第11話 オーガズム

「何者だお前。」

天使であるシエナは主人の笹原を庇い、問う相手に矛を向ける。

二人の手錠を繋ぐ鎖が溶けていた。

「え、天使…じゃないよね?

さっきシエナが言ってたやつ?」

天使は応えない。困惑する笹原。

笹原達と対面するさとみは意識が朦朧としている。自分の前にいる者を知っているようだ。




先程の出来事である。

閑散とした住宅街に建つ一軒家の中。居間には3つの存在。天使は二人に向かう何者かに備える為、警戒していた。その主はさとみに尋ねる。

「さとみ君。俺とパートナーになってよ!」

「龍馬。それは不可能だ。」

すかさず天使はツッコむ。

「嫌だ。どうにかする。絶対に。」

先程のヘラヘラした目つきから変わる。

「何で無理なんだ?」

純粋な疑問を聞くさとみ。

「未来図鑑を知る者は、その機能を己の手から失った瞬間死が決められている。

当然、争奪戦に負けた著者は死ぬ。そうお前の天使から聞かれなかったか?」

その天使の回答にさとみは思い知らされる。

「未来図鑑の取り合いがある事は聞いた。

だが、その先は聞かされてなかった。」

なんとなくそんな事だろうと思っていた。

未来図鑑というものは本当に必要なのだろうか?

人の未来が見れる図鑑。それを巡った、人間の欲に駆られた陳腐で醜い争い。

それを天界の神々共が見たいだけなんじゃないのか?そしてそこに取り巻く天使悪魔たちの私利私欲も。


「二人で図鑑シェアすればいいんだよ。

ね、さとみ君!そう思わない?」

笹原は無邪気に提案した。

「いや、いい。このまま殺してくれ。」

吹き出す天使。眼孔が縮む笹原。

「なんでそんなこと言うの?

死にたいの、さとみ君は。」

そう静かに彼は言い、頷くさとみ。

沈黙が続く。理由を問う事と同等の。

「そんなのいい。俺はもういいんだ。

図鑑によって知りたくない事を知った。

図鑑のせいで欲の気持ち悪さを再認識したから。」

笹原は喋らない。そして図鑑を開いた。

対象は真傘さとみ。

「龍馬。違反行為になるからやめろ。」

天使が制する。それには躊躇があるのか素直に従う。図鑑越しに見る笹原の目は濁っていた。

それはさとみの未来を示唆するように。

「…救ってみせるよ。」

「だから、それが!!気持ち悪ぃんだよ!!

救わなくていい!!お前も堕ちるだけだ!!」

今早く殺せと捲し立てるさとみ。

ガシャガシャと手錠を外そうと抵抗する。

急に豹変するさとみに笹原は

「いんだよ、それで。それに、なんだかんだで人の心配するんだもん。本当好きなんだって!俺のこと気にかけてくれるなんてこんなの初めて。」

手を握り落ち着かせようと語りかける。

さとみは絶望する。


これだ。どれほど言っても、力強く伝えても絶対に届かない相手。あの男と同じ。本当に会話のできない相手。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ



笹原と父親だった男の姿が重なる。

そして頭が侵食される感覚に気づく。

先程から感情、そして人格交代が激しかったさとみは主人格を何処かに取り残してしまった。


「っあ、やばっ、い、、!」

誘われる。優しいオーガズムに惹き込まれる。

真傘さとみは過去、一つの欲求に突き抜けた調教を受けている。それにより心を抜かした人格。本来、存在を許されたはずの理性ありなき人格。

そしてもう一つ。正常な成長過程に起きる行動、それを壊す異常な環境。この矛盾を中和させるための防衛本能により、欲求本能だけを縛りつけた人格が現れる。所謂その環境に適応したその先。応用した完全な状態だった。




笹原は目を疑った。豹変するさとみを落ち着かせようとするや否や、抱きしめられたのだから。

「さささささささとみ君!?!?」

嬉しみを超えて目以上にさとみの存在を疑う。

「なあに。龍馬。」

甘い声。漏れ出す吐息。手錠で繋がれた手を握る

「え、え?さとみ君急に。んっ」

唇が触れ合う。笹原が理解する前に舌を入れ出すさとみ。驚きながらもそれを止めようとはしない。二人のズボンが張る。

静かな空間に二人の息と微弱な唾液の音が響く。

「っふ、はぁっ…勃っちゃった?」

妖美な目つきで微笑むさとみ。

笹原は理性リミッターを外される。


          直後


「龍馬、待て。」

バッの音と共に凄い速さで視界転換する。

ようやく視界と理性が追いつく。

天使が背を向けて自分の前に立っていた。

「シエナ〜!今超良いとこだったのに!」

「死ぬよりマシだろう。」

「…っえっ?」

手錠の鎖が溶けていることに気づく。

さとみと繋がれていた手錠が分かれてしまったのだ。天使の背後から状況を伺う笹原。


さとみの前に、自分達と対面する形で立つ何者かがいた。見たところ女性の様だ。だが、人間ではない。何故なら不思議なツノと尻尾があり、変わった瞳をしていたから。どこの布かもわからない際どい下着だけを履いている色黒の女性。


