イマジン ~ジョン・レノン第二の人生~ 改稿版
ponzi
第1話ジョン・レノンは生きていた
1980年12月8日。ニューヨークの冬は、刺すような冷気と共にあった。ダコタ・ハウスの重厚な門扉の前で放たれた数発の銃声。それは本来、一つの時代の終焉を告げる弔砲となるはずだった。アスファルトに流れる鮮血、絶叫するヨーコ、遠ざかる意識。しかし、運命の女神は気まぐれだった。銃弾は奇跡的に心臓の数ミリ横を通り抜け、ジョン・レノンという男の鼓動を止めなかったのである。
数日後、病院の白い天井を見上げながら、ジョンは朦朧とした意識の中で自問していた。
「なぜ、僕はまだここにいるんだ?」
耳を澄ませば、病院の外からは彼を悼むファンが歌う『イマジン』の合唱が微かに聞こえてくる。世界はすでに、ジョン・レノンを聖者として葬り去ろうとしていた。
病室の扉が静かに開き、数人の信頼できる友人たちが姿を現した。彼らはジョンの無事を確認すると、沈痛な、しかしどこか挑発的な面持ちでこう切り出した。
「ジョン、世界はお前が死んだと思っている。……このまま、死んだことにしておかないか?」
その言葉は、ジョンの乾いた心に不思議な安らぎを与えた。「ジョン・レノン」という名前は、すでに彼自身の許容量を超えた巨大な偶像(アイコン)と化していた。平和の象徴、ロックスター、預言者。世間が押し付ける無数のラベルに、彼は窒息しかけていたのだ。
「ジョン、お前はもう、ジョン・レノンという役割に縛られすぎた。ここでもう一度、本当の自由を手に入れてみないか?」
ジョンは薄く笑った。実は、彼には誰にも明かしていない秘密があった。レノンとしての活動の裏で、彼はすでにいくつもの「名義(アカウント)」を使い分け、別の人格として世界に干渉し始めていたのだ。
ある時は、ハリウッドの片隅で、子供のような瞳で銀幕の夢を追う若き映画監督、スティーブン・スピルバーグとして。
ある時は、ガレージに籠もり、冷徹なまでの完璧主義で未来の道具を設計する革新者、スティーブ・ジョブズとして。
さらには、名もなきサッカー選手や、場末のバーで歌うマイナーミュージシャン。ジョンは「マルチアカウント」を使い分けることで、レノンという檻から脱出し、精神の均衡を保っていたのである。
「……面白いな。ジョン・レノンはあの日、ダコタ・ハウスの前で死んだ。そういうことにしよう」
ジョンは点滴の管が繋がれた手をゆっくりと動かし、目に見えない「ログアウト」のスイッチを押した。
彼を縛る名声も、過去も、愛憎も、すべてをニューヨークの冬空に置き去りにして。
こうして、伝説のロックスターの「第二の人生」が幕を開けた。ある時は映画監督として、ある時は技術者として。そしていつか訪れるであろう、魂の叫びを再びギターに託す「あの日」まで。
ジョン・レノンの物語は終わらない。ただ、チャネルが切り替わっただけなのだ。
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