第6話 堕落

「ここはこうするんだ。この公式覚えれば簡単だから、今覚えなさい。」

「はい...。」

「じゃあこの問題解いてみて。」

「......。」

「わかんないの?」

嫌だ。待って。頑張って考えてるから。

お願い。お願いします。

それで刺さないで!


「......。」

目が覚めた。体を起こす。夜になっていた。

「!」

蕁麻疹が出ていた。

「再発してる...?」

強く脈を打っていた。

「な、なんで。」

ベットから降りて辺りを見回す。

アヴェリーはいない。ふと、机の上にある未来図鑑に目を向けた。そういえば、これというかアヴェリーと出会ってからまた夢を見始めた様な...。

「...。」

薬飲みたくない。あれを飲んだらまた苦しい日々が続くんだ...。

「くそっ、嫌だ嫌だ嫌だ!」

その場にしゃがみ込む。脳裏にノイズのように過去の記憶が流れてきていた。


おとーさん。

いない...。

お母さんはもういないんでしょ?

ずっといるから。ハナレナインダ...。


「あー。本当にうるさい。」

目の前がくらんだ。悪魔が笑ってる。


カランカランッ

はっ。あれ?なんだ?音のする方をみる。

フォークが落ちていた。

「今何時だ?」

学校から帰ってきて1日経っていた。

朝の5時。自分はキッチンに立っていて、目の前のお皿の上にパンが置いてあった。

「あれ?僕何して...。」

どうやらまた記憶が飛んでいたらしい。

キッチンから出て辺りを見回す。

リビングが荒れていた。

クッションはボロボロになって皿が辺りに割れていた。未来図鑑は...

