考察未満:祖母が毎週卵をくれる件について

石衣くもん

🐣

 どのご家庭にも、その家独自の慣習というものがございます。それが変わった文化なのかどうか、他の家庭の慣習に触れる機会がない限り、気が付くことはできません。

 しかしながら、他の家ではどうなのか知らなくても、変わっているなと気付くことも稀にございます。

 私の家の場合は、祖母が毎週、卵をくれることです。


 まずもって、祖母とは父方の、つまり母との関係は嫁姑にあたります。そんな祖母は養鶏場を営むこともなく、また、格安で卵を入手できる伝手があるわけでもございません。最早、百円台での購入が困難になってしまった10個入りの卵パックを、最寄りのスーパーで買い、それを私と母にくれるのです。


 私が小さい頃は、母だけが卵をもらっていました。そして、時は経ち、私も結婚して家庭を持つようになり、私と母に卵をくれるようになったのです。


 勿論、とても助かっています。卵がなければ料理のレパートリーが格段に減ってしまいますから。しかし、業務用のスーパーで10個入りで平均250円。最寄りのチェーンのスーパーだと平均300円。二人暮らしでも、10個なんて一週間で使いきりますから、一ヶ月で約1,200円。一年でおよそ15,000円弱。


 つまり、うちの家計は祖母のお陰で15,000円程助かっており、祖母の家計は私と母の所為で30,000円程余計に圧迫されているということになるのです。


 何故、祖母は私たちに卵をくれるのか。わかっていることもございます。

 一つ、祖母は年金暮らしですがそれなりに裕福であること。

 二つ、祖母は私が小さい頃、おやつに卵焼きを作ってほしいと強請るほどには卵が好きだと知っていること。

 三つ、祖母は母から「家族みんな、よく食べるから食費が大変」や「物価が上がって家計が大変」など、長年、その時々にある苦労話を聞いているので、援助してあげようと思ってくれていること。

 恐らくこの辺りは、祖母が卵を買って渡してくれている理由の一因だと考えられます。


 結局、祖母に訊かない限り、理由ははっきりとはわかりません。何故なら、祖母に理由を尋ねることを母から禁止されているからです。母からは


「おばあちゃんのご厚意なのだから無碍にしないように」


と釘を刺されています。母の言う通り、祖母のご厚意であることは間違いないのですが、毎週買ってくれる理由がわかりません。そして、どうして卵をくれるのか理由を問うことは、厚意を無碍にすることと繋がりがないように思います。しかし、祖母はこう思ってしまう可能性があるのです。


「えっ、これって普通のことじゃないの!?」


 母曰く、今まで幾度も祖母のご厚意を「どうしてここまで手厚くしてくれるのか?」と問い掛け、それを「わざわざ聞いてくるということは、どうやら普通のことでなかった」と祖母は認識し、恥ずかしがってやめてしまうというのです。冒頭述べた通り、それが変わった文化なのかどうか、他の家庭の慣習に触れない限り、気が付くことはできません。つまり、母の問いによって、祖母にその機会が訪れたということになります。


 結果、母は祖母に疑問を投げ掛けることに対して、かなり慎重な姿勢になりました。享受していたものを失う可能性を孕んでいるからです。そのため、祖母に理由を訊いてはいけないと私に言うのです。母も、卵を貰えて嬉しいのですから。


 先々週、祖母の家に行った時、祖母は大変申し訳なさそうな顔をしながら


「今週は、卵が一パックしか買えなかったの。悪いけど、どっちが貰うか決めてね、ごめんね」


と言いました。私は祖母には卵を渡すことが厚意ではなく、最早義務になってしまっているのではと感じ、喉まで言葉が出掛かりました。


「どうして、そこまでして、卵をくれるの?」


 それを察知した母が私の喉から音を発する前に


「じゃあ私が貰いますね!」


と言い、そのまま私の方を見て、無言で首を振りました。何も言うなということでしょう。私は言葉を飲み込みました。


 こんな出来事もあった所為で、ますます気になります。何を思って毎週、祖母は私たちに卵をくれるのでしょうか。

 私は、知恵を借りるべく、夫にこの話をしました。すると、夫は笑いながら言ったのです。


「変わってる慣習と言えば、そもそも、結婚してから毎週お母さんと会うのも変わってるなと思ってたけど、おばあちゃんにまで毎週会いに行く孫なんて、いないと思うよ」

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