第11話 同時建造という革命
昭和九年~十年(1934―1935年)
一、条約なき世界の始まり
昭和九年十二月。
日本の海軍軍縮条約脱退表明は、国内よりもむしろ国外に衝撃を与えた。
ワシントン、ロンドン、そしてローマ。
各国の海軍武官が一斉に本国へ電報を打つ。
「日本、制限なき建艦へ移行」
だが、その電文の裏側で、最も早く動き出していたのは日本自身だった。
高城中佐は、横須賀工廠の一室で、巨大な建造計画表を壁一面に貼り出していた。
赤、青、黒の線が複雑に交差している。
「……これで、やっとスタートラインだ」
条約脱退は“開始”ではない。
結果を出せるかどうかの試験にすぎなかった。
二、翔鶴型六隻計画
軍令部で開かれた極秘会議。
議題は一つ。
「新型正規空母の同時建造」
提示された数字に、室内がどよめいた。
「六隻、だと?」
従来の常識では考えられない規模だった。
一隻ずつ、時間をかけて建造するのが日本海軍の伝統だ。
高城は、静かに説明を始める。
「同型艦を同時に六隻建造します。
設計は完全共通、部材も共通。
違うのは起工場所だけです」
黒板に書かれる造船所名。
横須賀
呉
佐世保
舞鶴
長崎(三菱)
横浜・鶴見(民間転用)
「……正気か?」
誰かが呟いた。
高城は、その言葉を否定しなかった。
「正気ではありません。
しかし、戦争は正気な計画では勝てません」
三、造船所は武器である
同時建造を可能にした最大の要因は、
この数年で進めてきた“造船所の兵器化”だった。
・溶接主体の船体構造
・規格化されたフレーム
・ブロック建造方式
地方造船所では、すでに巡洋艦・駆逐艦用ブロックの量産が始まっている。
高城は言った。
「造船所は工場ではありません。
戦場です」
ドックは弾薬庫であり、
クレーンは砲であり、
工程表は作戦計画だった。
舞鶴では、超大型乾ドックの建設が本格化する。
このドックは、戦艦級と空母級を同時に扱える設計だった。
「これで、ドック待ちという言い訳は消えます」
四、反発と恐怖
もちろん、全員が賛成したわけではない。
戦艦派の将官は露骨に不満を示した。
「空母にこれほど資源を割けば、戦艦が遅れる」
高城は、即答した。
「遅れません。
同時に進めるからです」
「そんなことが可能だと?」
「可能にするために、ここまで準備しました」
彼は、建造工程表を示す。
そこには、戦艦・空母・巡洋艦・駆逐艦が、
互いに干渉せず並行して進む構造が描かれていた。
沈黙が落ちる。
恐怖は、未知から生まれる。
だが数字は、恐怖を黙らせる力を持っていた。
五、米国の反応
一方、太平洋の向こう側。
米海軍情報部は、日本の動きを正確に捉え始めていた。
「日本、空母を複数同時建造中」
「民間造船所を戦時転用可能に」
報告書を読んだ米海軍将官は、眉をひそめた。
「……思ったより早い」
アメリカもまた、動き始める。
エセックス級の前倒し。
護衛空母の量産計画。
航空機生産ラインの拡張。
高城が恐れていた“相互加速”が、現実になりつつあった。
「だが、それでも……」
彼は知っていた。
先に走り出した者が、最初の十年を支配する。
六、巡洋艦と駆逐艦の加速
空母だけではない。
高城は、巡洋艦と駆逐艦にも同じ思想を適用した。
重巡洋艦は、設計を簡略化しつつ防空能力を強化。
新設計の防空巡洋艦――後の伊吹型の原型がここで生まれる。
駆逐艦は、明確に二系統に分けられた。
・雷撃重視型
・防空・護衛重視型(秋月型)
「すべての艦に万能を求めるのは無駄です」
役割を絞り、数を揃える。
それが、新しい艦隊の姿だった。
七、航空と造船の融合
この時期、航空部門との連携も一気に深まる。
艦載機整備は、職人技からライン作業へ。
補給部品は共通化され、交換時間は大幅に短縮された。
航空技術者が言う。
「一日あたりの出撃回数が、目に見えて増えています」
高城は頷く。
「それが戦闘力です」
同時に、電探研究も進展する。
まだ実用化には遠いが、
「索敵距離を時間で稼ぐ」という思想が芽生え始めていた。
八、昇進
昭和十年春。
高城は、中佐から大佐へと昇進する。
理由は単純だった。
「責任の所在を明確にするため」
計画は、もはや一部門のものではない。
海軍全体を動かす規模になっていた。
山本五十六は、昇進を伝える席で言った。
「君は、もう裏方では済まない」
高城は、静かに答えた。
「承知しています。
だからこそ、今は造ります」
九、進水ラッシュ
昭和十年後半。
日本各地で、進水式が相次ぐ。
翔鶴型一番艦、二番艦。
防空巡洋艦の試験艦。
秋月型駆逐艦の初号艦。
新聞は沸き、国民は熱狂する。
だが高城は、浮かれなかった。
「進水は、スタートです」
艦は造られ、
航空機が載り、
人が乗り、
初めて“戦力”になる。
十、革命は静かに進む
昭和十年の終わり。
日本海軍は、表向きにはまだ史実と大差ない。
だが内部では、
明確に別の道を歩み始めていた。
・同時建造能力
・量産思想
・補給と修理の重視
それは、砲の海軍から、
工業と航空の海軍への転換だった。
高城は、夜の造船所を歩きながら思う。
火花が散る。
鋼が繋がる。
この音こそが、
次の戦争の前奏曲なのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます