今日もしあわせ、私たち家族
志乃原七海
第1話:母の輝き
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## 第?話:母の輝き
「お腹空いたー!」
「はい!はーい!」
日曜日の昼下がり、ショッピングモールは家族連れでごった返していた。人波の合間を縫うように、二人の幼い娘が元気いっぱいに叫ぶ。長女の杏(あん)が5歳、次女の紬(つむぎ)が3歳。手をつなぎながら、夫の健太が苦笑いしている。
「よしよし、じゃあフードコートに行こうね!」
健太の言葉に、娘たちは「やったー!」「わーい!」と声を弾ませた。その笑顔を見ていると、朝から準備に追われて疲れていたはずの心も、少しだけ軽くなる。
けれど、食いしん坊な娘たちの足が目指すフードコートは、まだ少し先だ。その道すがら、詩織の視線は、ある一点に釘付けになった。
ドン、と。
フードコートの手前に、まるで待ち構えていたかのように、煌びやかなジュエリーショップがデーンと構えている。ショーケースの中で、スポットライトを浴びた指輪やネックレスが、妖しいまでに輝いている。まるで、詩織を誘っているかのように。
「……どうしたんだ?」
健太が不審に思い、詩織の顔を覗き込む。
詩織は、その問いに答えず、じっと指輪を見つめていた。頭の中では、きらめく石たちが「買って、買って」と囁いている。
「ねえ?指輪ほしい!買ってぇ!」
詩織は、甘ったるい声で健太の腕にスリスリと体を寄せた。我ながら、この小悪魔的な甘え方は、昔取った杵柄というやつだろうか。健太は「ははは」と苦笑しつつも、まんざらでもない顔で詩織の頭を撫でた。
「仕方ないなぁ、ちょっとだけだぞ?」
「やったー!」
詩織は心の中でガッツポーズ。健太に促されるまま、娘たちと共にジュエリーショップの自動ドアをくぐった。ひんやりとした空調と、ショーケースの輝きに、一瞬で心が満たされる。
「いらっしゃいませ。今日は何か記念日ですか?お誕生日とか?」
品の良い女性店員が微笑みながら尋ねてくる。詩織はすかさず「はい!」と答えた。その時、袖を引っ張られた。杏だ。
「うそー!ママのお誕生日終わったよねー!」
無邪気な杏の声が店内に響き渡る。
詩織は「いいから!」と目で威嚇しつつ、店員さんに満面の笑みを向けた。
「ええ、まあ、そんな感じで……」
「さようでございますか」店員さんは営業スマイルを崩さず、詩織の言葉に付き合ってくれる。あと少し!健太、頑張って!心の中で拳を握る詩織。
健太は娘たちにバレないよう、こっそりと詩織の欲しがっていた指輪を指差して店員に話を進める。購入が決まり、健太がクレジットカードを取り出した時、詩織は満面の笑みで健太に飛びついた。
「パパ、ありがとう!ちゅー!」
健太は照れくさそうに「ははは」と笑い、娘たちはキョトンとしている。
「お腹空いたー!」
「よだれがー!」
二人の娘が、またもや同時にお腹の空腹を訴える。紬の口元には、本当に涎が垂れている。
「はいはい、ごめんごめん!すぐ行こうね!」
詩織は健太と娘たちの手を引いて、改めてフードコートへと向かった。
買ったばかりの指輪が、ショッピングモールの人工的な光の下で、キラリと輝く。
食費を削り、自分へのご褒美に回す。
それが、ささやかながらも、詩織が母親として、一人の女性として輝きを保つための秘訣だった。
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