𦮙

第1話

 私が銀の卵から生まれる少し前、金の卵から兄が生まれた。

 私達は双子だった。それと同時に生まれながらの夫婦であり、この地の王だった。

 人々は額づいた。空であろうと海であろうと陸であろうと生きとし生ける物は一つ残らず支配した。

 やがて私は身籠った。偉大なる王にして最愛の夫、血を分けた兄の子を。

 最初の臣民である子が生まれ、その子がさらに子を生む。そうやって家族と国家が構築されていった。

 全てが清らに正しく、順調だった。

 ただ一点、最後の卵が孵らないことを除けば。

 それは、私達の弟か妹になるはずの真っ白な卵だった。

 同じ巣の中で金と銀の卵と一緒に並んでいた。早く顔が見たいと罅が入るのを兄と心待ちにしていたのに、ついぞ目覚める気配を見せず今では宮城きゅうじょうに安置させられている。傅かれ、不届き者に手出しされないよう見張りもされ、なおのことこの卵は不変だった。

 翌日あくるひ、私達は卵を割る決心をした。子も孫も栄え国も広がった。それを世界と呼ぶことも許した。足りないのは共に祝福され統治するはずの最初の家族だけ。その状態さまは水を注いでも一向にちない杯のように不安で苛立たしかった。

 二人で卵を割った。清潔で真っ白な卵殻から流れたとは思えない程おどろおどろしい粘液が、這うように裂け目からあふれた。

 須臾にして一つの卵とは釣り合わない大量の粘液が巨濤のごとく地を侵し人を飲みこむ。

 私と兄は上へと逃げるほかなかった。天地が驚きに震えるその最中、二人は既に理解していた。


 この卵が巣守りであったことを。

 割れず沈黙を保つことで、この世界の秩序を維持していたのである。


 高く高く逃げるうち、兄は太陽に、私は月に姿を変え、相変わらず崇め奉られている。

 けれど眼下に広がる世界は、元には戻らない。


 銀色のたかどのが刃物のように空を切り裂き聳え立つ。鉄の翼を生やした燕が摩天楼のそのさらに上を飛び回り、卵を落としては地を抉る。その合間には火を吹く魚が泳ぎ、一見鈍重そうな土色の亀が素早く首を伸ばしおかでそれらを破壊していた。


 世界は混ぜられた鶏卵のように渾沌と相成るほかなかった。今も昔も、ずっとずっと。それだけが不文律であり続けるのだった。

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𦮙 @sizuka0716

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