灰色の祈り〜2つの正義のあいだで〜
コバヤシ ユウキ
プロローグ 〜黒の祈り〜
魔族領にほど近い、名もなき集落。
夜明け前の静寂を裂くように、異端審問官の号令が響いた。
異端審問官
「我々は神の名のもとに、魔族という悪を浄化する」
松明の光が揺れ、黒衣の神官たちが一斉に前へ進み出る。
異端審問官
「魔族は神の名のもとに浄化され、魂を天へ帰すべき存在…魔族とは、星の異端者。世界に仇なす悪そのもの、悪を滅ぼすことこそ、正義の務めである!」
異端審問官は、愉悦を滲ませた声で命じた。
異端審問官
「皆さん。魔族どもが混乱している隙に――魔法で磔にしなさい!」
神官たちが詠唱を始める。
神官
「汝、その罪を償い、天界へ帰りしたまえ…神の裁き(エナジー・クルーシフィクション)」
地面に書かれた巨大な魔方陣から無数の魔力の十字架が出現する。
吸い寄せられた魔族の肩に魔法の剣が突き刺さり、魔族達は叫ぶ。
魔族
「ぐあーーー!」
魔族
「肩が…肩が抜ける…」
魔族
「い…何をする!」
集落の魔族たちは悲鳴とともに十字架に磔にされた。
異端審問官
「魔族の皆さん、安心してください…」
異端審問官は優しく語りかける。
異端審問官
「我々はあなたたちを“救い”に来たのです」
魔族たちは必死に叫んだ。
魔族
「ふざけるな! 俺たちが何をした!」
魔族
「我らは百年以上、他種族を襲ってなどいない!」
魔族
「魔物を家畜とし、静かに生きてきた!」
魔族
「頼む……もう、やめてくれ……!」
その声を聞き、異端審問官、神官達は腹を抱えて笑い出した。
神官
「ハハハハハ! 何を言うかと思えば…そんなこと、関係ない!」
異端審問官
「魔族は生まれた瞬間から“悪”なのです。
神に背く異端者は、死後、天へ帰れず無へと還る、転生もできない……困るでしょう?」
魔族たちは怒りと絶望に声を荒らげた。
魔族
「知るか! お前たちの価値観など関係ない!」
魔族
「我らはドラキュラ一族の配下…こんなことをして、ドラキュラや魔王様が黙っていると思うな!」
「お前たちには、死よりも惨い地獄が待っている!」
異端審問官は嗤った。
異端審問官
「ククク……遺言は終わりか、ウジ虫ども…さあ、浄化の時間です」
魔族たちは、生きたまま焼かれた。
神官
「魔族は悪! 神よ、我らは勝利しました!」
やがて教会の人間が去った後――
そこに残ったのは、焼け野原と、玩具のように弄ばれ殺された魔族の子供たちの骸。
血と灰が混じり合い、 肉の焦げた匂いが、空気を満たしていた。
その光景を…
“こちら側”ではない存在たちが、静かに見下ろしていた。
空間に浮かぶ巨大な水晶。
それは窓であり、目であり、世界を隔てる膜。
水晶の向こうで、翼を持つ影が深く息を吐く。
天使と悪魔の声が重なったような響き。
堕天使
「……これほどの惨状でも、なお動かぬか…」
白き羽根は血に濡れたように黒く染まり、その存在は、天界にも魔界にも属さぬ歪みを宿していた。
その隣で、 黒衣を纏った、幼い姿の少年が、水晶に顔を近づける。
まるで甘美な菓子を前にした子供のように。
少年
「あぁ……」
弾む声。
無邪気で、無垢で…そして不気味。
少年
「せっかく傲慢、憤怒、嫉妬、強欲、絶望で満ちてたのに……」
少年は指先で水晶をなぞり、楽しげに笑う。
少年
「ねぇ♡ 全部――“美味しそう”じゃない?」
背後で、形なき黒い意志が揺れた。
黒い影
「……控えろ」
低く、重い声。
黒い影
「我らは“動くな”と命じられている」
少年は少し不満そうにしながらも、にやりと笑う。
少年
「そっかぁ……じゃあ、魔王様に叱られちゃうね♡」
さらにその奥…
氷のように澄んだ女の声が、空気を凍らせた。
氷の女王
「ドラキュラども……これでも動かぬとは、嘆かわしい!…人族ごときに、ここまでやられて……ハァ〜何もしないとは!」
怒りと侮蔑…感情のままに…水晶にあたる。
氷の女王
「……存在する価値すらないわ!」
水晶がひび割れ、映像は消えた。
ーー焼け落ちた集落
空間が裂け、静かに転移陣が開く。
二つの影が、降り立った。
王の威を宿す存在の隣には… 死を超えた叡智を抱く存在。
その存在を離れた場所から感じ、黒い影が空を仰ぐ。
黒い影
「……呼び出すのか」
堕天使も、同じく天を見上げた。
堕天使
「この世界を終わらせるものを……」
魔王は知っていた。
自らは、死ねぬ。
自らは、敗れられぬ。
この身に刻まれた生存の理は、自害も、敗北も、許さない。
増えすぎた魔族。
繰り返される戦争。
魔力を得た他種族たちが作り上げた
「魔族は悪」共通した歪んだ正義。
だからこそ――
自らを滅ぼす存在を望んだ。
ーー数刻後
魔王「最後に語る、リッチよ…
この先の歴史を、後世へ繋ぐのだ!」
揺れるドクロの思念体は小さく頷く。
リッチ「……御意」
魔王の祈りは光となり、流れ星のように夜空へ消えた。
魔王「星よ……あとは託した」
その日…
王国で、一つの生命が産声を上げた。
――黒の祈りは、白の祈りへと続く。
次の更新予定
2025年12月30日 12:00
灰色の祈り〜2つの正義のあいだで〜 コバヤシ ユウキ @k-yu_ki
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