「俺はこいつ無理だ。龍馬。」

「えっ!?なんで!?てかあの人誰?」

女は喋らない。その後ろのさとみも荒っぽい息遣いをしたまま倒れている。

「恐らく、本当に恐らくだ。俺は天界だから永遠、縁のない相手だと思っていたが。」

「で、なんなのさ!」

「…夢魔だ。それにあの真傘さとみを主にしてる。」

「…………。」

笹原のちょっと待ってという言葉より先に、忘れていた存在が到着する。




突如、さとみの背後に現れる黒い天使。

さとみも、その前に立つ夢魔も気づいていないようだ。天使とその主、笹原は目の端で捉える。

(あれがさとみ君の天使…?いやでも黒いような。まさか堕天使?そんな事あるの?)

凍りつく空間。誰も動かず静かに息をする。

さとみは例外に苦しそうに息を漏らしていた。

駆け寄ろうとする笹原を強く引き止める天使。

「……久々の現界…。」

夢魔が口を切り、周りの注意が集まる。

「さいこぉー!!!!!!!」

手を上に挙げ大声を出した。固まる周囲。

「いや、イケメンいる〜。そこな男天使君、私とセ*クスしない?」

一歩下がる天使。口が塞がらない笹原。

動じない堕天使。空気は混沌と化した。

「なんて、アタシはさとみ一筋だよん。

安心してね、さとっ、アンタ誰ぇぇえぇ!?」

振り返り堕天使を見た途端叫ぶ夢魔。

その一瞬の隙を見逃さない天使は襲いかかる。

「やだっ、意外と積極的!!」

「……っ!?」

確かに天使は夢魔の腹に矛を刺した。

しかし、感触がない。

「いいね。そのまま君の"矛"も私の中に♡」

「!!」

天使は頬を触られる。咄嗟に振り払い、後ろに引いた。天使の背後で声が飛ぶ。

「貴女は夢魔ですか?」

笹原は夢魔にまじまじと見られる。

「ンンッ!ここにも男の子が。いかにもアタシは夢魔。いやはや、とても可愛い…けども〜…?」

「さとみ君を主にしてるってのは?」

「主…?まあ、そうかなぁ。主ってよりアタシの夫♡」

スイッチが入る前に止めようとする天使。

しかし夢魔が焚き立ててしまう。

「てかよくもキスしてくれたなぁ〜!それに手錠まで!ダメだぞ、寝取りは!アタシもよくやるけど!」

「寝取り?まさか。本当にさとみ君を好きなのはこの俺ですよ。この天使あげるんで、さっさと諦めて下さい。」

おいと言わんばかりの顔を、夢魔と笹原に向ける天使。

「天使はもちろん貰うけど、さとみはだーめ。

こんなにエロスを権化した子いない。最高のオーガズム。性の集大成!君にはわからないよ。」

ノンノンと人差し指で語る。また、振り返った。

「堕天使ちゃん、アナタもさとみを狙ってるの?触れないわよ。今、彼には。」

3人の目を盗み、さとみを救おうと触れようとした堕天使はその発言に驚く。

「どういう事だ。」

天使は問う。夢魔は微笑んで唇に指を当てる。

「やはり夢世界…ですか。」

堕天使は悟ったように呟いた。

「でも、俺さっきさとみ君触れたけど…?」

そんな主の発言に天使も考える。


確かに自分も頬を触られた。こちらからは矛を突けなかったのに。あちらから触られると触れるのか?それは一体どういう原理で…。


「まあ、そんな事だから。またね〜。」

「あ!ちょっと待て!!!」

笹原の叫びも届かず、夢魔とさとみは消えてしまった。

「何処にいった?シエナ。」

「夢世界ですよ。」

天使が答えるより先に堕天使が答える。

そして続けて二人に提案した。

「今だけ、結託しませんか。無事あの夢魔から、さとみ様を取り戻した時。その時はルール通り、図鑑を取り合いましょう。」

「……君と組むメリットあるの?」

本心を隠して笹原は強気に聞いた。

「勿論。私なら夢世界に連れてって差し上げます。さとみ様を取り戻すことも。」

「だったら最初から、さとみ君連れ去られないように出来たでしょ。」

「あれは誤算でした。急に人格が交代してることも、既に肉体が夢世界に行ってることも。把握しきれてなかった。」

「人格…。やっぱり本当にさとみ君は多重人格だったんだね。…でもさ、それって君自身が俺たちと結託するメリットあるの?」

「メリットというか、大前提として貴方の力が必要なんです。笹原様。」


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