「フォークが刺さってる...。」

フォークを抜こうとした時

「あ...。」

手が血だらけだった。



僕はその手のまま急いでリビングの棚を漁った。

薬がない。薬を飲むのは嫌だと言ったがここまできたらしのごの言ってられない。

棚からどうでもいいような書類や文具が落ちていく。見つからない。ない。マズイ。

自分の息が荒くなるのがわかる。動悸がする。

ノイズがする。背中から嫌悪とも憎悪ともいえる寒気がくるのがわかった。後ろを振り向く事ができない。ノイズだけがまるで部屋中を渡っているかのように感じた。


沈黙が聞こえる。

自分の息遣いさえもう聞こえなかった。

血で固まりかけている皮膚の手を止めて背後に感じる気配に語りかけた。

「…君が隠したの?」

「……はい。」

「なんで?返して欲しい。」

「どちらも応えられません。」

「悪魔。」

「いいえ。私は天使です。」

僕はゆっくりと後ろを見た。薄暗い部屋に立つ僕以外のもう一つの存在。その闇に溶け込む


       真っ黒な天使の羽


「でも君は堕ちてるじゃないか。」

「堕天使といえども一応天使ですから。」

堕天使がにっこりと笑う。部屋の暗さと真っ黒な己の姿に包まれた天使の笑顔は前に見た純粋さのカケラもなかった。

「君はもうアヴェリーじゃない?」

「私は最初から、ずっと、アヴェリーですよ。」

「天使だと嘘をついていたの?」

「ええ。」

堕天使の目は笑わないまま微笑んだ。

「じゃあ著者とか図鑑とかの話は…?」

「あれは本当ですよ。私が女神様共々天界を欺いてこの仕事を請け負ったんですから。」

言ってる事がメチャクチャだ。

「それで君は何がしたいんだよ。」

堕天使はこちらに向かって歩いてくる。

後ろは棚。逃げられなかった。

堕天使と足の爪先を向け合う。その差は僅か。



「貴方を幸せにしたかったんです。」



「っ!触るな!」

堕天使は僕の手を触ろうとした。

「笹原という青年の時と同じ反応ですね。

 …私だったら触っても許してくれると思ってたのにな…。」

「だから言ってるだろう、触られるのが」

「怖い。その理由は」

…気づけば堕天使は僕を抱きしめていて僕はヒュッと鋭い息を吸う。

体が熱くなる。堕天使といえども温もりを感じる

「っ…!っ…ん"っ…」

熱くなる体を押さえながら堕天使を引き剥がそうとする。反対に堕天使は頭を首に擦り付けてくる。そして耳元で囁いた。

「興奮してしまうんですよね。お父さんの調教のせいで。」

体が波打つ。腰がゾクゾクする。それと同時に嫌悪や吐き気があ、あ、あ、あ、あ、あ、

「大丈夫ですよ。全て受け入れればいいんです」

さとみは汗をかき、息を漏らす。体がビクビクと囃し立てている。何もかも処理できなくなったのか涙が出ていた。


首を振り息を漏らしながら、涙を流し必死に抵抗する私の契約者。ではなく主人。

「どうしてまだ理性を保っていれるんですか?」

幼少期に性的暴行により父に調教された真傘さとみは数秒触れ続けば意志関係なく興奮してしまう体になってしまった。そんな体になってしまった自分自身に、ひどく嫌悪感を持った真傘さとみは自己防衛本能により

     もう一人の自分を創った

「どうしてだと思う?」

先程の不安定な彼とは違く薄笑いとも不敵な笑みともをしている彼がいた。

「…わかりません。」

その時彼は急に私の首を掴んでいった。

「元々理性なんてないから。だよ。」

ドンッ!床に押し倒されてしまった。

彼は高笑いをしながら私を見下す。

「大丈夫だよ。僕は女の子に興味はないんだ。」

真傘さとみは父から、母という人間に母であり女性という存在に敵対心、恐怖心を持たせるような思想を刷り込ませていた。その克服、カウンセリングはまだ完治していない。

「だからといって男にも興味ないんだ。」

「こっちみて言うのやめろ。キモチワリィ。」

彼の視線の先にいたのは悪魔。本物の悪魔だった。堕天使の私よりももっと凶々しい。

「こいつがお前についていた天使…いや堕天使か。」

悪魔が私を覗き込む。

「どうする?」

主人は悪魔に問う。…どういうこと?

「従わせればいいだろ。本も能力もちゃんとまだあるんだからさ。」

主人はしゃがみ私の頬を撫でながら言った。

「アヴェリー。僕を幸せにしてくれる?」

「も、もう一人の人格の記憶もあるんですか?」

主人はキョトンとした顔をする。

「こっちが本物なんだから、当たり前だよ。」

主人に続いて悪魔が言う。

「お前も結局知ってて見てたくせに。何言ってんだよ。じゃなかったら人格入れ替わった時の行動の辻褄合わないだろ。」

"普通"の人格の方が実は嘘でその虚構の人格の記憶はただ一つしかない。だが…

"異常"の人格の方が実は真でその事実の人格の記憶は当然、虚構の記憶さえ持っていた。

「記憶があるなんて知らなかった…。じゃ、じゃあ私は別人格のさとみさんと契約していたってことですか…?」

主人は微笑みながら頷く。その目は据わっていた

「ざーんねんしょー。ま、大嘘つきの堕天使様には似合いの結果だろ?」

悪魔が小馬鹿にしながら言い放った。

「じゃああの笹原が著者だと言うことも既に知っているんですか…!?」

狼狽える私を前に主人は淡々と話す。

まるで心をいつかに置いてしまったように。

「流石にまだ確定はしていないけど、そうだとは思っているよ。」

続いて悪魔が軽蔑の眼をして言う。

「あー、そうそう。お前を喰った後、そいつのところに行く予定入ってんだけどさ。もしかして、笹原にも気があったりすんの?そういうの趣味にしてる方?」

「まさか!!!私はさとみ様一筋です!!

勝手なこと言わないでくれますか!?」

「おぉ…、こっわ。おいさとみ、こいつお前の大ファンみたいだぞ。よかったな。」

ニタニタ笑いながら主人をからかう悪魔に腹の底から込み上げる何かを感じる。でも、主人の本当の契約者は私ではなくあの悪魔。加え騙された故にこの不利な状況。何か物申せる立場でもないし、主人はきっとそれを望んでないのだろう。

「さあ、アヴェリー。未来図鑑を渡してくれるかな。」

「………。」

「おい、自分の状況わかってんの?アンタ。」

「…っ。」

悪魔に頬を掴まれる。立ち上がる程の広さもないくらい私は2人に詰め寄られていた。 


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