第6話 魔法科と魔素術科
男性は、険しい表情で私を見下ろしていた。
「ところで君、名前は」
「シホ・アリス・ゼンです」
男性は杖を持っていない方の手で手元の空中に指を走らせていた。何となく、魔法を使っているのはわかった。何の魔法かはわからないけど。
「何があったのかは確認した。私は魔法科の教師をしているダリルムだ。ところで君は、入学式の日に渡されたこれを持っていないのか」
ダリルム先生は、入学式の後に渡されたキーホルダーを見せてきた。私は、持ってますけど、と言いながら、ポケットから例の鏡が割れたキーホルダーを取り出して見せた。先生は呻いた。
「なるほど、それでか……。まあ、わかった。わかったが、それは大事な物だと説明はなかったかね。配られて三日しか経ってないのにもうそんな体落とは」
そこからねちねち説教が続いた。それによると、このキーホルダーは学生の身分証であると同時に学院の通行証や魔術的なものに対する守護も兼ねているそうな。えー、そういう説明あったかなー、なかった気がするなあ。そういうのがあるんなら最初から言ってよ、というようなことを丁寧な言い回しで言ったところ、
「魔素術科の教師に言いたまえ。少なくとも魔法科では説明している」
私はもう言い返すのをやめた。何を言ったって跳ね返されるように思えたから。
「とりあえず、ここにいなさい。じきに魔素術科の生徒たちも合流するだろう」
「あ、はあ……。えと、オリエンテーリングは」
「中止に決まっているだろう」
大きな鼻息とともに、吐き捨てるように言われた。そんなこともわからないのか、みたいな。わかるわけないじゃん。こっちは何が起きてるのか皆目見当もつかないのに。
話しているうちに、森の中から新たに魔法科の生徒たちが姿を現した。男性はそちらに向かって歩いていく。私はその後ろ姿を見送った。解放された、と思ったのだが、代わりにラヴィと呼ばれたあの大きな生き物が上からにゅっと顔をつきだしてきた。大きな目に私の姿が映っているのが見える。
「ええっと……」
「すごいね、マツカサリュウがそんなに懐くなんて」
後ろから声がした。
振り向くと、金色の髪をポニーテールに結った青い瞳の少女がいた。魔法科の制服が瞳の色と揃っていた。その顔を見て、どこかで見たことがあるような気がしたが、初対面だとすぐに結論づけた。私にこの年頃の貴族の知り合いはいない。
「マツカサリュウ?」
「そう、その子のこと」
私はあの生き物を見た。あちらは更に近づいて私のすぐ傍に来ていた。私は少しのけぞりながら名前を呼んだ。
「ラヴィ?」
呼ばれた方はクルル、と見た目からは想像できないような少し高いかわいらしい声で鳴いた。
「そう、そういう名前だって。でも、ダリルム先生、意地悪なんだよ。私たちが名前を呼んだら、いきなり名前を呼ぶなんて馴れ馴れしいって怒るんだから」
そう言ってから、少女は名乗った。ジェニファ・テウル・ラウトゥーゾ、と。
「ラウトゥーゾ?遺跡の?」
「そうだよ。知ってるんだ、嬉しい」
ジェニファは喜色を浮かべた。青い目がきらきら光る。
「まあ、有名だから。あと、レオナルド・テウル・ラウトゥーゾがご先祖なんでしょう?」
レオナルド・テウル・ラウトゥーゾは平民にも知られている大天才魔法使いだ。彼が生きていた時代からは数百年経っているのでその偉業は伝説として語られており真偽不明だなあと思うものが多いのだけど、でも知名度は高い。
ジェニファは苦笑した。
「ご先祖、というのはちょっと違和感があるわね。レオナルドはうちのご先祖の弟だから、私は直系っていうわけじゃないのよ。彼には子どもはいなかったし」
ジェニファって呼んで、と彼女は言った。
「うち、一応貴族だけど、領地はあってないようなものだから。あなた、シホ・アリス・ゼンさんだったよね?シホちゃんって呼んでいい?」
「あ、うん、いいけど」
貴族らしからぬ馴れ馴れしさに私は少し面食らったが、向こうはそんなことは思いもよらないようで、ぐいぐいと言ってくる。
「その名前からすると、高原出身?」
「そうだけど。わかるの?」
「うん。母様がそういうのに詳しいの。高原の子はみんなああいう技を使えるの?」
「ラウドゥーゾさん、お喋りは控えられたらいかがですか」
少し離れたところに立っていた小柄な男子が声を飛ばしてきた。
「魔素術科の生徒なんかと話しても、何の益もないでしょう」
「えー、私、そういうの関係なしに友達になりたいんだけど。さっきの木の上の移動、凄かったじゃない。あなたも見てたでしょ」
「見てた……?」
聞き捨てならない言葉に私は引っかかった。
「うん。ダリルム先生がさっき、水鏡で写してた。マツカサリュウがものすごい速さで移動してるから、何かあったんだろうか、って」
水鏡というのは、少し離れた場所の光景が見える魔法ということだった。ダリルム先生はそういうのが得意らしい。
クルル、と私の頭のすぐ傍でまた声がきこえた。ラヴィがまだ私の傍にいた。正体がわかれば、恐怖は感じなかった。
「この子、ここにいていいの?」
「その子は基本的に自由なの。テッサ山脈付近をいつも好き勝手に飛んでいるんですって」
