歴史好きが1930年の日本に転生して敗戦を防ぐ
ナッシュ
第1話 十年先の戦争
――昭和五年・一九三〇年
■ 横須賀海軍工廠・早朝
まだ空気に冷たさの残る朝だった。
横須賀海軍工廠の乾ドックを見下ろす高台に、一人の将校が立っている。
海軍中佐・高城 恒一(たかぎ こういち)。
年齢は三十代半ば。
階級も役職も、海軍の中枢に食い込めるほどではない。
だが彼の視線は、目の前の戦艦ではなく――十年先を見ていた。
「……回っていない」
思わず漏れた言葉は、艦の性能に対するものではない。
巨大な戦艦が、
一つのドックを何年も占有している現実。
修理も改装も、順番待ちで滞る現場。
――このやり方では、戦争は続けられない。
その確信だけは、どんな教本よりも鮮明だった。
■ 転生者としての“現状把握”
高城は、ここが「昭和五年の日本」であることを理解していた。
自分は歴史好きの現代人だった。
そして気がつけば、帝国海軍の中佐として、この時代に立っている。
だが彼は、未来を声高に語るつもりはなかった。
なぜなら――
問題はすでに、この時代の中にすべて存在しているからだ。
造船能力は一点集中
艦種ごとの建造ラインが存在しない
補助艦・護衛艦が後回し
修理と量産が想定されていない設計思想
未来を知らなくても、
“長期戦を想定しない構造”であることは明らかだった。
■ 三つの工廠視察
この年、高城は特命を受けていた。
横須賀
呉
佐世保
三大工廠の造船・修理能力の実態調査。
名目は単なる報告書作成。
だが高城は、そこで一つの結論に至る。
「戦艦を作る能力はある。
――だが、艦隊を維持する能力がない」
特に致命的だったのは、
護衛艦が“ついで”扱い
補給艦が後追い設計
同型艦でも部品が統一されていない
これでは、戦争が始まった瞬間から消耗戦で負ける。
■ 初めての提言
1930年秋。
海軍省の一室。
高城は、分厚い資料を机に置いた。
「提言いたします」
周囲には、年長の将校たち。
中佐の発言力など、決して強くはない。
「護衛艦・補助艦は、大型艦とは別ラインで量産すべきです」
一瞬、空気が止まる。
「別ライン、とは?」
「大型艦ドックを占有させない、
専用の中小型艦造船所を設けます。
民間造船所も、最初から戦時転用を前提に組み込みます」
誰かが鼻で笑った。
「十年先の話だな」
高城は、否定しなかった。
「はい。十年計画です」
■ 高城の「十年計画」
その場で、彼は明確に言い切った。
「次の戦争は、十年で勝敗が決まります。
だから、十年で“作れる艦隊”を準備すべきです」
計画の骨子は、こうだった。
【第一段階(1930~1933)】
護衛艦・駆逐艦の標準設計
巡洋艦の量産化設計
民間造船所の軍需対応化
修理・改装を前提とした構造設計
【第二段階(1934~1937)】
空母専用建造ラインの確立
巡洋艦・防空艦の増勢
航空機整備・補修体制のライン化
電探・航空兵装の基礎研究
【第三段階(1938~1940)】
空母主力艦隊の完成
護衛艦・補給艦の大量配備
戦時損耗を前提とした再生産体制
それは、
戦艦中心思想を否定はしないが、依存しない計画だった。
■ 小さな承認
この提言は、大きくは評価されなかった。
だが――
完全に否定もされなかった。
「まずは、護衛艦からだ」
そう言ってくれた一人の将官がいた。
後に航空主兵論を唱えることになる、
山本五十六である。
「君の言う十年先、
私は見てみたい気がする」
その一言で、高城の計画は生き残った。
■ 第一話・締め
1930年、日本はまだ平時だった。
だが高城は知っている。
十年後、この国は――
空母を失うか
空母で生き残るか
その分岐点に立たされる。
「……十年あれば、艦隊は変えられる」
海を見下ろしながら、彼は静かに誓った。
戦争を止めることはできない。
だが、負け方は変えられる。
鋼鉄の十年計画は、
こうして密かに動き始めた。
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