第4話 人形師
お茶会が終わると、隣家に戻るクラリィ婆ちゃんに私もついていった。
クラリィ婆ちゃんの家は、私の家と続きの長屋で、階段や水回りの位置がそっくり同じなのだが、間仕切り壁の位置が変えられていて、全く別な家に思える。私の家は、玄関を入ったら小さな玄関ホールがあってそれからダイニングなのだが、クラリィ婆ちゃんの家は玄関ホールが広くなっていて、土間に木の頑丈なテーブルが置かれており、そこが客間も兼ねているのだった。私は、クラリィ婆ちゃんの家に遊びに来ると、いつも土間のテーブルで婆ちゃんとお喋りをするのが常だった。
今日も私と婆ちゃんはそのテーブルの椅子にそれぞれ陣取った。
私は婆ちゃんに求められて、再度ポケットの中に入っていたものをテーブルの上に広げた。
婆ちゃんは、またカミサマが入っていた人形の残骸のうち、足をつまみあげてしげしげと見た。
「事告げ様のための依代だね。レイデン姐さんの作だ。刻印が入ってる」
「レイデン姐さん?」
「あたしの先輩の人形師だよ。もう亡くなって十年になるかね」
婆ちゃんは奥の部屋から小さな人形を持ってきた。木でできた小さな子どもの人形だった。
「ほれ、これもレイデン姐さんの作だよ」
顔を見ると、カミサマが入っていた人形とよく似た特徴があった。手の作り方も似ている。
「姉弟子の人形師でね。私が王都に来たのも姐さんが呼んでくれたからだった」
「じゃあ、私たち一家の恩人でもあるってこと?」
「そうだね。あんたたちとも縁があると言える。それで、あんたはこれをどこで手に入れたんだい?」
私は、他言無用と前置きをして、昨日の出来事を話した。学校の行事で森に行ったときに六年前に私たちを襲った男が現れ、魔法でやられそうになったときにカミサマが憑依したこの人形が現れて助けてくれたのだと。
学院の先生には口止めされてたけど婆ちゃんは人形師だし、こういう話はどうせ人形師には回ってくるんだから、別にいいでしょ。
話をきき終わると、クラリィ婆ちゃんは深く深くため息をついた。
「なんと言う……。じゃあこれは、正真正銘、カミサマにお使いいただいた人形ということかい。こういうこともあるんだねえ……」
婆ちゃんは、テーブルの上に置かれた人形の残骸に手を合わせた。
「レイデン姐さんも本望だろうねえ。自分が死んだ後とはいえ、自分が作った人形がカミサマに選ばれたんだから」
人形師が作る人形は、大きく分けて二種類ある。どこででも売っているような人形と、カミサマを降ろすための人形。カミサマが人間に伝えたいことがあるとき、そのままの存在で降りてきても人間が知覚できないので、何か物体に憑依して地上に現れる。そのために、予め人形を作っておいて、特別な場所に納めておくのだ。
王城とか神社とか、そういう場所にはそういった人形が納められている場所があり、神域と呼ばれるのだが、その定義には、実は私は違和感がある。
私の故郷にも神域と呼ばれている場所はあって、でもそこには一体も人形は納められていないから。
故郷の「神域」は星辰と世界を繋ぐ場所であり、この世界で神々が人形を介さずに降臨する唯一の場所と言われていた。
行くのが少し難しいこともあって、人間は滅多なことがない限りは足を踏み入れず、そのために手つかずの自然が残っているのだけど、私はずっと、神域といえばそういうものだと思っていた。
ただ、他の地域で神域といえば、カミサマのための人形を貯めておく場所らしい。カミサマのお越しがいつあるかわからないが、そうなったときのために人形師たちは人形を作り、神域に納めるのだ。
クラリィ婆ちゃんも神域に人形を納めているが、それは人形師としては名誉なことらしい。カミサマの神気は凄まじいので、納めるのはどんな人形でもいいわけではない。腕のいい職人が丹精こめて作った人形でないと、カミサマが降りた瞬間に弾けて消滅してしまう。そうなると、カミサマは天上に戻り、人間はお言葉をいただける機会を失ってしまう。なので、選ばれた人形師しか神域に人形を納めることができない。
