産卵したい幼馴染と孵化したい俺

小絲 さなこ

「ねぇ雄大ゆうだい。人間も子供を卵で産んだ方が色々と好都合だと思わない?」


 幼馴染のエミカがシャーペンをくるくる回しながら俺に問いかけてきた。


 俺の部屋にふたりきり。

 勉強に飽きると『くだらないこと』を考え始めるのはエミカの悪い癖だ。


「どうだろうなー」


 俺はとりあえず気のない返しをすることにした。

 そんなことより問題を解きたい。


「だってさぁ……卵産んだら孵化するまで誰かに預けておけるじゃん。そしたらバリバリ働けると思うんだよね」

「それ、リスク高くね?」

「リスク?」

「誰かに盗られたり割られたりするかもしれないだろ」

「あ。そっか」

「あと、卵なんてだいたいどれも見た目同じだろ。すり替えられることもあり得る」

「う。たしかに……」


 納得したエミカはシャーペンを左右に振っている。

 よし、このくだらない話題もこれでお開きだな。


「そうだ! 卵の母親が誰か、一目でわかれば良いんじゃない?」

「どうやって」

「卵の殻に母親の顔が描かれているとか、卵の中身がわかるのとかどうだろう。例えば……そう、スケルトンなの」


 なんで俺、エミカのこと好きなんだろうなって、たまに思うんだけど、こういうとこがおもしれーんだよな。

 でもそれを認めるのは癪だ。


「どっちも気持ち悪くね?」

「ひどっ! 生命の神秘を気持ち悪いとか」


 そういえば、小学生のころ夏休みの自由研究でお酢に卵を漬けてスケルトン卵を作ったことがあったな。

 プニプニしたオレンジ色の物体となってしまった卵は、面白い一方、ちょっと気持ち悪いなと思った記憶がある。


「中身見えたら、有精卵か無精卵かわかるよねー」

「無精卵だったらどうするんだよ」

「え。食べるけど」

「食うな!」


 くそぅ。小動物みたいに首傾げるんじゃねぇよ。可愛いじゃねーか。発言はちょっと……いや、だいぶやべーけど。


「頼むから、俺には食わせてくれるなよ」

「わかってるよ。ひとりで食べるし。ていうか、そもそも無精卵を産まなければいいんだよね」

「まぁ、そりゃそうだが……」

「でもひとりじゃ有精卵は産めないよねー」


 エミカの視線が痛い。

 もしかして誘ってんのか────と、問うよりも早くエミカの顔が近づき、唇が重なる。


 いつもより長く、深い口付けについ夢中になり、バサリとノートが落ちる音で我に返った。



「あぁもう勉強……」


 勘弁してくれよ。

 エミカを引き剥がし、息を整える。


「まぁ、三十になるまでには産卵したいから、そのつもりで」

「産卵言うな!」


 俺はくらくらする頭を抱えた。

 優秀なエミカと違い、俺はいつもギリギリなんだぞ。このままじゃ大学生活六年間の努力が水の泡になっちまう。

 先が決まってるのに落ちたらと思うと、胃が痛くなってくる。

 

「あはは。雄大、すっごい眉間の皺〜。そんな力んでたらダメだって。たまには息抜きも必要、だよ?」

 

 

 その後、ちゃんと勉強したかどうかは────黙秘させていただきたい。


 医師国家試験まであと五週間。

 俺は無事、孵化できるのだろうか。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

産卵したい幼馴染と孵化したい俺 小絲 さなこ @sanako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画