気候の温暖化が進んでいるようで、その原因は魔力の大量使用により大気に放出された、魔力の残滓による影響だとされている。


 魔力の残滓による温暖化現象か。母なる地球に戻った時に役立つよう、じっくりと研究してみたいものだ……ごめんなさい、言ってみただけです。私にそんな力はありません。



 この町の周辺では、気温の上昇と共に砂漠化が進行しているらしい。でも逆に大雨が降り続く地域もあって、そこを中心にカエルが異常繁殖した結果、こうなっていると聞いた。いやいや、その前に何とかできなかったの?


 カエルの魔物は乾燥に弱く、この国への進攻速度が遅い。だからこの町を中心にして、人類は抵抗を続けているのだった。


 人間以外の亜人種は、存在していない。人類対カエルの対立構造は単純で、あまり学校へ通っていない中学生にも分かりやすい。複雑怪奇な政治的駆け引きが無ければ、戦いは当然力押しの殲滅戦となる。



 勇者が召喚される世界は、様々だ。ある時は倒すべき魔王が実は善良で、召喚した人間どもが悪行の限りを尽くしていた。その時私たちは人間世界を追われて数少ない協力者と共に魔王側へ寝返り、結局人間の王侯貴族を根絶やしにしたのであった……勇者業もなかなか難しい。


 だが今回は、言葉も通じない両生類から一方的に人類が攻められている。そうなると、うちの両親は手強いぞ。こりゃ攻略に一年もかからないかもしれないな。

 それにしても、カエルに滅ぼされそうな国って……もう少し頑張れ人類。受験が近いのだから、気軽に勇者を召喚しないでねっっっ。



 結果として、私たちは危機に瀕していた第十四代なんたら王朝から大歓迎されることとなった。転移からほんの数日後に都の西にある町で散発的な魔物の襲撃があり、近くを視察していた両親がこれを軽く一蹴した。


 それが瞬く間に周囲に広がり、世間は英雄の登場に沸いた。これを機に私たちへの期待値は一気に高まり、私の周囲の警戒もやや落ち着いていった。



「今後は、どういう形で戦線を押し返すかという議論になる。その時にはもう一度、国内が乱れるだろう。絵里は、まだ安心しないように」

 誰だって、自分の領地を先に救ってほしいと考えるものだ。だから、そこに混乱が生まれる。どんなに立派な王様が統治していても、起こり得ることだ。


 そんなものに大切な家族を利用されるのは、まっぴら御免だ。父も母も、私を心配する。でも私たち一家は、そういうことを何度も経験済みである。

「娘のエリの安全が、絶対条件だ」

 両親は、最初にそう宣言している。


 私の身には何重にも両親の加護がかけられているし、私たち家族は遠隔でも念話が通じるので、身体的な危険はほぼない(両親の能力です)。加護は私の意志に反する行為を拒絶するし、私の身に何かあれば前線から即座に戻り対抗すると決めている。



 私は勇者のアキレス腱であり人質だが、うっかり触れればいつ爆発するとも知れぬ不可触の機雷、或いは王朝の誠意を試す罠のようなものになっている。

 こんなんじゃ、異世界でも友達なんてできるわけがないよね。


 ということで、大量に持ち込んだ学習教材が私の前に積まれている。これが実際にどう役に立つのか、不安になるけれど。



 そして、三か月が経過。

 私は週に一度か二度は、現地の服を着て護衛付きで町へ出ることが可能となっていた。

 国内は母の張った結界で魔物の侵入を抑えつつ、順調に戦線を押し返している。ちょうど車のワイパーのように、人間の領地を取り戻しつつ結界を拡大している。


 時々母の感覚共有で最前線の様子を見せてもらうが、巨大な毒ガエルの群れが引き裂かれる場面とか、見たくないよ。そもそもカエルは苦手なので、神経が削られる。勘弁してくださいよ、お母様。

「大丈夫、絵里もすぐに慣れるから」

 いやぁー、慣れたくない~



 奪還した領地の中では比較的人間が自由に行き来できるようになり、国は活気を取り戻しつつある。

 しかし魔物の繁殖力は異常に強く、野山を魔物ごと焼き払って全て荒野にするわけにもいかない。今後の作戦を再考しないと、もう一息押し切れない状況に陥りつつあった。


「国土を守ると領主どもは綺麗ごとを並べるが、領地を奪還するのが先決なのでは?」

 父は苛立ち、欲を出し始めた地方の領主と対立する場面が多くなっている。

 そこでキングなんたらが仲裁に入り一時休戦というか、両親はしばしの休暇を取ることになった。私はずっと休暇のようなものですけどね。



 ちょうど私の誕生日らしき適当な日を設定し、家族三人で祝うことになった。どうせもう、本当の誕生日前に日本へ帰ることは無理だろうし。


「お嬢様は今宵、十五歳を迎えたと聞きました。我が国では、その歳になれば誰もが神より与えられし天職の告知を受けます。おお、神職たる我が瞳には、お嬢様が賢者の職を得たことが写っておりますぞ。さすが勇者様と聖女様のお子」

 怪しい神官のお世辞に乗るほど、私は暇ではない。いや、暇だけど。


 私が本当に賢者であれば、これ以上受験勉強などする必要もないか。そりゃいい。

 ところで賢者って何者?


