信じましょう、ロザリア様。

……どれくらいそうしていただろうか。

ユリウスの胸に顔を埋めたまま、私はゆっくりと息を整える。


やがて、私は顔を上げた。

ユリウスの黒い瞳が、すぐ近くで私を見下ろしている。


「ユリウス、教えて。今日は何年の何日?」

「昨晩、あれほど『明日は人生で一番美しく装わせろ』と私を散々こき使ったのは、どこのどなたでしたか?今日はロザリア様の十四歳の誕生日でしょう。」


……十四歳?

私が処刑されたのは、十六歳のときだったはずだ。


「……ふっ、あははっ……!」


​私は、込み上げてくる感情を抑えきれず、ユリウスの服を握りしめたまま笑い声を漏らした。


​「……ロザリア様? いよいよ頭のネジが外れましたか。それとも、また何か悪巧みでも思いつきましたか?」


​訝しげに眉を寄せるユリウス。

その冷ややかな視線を受けながら、私は確信する。


​私は、戻ってきたのだ。

ユリウスが生きている、あの「地獄」が始まる前の時間に。


​私は、ユリウスを真っ直ぐに見据えた。


エミリア。家族を騙し、私を裏切り、ユリウスを殺した女。

次は私が、あの「悪魔」の首を獲る番だ。


そして……今度こそユリウスを、絶対に殺させない。

「……ユリウス。聞いて」


彼は無言で眉をわずかに上げ、私の言葉を待った。


「私、未来を知っているのよ。」

「……。左様ですか。ついに予知能力にまで目覚められたと。……安心してください、お嬢様の主治医は、幸いなことに既に執務に就いております。すぐに呼びにやりましょう」

「いらないわよ!」


私は、すべてを話した。


双子の妹エミリアに嵌められたこと。

雪の降る処刑場で、ユリウスが私を庇うためにすべての罪を被り、ギロチンで首を落とされたこと。

最後に、私がエミリアに刺され、目を開けたらこの朝に戻っていたこと。

そして、エミリアの計画の全貌。


話しながら、私は彼の手を取った。

白手袋越しでも、確かに温かい。長い指に、骨ばった感触。ちゃんとユリウスの手だ。


ユリウスは、最初はただ黙って聞いていた。

やがて、微かに眉を寄せ、からかうような表情を浮かべる。


「……ロザリア様にしては、随分と手の込んだ悪夢をお作りになりましたね。」


いつもの調子だ。信じていない。

そりゃあ、いきなりこんなこと言われて、すんなり信じる方がおかしいけど。

それでも、ユリウスにだけは伝えておきたい。

私は彼の手を離さなかった。


「あんた、このままだと死ぬのよ……私を庇って死んじゃうんだから!」


声が上ずり、涙がまた溢れる。感情が抑えられない。


「……それは光栄なことですね。ですが、今の妄言を他の方に聞かれたら、本当に病院送りですよ」


私は首を振り、ますます強く彼の手を握った。そして、目を逸らさずに彼を見つめた。彼の黒い双眸に、必死に語る私の姿が映り込む。


「夢じゃないわ。全部、本当のこと。あなたは本当に、私を庇って死ぬの。……私、あの時のあなたの顔を、今でもはっきり覚えてるわ。」


声が詰まる。

ユリウスの瞳が、わずかに揺れた。


「信じて、ユリウス。……お願い。」


私は彼の手を自分の頬に押し当てた。

涙がまた零れて、彼の手袋を濡らす。


ユリウスは、長い沈黙の後、静かに溜息をついた。


「……貴女がここまで真剣に仰ることは、滅多にありませんね」


彼の声は低く、どこか諦めたような響きを帯びていた。


「確かに……今日の貴女は、落ち着き方が違います。昔から泣きじゃくった後は、すぐに甘えたり怒ったりなさるのに。それに冗談にしては、目が笑っていらっしゃいません。まるで、本当に死の淵から戻ってきたような顔をなさる。」


ユリウスの言葉に、私は握る手に力を込める。


「……ロザリア様が考える嘘にしては、あまりに出来すぎていますし。」

「はぁ!?」


彼は私の声に反応することなく、手をそっと握り返した。


「……信じましょう。ロザリア様の言葉を」


短く、静かに。

でも、その一言に、揺るぎない重みがあった。


「仮に、それが夢だとしても、貴女がそこまで私を必要としてくださるなら……私は、貴女をお守りする以外に道はございません。」


彼は跪き、私の手をしっかりと握る。

そんな風に上目遣いで見つめられると、なんだかちょっと……ドキドキしちゃうじゃない。


「これから先、エミリア様がどんな謀略を巡らせようと、貴女に刃が向かうことがないよう、全ての裏切りを、未然に潰してみせます。」


彼の声は、静かで、冷たく、でも確かな決意に満ちていた。


「私が貴女の執事である限り、 二度と、貴女を処刑台に立たせるような真似はさせません。……私の命に代えても」


私は、再び彼の胸に飛び込んだ。

今度は、泣きじゃくるのではなく、ただ強く抱きしめた。


「……まったく、朝から随分と忙しい一日になりそうです」


彼はもう一度、小さくため息をつく。


「……それよりもロザリア様。本日は貴女の誕生日。ヴィルヘルム殿下もご出席なさる、誕生祝賀会が催される日ですよ」


……誕生祝賀会?

ヴィルヘルム殿下!?


「で、ででででで、殿下が!?」

「左様でございます。」

「なぜ殿下が!?」

「当然でしょう、婚約者の誕生祝賀会なのですから」


ヴィルヘルム殿下。

次期国王であり、二年後の世界でエミリアとセオドールによって毒殺された、私の婚約者だ。

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