第7話 黒い雷

 その黒い点はだんだんと大きくなっていた。そこに何かがいるような気がして、私は魔素を集めると、目の前に打ち出した。そうして、空の一点が拡大して見えるようにする。これも、魔素の利用方法の一つ。魔素を操ることによって、光の屈折率を変えるものだ。

 そうして見えたのは、漆黒の服に身を包み銀色の髪をした端正な顔立ちの若い男だった。手には簡素な木の杖を持っている。私は彼に見覚えがあった。閉じられた目は、灰色がかった青色の筈だ。

 私はあの男に殺されかけたことがある。

 あれは六年前のことだった。

 あの男と対峙したとき、私は彼をどうやって撃退しようかということだけに集中していた。あわや死ぬところだったのだと理解したのは事が終わった後だった。恐怖は遅れてやってきて、それを忘れるために何ヶ月もの時間を必要とした。

 その後、あのときのことを思い出すことはあっても、恐怖までが呼び起こされることはなかった。だが、今のこの一瞬で、あのときの感情が戻ってきていた。

 でも、と私は気を取り直す。あのときの私と今の私は違う。いろいろと訓練してきたのだ。あのときよりもやれることはある。

 それに、あのときは随分年上に見えたけど、今は自分とあまり変わらない歳に見える。

 ラヴィがまた高い声を上げた。それと同時に、白くて細い光が上空の件の男に向けて放たれていた。ラヴィはあの男に何かを感じているのだろうか。

「ラヴィ、やめんか!」

 ダリルム先生が大きな声で言うが、ラヴィはやめない。ダリルム先生が空に向けて杖を掲げた。ラヴィを攻撃するつもりかと思い、私は上空を見るために展開していた魔素を消すと、亀の甲羅を私とラヴィの周りに展開した。おお、と、魔法科の生徒たちがどよめく。亀の甲羅を展開すると、その周りの空間が黒く濁って見えるようになるので、何が起きているのか一目瞭然なのだ。

 先生の杖からは、ラヴィが放っているのと同じような光が発せられたが、それはラヴィに向かってではなく、ラヴィが放った光に向けて放たれていた。ラヴィが放った光はそのせいで相殺される。

 私は先生に大きな声で言った。

「どうしてラヴィの邪魔をするんですか!」

「間違ったことをさせないためだ。君には見えていないのだろうが、あそこにいるのは人間だぞ!」

 ラヴィが攻撃する先を指さしながら先生は言う。

 そうしている間に、私は上空から大きな圧を感じた。それは私だけではなかったらしい。ジェニファをはじめとする魔法科の生徒たちも上空を見上げていた。彼らは銘々が小さな杖を構えていた。

「先生、何か来ます!」

 皆が口々に言う。私は私とラヴィの側面に展開していた亀の甲羅を上空に置いた。甲羅で覆う範囲もなるべく広くする。

 上空から、黒い雷が落ちてきた。亀の甲羅とぶつかり、その衝撃で空気も地面も揺れる。

「信じられない……。魔法で人間を攻撃するなんて」

 ジェニファの呟きがきこえた。先生も、呆然として呟いている。

「まさか、神の煉獄の囚人か。……終末の戦が始まるのか」

 それを聞いた生徒たちに動揺が走る。神の煉獄の囚人。終末の戦。そんな単語が教師の口から出たら、そうなるのはわかる。

 だけど、今すべきことはそういうことじゃない。

 私は、男がかなりのところまで降りてきていたのを見ると、亀の甲羅を解いた。そして、森に向かって走り出す。手巾を振り上げると木の枝に巻き付け、木の上まで上がるとその上に立った。

 魔法使いは魔法を人に使ってはいけない。

 これは、魔法が人に与えられたときに同時に嵌められた人間への枷であり、それを破ることはできなかった。破れば反動で罰が降るから。その実際の例として、魔法が人間に与えられた当時の王の子の一人は、誤って兄弟の子に魔法を使って殺しかけてしまい、そのせいで十二歳の若さで神の煉獄に納められた。これはよく知られた逸話で、神々が王族に対しても平等だということの例示としても語られる。

 人間相手に魔法を使ったら必ず神の煉獄が作動するというわけではないが、相手を死なせたり、死なないまでもそれに近い目に遭わせれば神の煉獄は動く。

 が、魔素術は違う。人に使うことを禁じられてはいない。

 なので、今この場であの男に立ち向かえるのは、魔法使いではなく、魔素術使いということになる。

 とはいえ、魔素術は魔法ほどの破壊力はない。魔法を容赦なく使ってくる相手に対してできる一番良い策は、時間稼ぎくらいのものだ。

 人間が人間に魔法を使うことを抑止するために世界に施された仕掛、「煉獄」が発動されるまでの時間を。

 今、私にできるのは、煉獄が発動するまでの時間を稼ぐことだけだ。

 今のところ、あの男の攻撃は人間相手のものとは判定されていないらしい。であれば、人間相手に攻撃させて、煉獄が発動するようにし向ければいい。

 私は亀の甲羅を展開すると、なおも降下してくる男にぶつけた。

 亀の甲羅が男とぶつかった瞬間、男と目が合った。男はいつの間にか目を開けていた。その青い瞳を見て、私は恐怖で身がすくんだ。男が手をかざす。私は逃げようとしたが、魔素をうまく操れない。

 男の手が光った。と、ラヴィが私に向かって飛んできた。光が放たれ、ラヴィが私を嘴の上に乗せてその場を飛び、でも間に合わず、ラヴィのしっぽが男の放った光に当たると光の中に消えていった。

「ラヴィ!」

 私は悲鳴を上げた。ラヴィはしっぽが消えるのもかまわず、私を乗せたまま飛んだ。そして、辺りは明るい緑色の光に包まれた。

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