ボッチの僕、イケメンの俺
リディア
第1話 助けただけなのに、告白された
「俺の彼女に何か用か?」
低く響くその声は、街のざわめきを一瞬で凍らせた。
軽薄に笑っていた男たちの顔が、一斉に硬直する。
夕暮れの駅前。僕――白石悠真は、バイトへ向かう途中だった。
人混みに紛れて歩くこの時間が好きだ。誰も僕を見ない。気にしない。そんな匿名性が、妙に心地いい。
けれど、その足が止まった。
ベンチに座る女子高生を、三人の男が囲んでいる。
「いいじゃん、ちょっとくらい」
「顔可愛いんだからさ、愛想よくしなよ」
女子は引きつった笑顔で断ろうとしている。けれど男たちは聞く耳を持たず、距離を詰めていった。
(……まずいな)
普段の僕なら見て見ぬふりをしていた。
学校では眼鏡をかけ、前髪を下ろし、できるだけ目立たないようにしている。関わらない。波風を立てない。それが、僕のルールだ。
けれど――今は違う。
バイトへ行くために眼鏡を外し、前髪を上げたこの姿なら、相手に舐められる心配はない。
いざとなれば、対処できる。
(正義感とか、そんな大層な話じゃない。ただ、困ってる人を放っておけないだけだ)
気づけば、足が前に出ていた。
「俺の彼女に何か用か?」
男たちの間に割って入り、低い声で告げる。
リーダー格らしき男が、値踏みするように僕を見てきた。
「なんだお前」
「彼氏? 嘘つけよ」
一人が不敵に笑う。
けれど、僕は視線を逸らさなかった。
「聞こえなかったか? 俺の彼女だ。それ以上近づくな」
声に力を込める。
男たちの表情が、わずかに揺れた。
「……チッ、つまんねえ」
舌打ちとともに、男たちはその場を離れていく。
ざわめきが、ゆっくりと戻ってきた。
ふう、と息を吐く。
心臓が、うるさい。
「ありがとう、ございました」
ふわりとした声に振り返る。
ベンチから立ち上がった彼女が、僕を見上げていた。
夕日が横から差し込み、彼女の輪郭を柔らかく縁取る。
綺麗な人だ。
そう思った瞬間、胸の奥が妙にざわついた。
「勝手に彼女だなんて言って悪かった。困ってるように見えたから」
できるだけ平静を装って答える。
彼女の制服のリボンが、僕と同じ色だということに気づいたが、触れない。深入りしない。それが、僕のルールだ。
「嘘でも、助かりました」
彼女は微笑んだ。
けれど、その笑顔はどこか張りついたようで安堵の奥に、切迫した何かが潜んでいる気がした。
(……助けられただけの顔じゃない)
これ以上関わるべきじゃない。
そう思って、背を向ける。
「それじゃ」
次の瞬間。
「待って!」
声が、背中に刺さった。
振り返ると、彼女が小走りで近づいてくる。
真っ直ぐな瞳。けれど、握りしめられた手は、わずかに震えていた。
彼女は息を整えて――
「私と、お付き合いしてください」
思考が、真っ白になる。
「……え?」
「お願いします。付き合ってください」
頬は赤い。それでも、視線は逸らさない。
必死だ。逃げ場を失った人の目だった。
「ちょ、ちょっと待って。なんで?」
「理由は……あとで説明します。だから」
彼女は深く頭を下げた。
「お願いします」
(どうする、俺……?)
予想外すぎる展開に、頭が追いつかない。
けれど、その瞳に浮かぶ真剣さを前に、適当に流すという選択肢は消えた。
「……名前、教えてくれる?」
僕がそう言うと、彼女はほんの少しだけ表情を緩めた。
「橘美咲(たちばな みさき)。あなたは?」
橘美咲――
その名前に、僅かな引っかかりを覚える。
(……どこかで聞いたような)
「白石。白石悠真(しらいし ゆうま)」
(……しまった。名乗るつもりなんてなかったのに。
でも、彼女の目を見たら、嘘をつく気になれなかった)
「白石くん……」
彼女が僕の名前を呼ぶ。
その声が、妙に胸に残った。
「それで、返事は?」
一歩、距離が詰まる。
夕日を背負った彼女の表情は、真剣で――切実だった。
(この人は、何から逃げようとしている?)
「……理由、聞いてもいい?」
「それは……」
一瞬の沈黙。
そして、彼女は決意したように顔を上げた。
「明日、話します。だから――今日は、返事だけください」
逃げられない。
そんな予感が、確信に変わる。
ああ、まずい。
本当にまずいことになった。
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