「それにしても、何であのときの男にまた襲われるようなことになったんだろうねえ。煉獄に捕らわれていたのではなかったのかね」
婆ちゃんは、六年前のあのとき、私とマリちゃんと一緒にいた。というか、あのときあの男が狙ったのがフォロ商会の会長の孫であるマリちゃんだったのか、屈指の人形師であるクラリィ婆ちゃんだったのか、わからなかいままだった。犯人は私に怪我を負わせたその直後に煉獄に捕らわれたので、どうして私たちを狙ってきたのか聞き出せなかったのだ。あの男の家が金に困っていて、それを何とかするために誰かから依頼を受けたのではないかというところまでは両親がクラリィ婆ちゃんと話しているのを立ち聞きしたのだが。
「学校の先生からきいた話だと、神の煉獄が誤作動したんじゃないかって。煉獄に入ってまだ年月が浅くて、固定が緩かったんじゃないかって」
「そういうこともあるんだねえ。ところでシホ、お前の後ろにいるのは誰だい?」
「え?」
私は後ろを振り返った。当然のことながら誰もいない。
「違うよ、もう少し上。お前の後頭部の少し上辺りにずっと気配がある。まあ、お前にはわからないかもしれないねえ。魔素じゃなくて、神気だから」
私は顔をしかめた。そう言われると、心当たりは一つしかない。
「ホリィ?」
「やだー、バレちゃったー?」
脳天気な声とともに、私の頭上にミミックが出現した。
「こんにちはー、ホリィって言います。神使やってまーす。昨日からこの子の相棒でーっす」
「相棒って何よ」
「だってそうでしょ。昨日だってあたしの支援で助かったんだから。そうだ、さっきの説明、端折り過ぎよ。あたしのこととか羽衣のこととか」
「どういうことだい?」
婆ちゃんが目で促す。ホリィが喜々として話し出した。ラヴィが事告げ様がいる異空間に私を引っ張り込んだこと、そこで事告げ様は黒衣の魔法使いに対抗するための武器として偏倚の羽衣を与え、参謀としてホリィをつけたこと。そして、これから行われる神宴に私も参加することを。
「宴?そりゃそろそろ開かれる時期ではあるが……。なんでシホが?」
クラリィ婆ちゃんの当然の疑問に、ホリィは私にしたのと同じ説明をした。クラリィ婆ちゃんはため息をついた。
「なんとまあ……そういうことかい」
「え、お婆ちゃん、納得したの?有り得ないとか思わない?」
「そりゃ、ただの魔素術師が参加っていうのは有り得ないだろうさ。でも、その羽衣とやらを使えば、魔法が使えるんだろ?」
「そうなのよー!この子、素養がばっちりあって!事告げ様も、良い拾いものであったと満足されて!」
えー嘘だー、と私はジト目でホリィを見た。事告げ様はあのときそんなこと言ってなかった。何で話を盛っているのよ、と。
しかし、ホリィはそんなことお構いなしである。
「何よー、その目は!あたしは神使よ。神々がおわす座への出入りなんて、当たり前のことなんだからね!」
だから、事告げ様と話すのも容易と言う。
「でも、今日、宴への参加者の指名とかなかったじゃん」
「あれはまだ人間たちの間に話が回ってないだけなの。これからあんたのところに話が来るから!」
待っててなさい!とホリィは自信満々に言った。
が、週明けの月曜日。この世界で言うところの冠の日に宴の開催が発表されたのだが、それとともに発表された参加者の中に、私の名前はなかった。
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口うるさいミミックを相棒に転生先の世界で生き抜きます 弓園千尋 @lepusetfeles
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