第4話スティーブ・ジョブズ

ジョン・レノンにとって、世界を書き換えるための最も強力な筆は、ギターからキーボード、そして「シリコン」へと移り変わっていた。

​1990年代後半。かつてビートルズが「アップル・コア」を設立したとき、それは音楽の自由を求めた夢だった。しかし、ジョンが「スティーブ・ジョブズ」というアカウントで再起動させた「アップルコンピュータ」は、より過激で、より広範な人類の拡張を目指していた。

​ビル・ゲイツという巨大なライバルが君臨するIT業界で、ジョブズ(ジョン)は一人、異質なオーラを放っていた。黒のタートルネックにジーンズという出で立ちは、かつてのモッズ・ルックやホワイト・スーツと同様、計算し尽くされた「アイコン」の変奏曲。彼はプロダクトをただの機械とは考えていなかった。

​「これは、人々の魂を解放するための道具(ツール)なんだ」

​iMac、iBook、そしてMacBook。彼が生み出す製品の曲線美や、洗練された操作性には、ジョンの完璧主義とアートへの執着が色濃く反映されていた。かつて一曲のレコーディングに何十時間も費やした情熱は、今やスクリーンのアイコンの配置や、筐体の手触りを追求することに注がれていた。

​そして2008年。運命の「iPhone」が発表される。

それは、世界の情報技術史における決定的な転換点となった。それまで無機質なビジネスツールだった携帯電話を、誰もが掌の上で夢を見られる魔法の杖へと進化させたのだ。iPhoneが切り拓いたSNSと動画配信の時代は、かつてジョンが『イマジン』で歌った「境界のない世界」の、デジタルによる具現化でもあった。

​誰もが表現者となり、誰もが即座に繋がり、世界中に自分の存在を証明できる。ジョブズとして壇上に立つジョンは、その狂気じみた情熱で、文字通り人類のライフスタイルを「ハック」したのである。

​「一体、ジョン・レノンという男は、一人の人間として何度世界を変えれば気が済むのだろうか」

​側近たちが畏敬の念を込めて囁き合う中、ジョブズ(ジョン)はいたずらっぽく笑った。かつて「ビートルズはキリストより有名だ」と言い放った男は、今や「iPhoneを聖書より普及させる」ことに成功していた。

​「世界を動かすのは、ほんの一握りの、狂気じみた才能を持った者たちだ」

​その言葉は、ジョブズの口を借りて放たれた、ジョン・レノン自身の変わらぬ信念だった。彼にとってテクノロジーとは、愛と平和をより高速に、より深く浸透させるための「新しい楽器」に過ぎなかったのだ。

​しかし、ジョブズとしての肉体もまた、永遠ではなかった。次のアカウントへの移行、あるいは長すぎる放浪の旅の終焉が、静かに近づいていた。

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