守備位置:センター

1Chiba1_26

代打

俺が決める。9回裏、2点ビハインド。一死満塁。今の打者で試合が終わる可能性もある。

―――でも、絶対に決めてやるんだ。


「粕谷!!」


監督が俺を呼んでいる。その間も、心臓は鳴りやむことを知らない。


「代打出すぞ。」


え...?


「米村、準備しとけ!」


ベンチの若手から歓声が上がる。


「米村さん!やっとですね!」

「見せてやってください!」


米村を見る。黒く焼けた肌、ギラリと光る眼。日差しの強い二軍でプレーした選手ならではの風貌だ。


「頑張れよ。」


小さく声をかけた後、歓声の中ベンチに下がる。ヘルメットを脱ぎ、手袋を外す。手が震えていた。震えを収めるように、帽子をかぶりなおしてベンチの最前列へ。結局、打席内の打者のバットは空を切った。


二死満塁。


米村で運命が決まる。


「絶対打てるぞー」


そう声を掛けながらも、どこか心の中では「打てるわけない」と思い込んでいる自分がいた。


彼とは同期入団だが、実に四年半もの間ずっと育成選手だった米村と、ドラフト一位入団の俺では顔を合わせる機会が少なかった。思い返せば、一緒に食事をする機会などないし、まともに言葉を交わしたのも新人合同自主トレのときが最後ではないだろうか。


歓声が止む。第一球を、スタンド全体が固唾を飲んで見守る。


米村が強振した打球は、歓声とともにレフトスタンドの中段に吸い込まれていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

第一巡、選択希望選手。粕谷玲史。


その呼び声を、四回聞いた。名門、W大学では六大学リーグで首位打者・本塁打王・打点王・盗塁王の四冠。「ドラフトの目玉」「二十年に一人の逸材」。


どんな野球雑誌でも、俺を「ドラフトの目玉」として取り上げていた。


その前評判通り、四球団競合。古豪のリザーズに入団が決定した。伝統的に打撃力のあるチーム。プロでも三冠王を取ると、本気で思っていた。周りも当然そう思っていただろう。


俺が指名されてから二時間後に名前を呼ばれたのが米村。切られたシャッターの数も、光ったフラッシュの数も俺のそれとは比べ物にならなかっただろう。


新人合同自主トレでも、ドラフト一位と育成選手の能力の差は明らかだった。俺は振ったら遠くまで飛んでいくし、投げるボールの伸びも違う。育成選手の脚は、大学盗塁王の俊足に到底及ばない。


それでも二人の共通点は、守備位置。センターだった。


でも、実力の差は明らかだった。


俺はOP戦でも起用され続け、打順は八番から五番に。ルーキーながら、チームの核になっていた。


迎えた開幕戦。OP戦通り、「五番・センター」でプロ初出場。初打席では、インローのストレートを振りぬいてレフトへ初ホームラン。その後も試合に出続け、後半戦では四番に座る。ドラフト二位で同学年の西森と共に、新人王こそ逃したものの連盟特別表彰を受ける。


ルーキーイヤーに感じたプロの球は、大学より少しだけしかノビないという印象だった。


しかし、その「少しのノビ」が、

俺のスイングを狂わせていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

守備位置:センター 1Chiba1_26 @Chiba_26

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