「あらゆる魔法に精通した魔法使いの最上級職が、賢者だね」

 父は簡単に言うが、一度も魔法を使ったことがない私が賢者とは。いい加減なお世辞を言いおって。では神官よ、そちには我が魔法により豚の姿になってもらおうか。


 戯れに指を差すと、Eテレの人形劇のようなしょぼい白煙とともに、目の前の神官が豚になってしまった。

 驚いたのは、私だけではない。



「「えっ?」」

 両親が、同時に私の顔を見る。こんな娘に育てた覚えはありませんよ、的な視線だった。


 お願い、元の人間に戻って!

 私がそう念じて指差すと、再び白煙が生じて残念系神官の彼は無事生還した。ああ、よかった。

 しかしこれ、マジで私が魔法を使ったの?


「賢者の石というものがあり、これはただの土を金に変えたり、不老不死の薬になったりもする。つまり賢者とは魔法を使うだけではなく、偉大な錬金術師でもあるのだ」

 父の説明を聞き、私は目の前の水差しを指差した。


「この水をカエルの魔物だけに効く毒薬に変えて、あの魔物を根絶やしにする! あと、白煙の演出は無しでね」

 長年溜まりに溜まった私の一念に今のささやかな希望を添えてそう呟くと、透明なガラスの器に入った水が白煙のエフェクト抜きで、禍々しくも美しいピンク色の液体に変わった。



「「「えっ?」」」

 親子三人の疑惑の声が広がる。


「おおおお、我が授かりし神眼によれば、これぞまさしく賢者様の聖水。これひと瓶で全ての魔蛙を殲滅できるとは!」

 高レベルの鑑定スキルを使用した神官が、スキップをしながら両手に水差しを抱えて部屋を出て行った。


「もしかして、これでこの世界の攻略は終わりかもね」

 私は不思議と、確信めいた胸騒ぎを覚えていた。


「もしかして、あの神官って、本当にすごい人だった?」

「まぁ、あれでも王朝の神官長だからな」


「あら、冗談じゃなくて、絵里のステータスが賢者になっているわ……」

 母がそう呟くので振り向くと、その頭上へ見事に聖女のステータスが開いているのが見えた。

 そして父の頭上にも、勇者のステータスが。


「あ、本当に二人は勇者と聖女だったんだ……」

「あ、本当に絵里は賢者になっていたんだ……」

 私と父の言葉が重なった。



 気を取り直して、自分のステータスも見る。

 それ、ステータス、オープン!

 ん、何だ。この異常な数字は。


 エリ・マツオカ 職業:賢者 レベル:893。〇クザじゃない、添え物の薬味と呼んで。

 でも、無敵の両親がレベル1000を少し超えた辺りなのに、私もそれに近い。一般的な世界の勇者レベルが80程度だと聞いているので、何もしていない私のレベルが異常値すぎる。


「ああ、きっと家族三人パーティで様々な世界を攻略した経験値が、絵里にも入っていたのね。良かったわぁ」

 母がなぜか安心しているけど、少しも良くないよ。未成年者にドーピングをしないでほしい。薬事法違反だ。

 ああ、恐らく私は、あらゆる世界で一番頭の悪い賢者だろう。



 それから僅か一週間後に、私たちは日本へ帰国した。

 たった一瓶の魔法薬で瞬時に蛙の魔物を根絶やしにしたことにより、私のレベルは10も上がってしまった。レベル900越えの化け物だよぉ。


 でも私の誕生日前に自宅に戻れて、もう一度お祝いをしてもらえることになったのは素直にうれしい。

 でもそれはつまり、私のこの覚醒は別に十五歳になったからというわけでもなかったのだ。

 では何でしょうね、これは?



「あら、絵里の受験までまだ時間がたっぷりあるじゃないの。今回は早く帰りすぎたわね」

 母が悲鳴に近い声を上げる。

「駄目よ。このままだと、あなたの受験前にもう一度召喚されてしまうわ!」


「ははは、それは困ったな」

 父がなぜか笑っている。

「もう、笑ってる場合じゃないよぅ」


 しかしこんなに早く帰って来た理由は、絶対にあの薬だよなぁ……

 責任は、私自身にある。

 それなら次も、大急ぎで戻ってくればいいかぁ。



 終





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