「でもさっき、魔法科の生徒はこの子の世話をするって」
「そうらしいわね。でも、世話っていっても何するんだかって思うわ。餌も自分で捕って食べるらしいし」
「この子、何を食べるの?」
「さあ。魔獣じゃないかって。この辺り、大物の魔獣はいないらしいんだけど、それってこの子が食べてるからじゃないかって。だから先生たちもこんなところでオリエンテーリングやろうなんて考えたんじゃないかな」
「じゃあ、ここは安全ってこと?」
「んー、どうだろう。その子の目につかないような小さい魔獣は結構いるってきいたから、完全に安全ではないと思うけど」
そう話している間にも、魔法科の生徒たちは続々と集まってきていた。私はそれを見ながら、ラヴィの嘴を撫でていた。クルル、クルル、とラヴィは鳴く。何となく、撫でられて気持ちいいんだろうなというのがわかった。
ラヴィの体は、黒を基調に七色に光る鱗に覆われていた。なんだか見覚えのある鱗だなあと思いながら、私は鱗もなでてやった。ラヴィはまた
クルルルルと鳴いた。
そしてそんな私を魔法科の生徒たちはじろじろと見ていた。ここに何で魔素術科の生徒が、と思っているのだろうというのは容易に想像ができた。そして私は、マリちゃんたちのことが心配になっていた。
どこかに行っていたダリルム先生がまた現れた。
「魔法科新入生、全員揃ったようだな。それでは、これから学院に戻ることにする。転移陣が展開されるまでここで待機するように」
言ってから、先生は私に目を向けた。
「君もだ。いいかね、くれぐれもここから離れないように」
「あの、友達がまだこの森にいて」
「わかっている。この森に転移された魔素術科の生徒たちには、さっきのキーホルダーを通じて指示が送られている。魔素術科の生徒たちもこちらに来ることになっている、とさっき言っただろう」
「でも、この森って、魔獣が結構いるって」
「魔素術科の生徒にだって自分の身を守ることくらいはできるだろう」
先生の言っていることは正論だ。確かに魔素術で身を守る方法はあり、それを使いこなせないような子は学院に入学できないだろう。でも、身を守ることができるだけだ。森を歩くことに慣れていたらそれでも十分だろうけど、王都育ちの子たちはそういうわけではない。少なくとも、マリちゃんをはじめとした同じ班の生徒たちは森の歩き方に慣れてはいない。
私が考えていることが先生にわかったらしい。先生は少し渋面を緩めて、
「魔素術科の教師だけでなく、私人警備の護衛がこの森に入っている。彼らが回収してくれるだろう」
私は安心しようとしたが、安心できなかった。教師や護衛と合流するまでに何かあったら?でも、だからといって何と言ったらいいのか。
私が何も言わなかったからか、先生はまた立ち去った。
ジェニファが話しかけてくる。
「大丈夫だよ。魔素術の中には鉄壁の防御術があるんでしょ?お兄ちゃんから聞いたことがあるけど、大火力の魔法にも負けないんですってね」
「それは亀の甲羅のことだね」
「亀の甲羅?」
「うん。術の名前。亀が甲羅に籠もるイメージで術を使うんだよ。小さい子が最初に習う術の一つだね。それが使えるようにならないと、森につれていってもらえないんだよ」
ただ、亀の甲羅は万能ではない。ただひたすら耐えることだけを目的としたもので、よほど練達しないと移動しながら術を展開することはできない。自分の身を守ることはできても、そこから動くことができなくなってしまう。
私はみんなの無事を祈りながら待つしかなかった。森の中から魔素術科の臙脂色の制服を着た生徒たちが姿を現したときには、安堵した。最初に出発したグループだった。彼らは、魔法科の生徒たちを見て、森の中にまた戻ろうとした。それを、ダリルム先生が呼び止める。
「何をしている、こちらに来ないか」
魔素術科の生徒たちは、おどおどしながら森から出てきた。彼らは、魔法科の生徒たちの中にいる私を見つけると、こちらに来ようとした。が、足が止まる。怯えたような彼らの視線の先を見ると、ラヴィがいた。ラヴィは私のすぐ傍に頭を下ろすようにして浮かんでいた。
「あのさ」
私はラヴィに話しかけた。
「少し、向こうに行くとかしない?私の同じ科の子たちがびびってるんだけど」
言葉が通じるのかわからないけれど、とりあえず言ってみた。ラヴィは首を傾げるようにするだけで、そこから動かなかった。
ジェニファが笑いながら言う。
「ラヴィはシホちゃんの傍にいたいんだね」
「言葉が通じないとかじゃないの?」
「マツカサリュウはものすごく賢いって先生は言ってたから、理解してると思うよ」
自分が話題になっていることをわかっているのかいないのか、ラヴィはゆらゆら揺れながら浮かんでいる。
と、その頭が上を向くと、一際高い声で鳴いた。
その瞬間、私たちがいる場所の上空で爆音が鳴り、突風が吹き荒れた。私は思わずその場にしゃがみこんだ。
風がやんでから私は目を開けた。さっきまで青かった空が、黄色と橙色とに染まっていた。その二色の空は渦を巻くようになっていて、その渦の中心には黒い小さな点があった。
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