世、妖(あやかし)おらず ー暗暗鏡祝(あんあんきょうしゅ)ー
銀満ノ錦平
暗暗鏡祝(あんあんきょうしゅ)
祝われるという行為が私はそんな好きなものでは無い。
ただ一つの物事を達成しただけで偉いだの凄いだのと表で言われる程恥ずかしいものはない。
自身は別に偉業を達成した実感は無く、ただ出来る事を全力で行っただけのことである。
ただ褒めるのは別に悪くない。
「良かった。」「頑張った。」「凄いよ!」という声援は好きだ。
それなら私も気持ち良くなれるし、今後の努力にも影響を与えてくれ、一層頑張れる力が溢れてくる。
だが…此方に駆け寄り、ペタペタの身体を赤の他人が触りながら褒め称えてくるのが大嫌いなのだ。
身内はいざ知らず、赤の他人は私の努力を直接見てはいないし、あろうことか外で公開練習をしようものならまるで見世物見物目当てかの様に人が集まり、まるでアイドルにエールを送るが如くキャーキャーと私に目掛けて声を発する…それが気に入らない。
私は別に国民的アイドルではない。
確かに顔は整っていると言われるし、ガタイも良い形をしていると周囲から絶賛される。
動きも良いし走りも速く、力もあって身長も高い…それは別に成りたくてなった訳でもないのだ。
運動が身に沁みる身体に適応していた…と言った方が正しいと思う。
それは別に悪いことでは無い。
私自身も納得してこの運動が人生の糧となる職業に就いたし、それで自身も充実している。
ならば別に偉業と言われる事態というのは、私にとってはなんてこと無い努力の結晶と適正力のお陰である筈なのだ。
だからスポーツ関連の称賛なら構わないし、更に言えば自身が褒められなくてもチームやそのスポーツが流行ってくれれば文句も無い…それ程このスポーツに人生を掛けている。
だからこそ…自身だけが讃えられる事が不快でたまらない。
どんなにメディアに他の選手も良いですよと言っても無視をして私のプライベートや最悪他の選手の感想なんか聞き出そうとしてくる。
本当に嫌でたまらない。
メディアに取り上げる度に赤の他人からの好評酷評が渦巻き、私にストレスを与えてしまう。
だから表立つことが苦手なのだ。
さらに状況にかこつけて、私を知らぬくせにやれこういう頑張りを表してるだの見当外れの褒め言葉を聞かされても何も響くことがない。
更に言えば、私が推薦している訳じゃないのに〇〇祭と銘打って知らぬ場所で私を神のように祝っている所もあるらしく、私は心底甚だしく怒の気持ちが溢れ出てしまう。
身内に相談しようにも世間が盛りがっているせいで注意喚起しても、それはもう広い建物で小さい蚊を見つけ出して潰せと言ってる程の無謀な行為と断言出来てしまう程には、もう止められないのが現状である。
ならどうすればいいか…。
私の家の地下に全壁に鏡を貼った部屋を作った。
私はそこで蝋燭2つ中心に置いて、ジッと鏡を見つめながら褒める言葉を投げ掛ける。
「良くやった。」「頑張った。」「チームに貢献した。」「あいつの足を引っ張らなかった。」「あの選手の恋女房になれた。」「勇気を貰えた」「おめでとう自分…。」「祝おう…自分を褒め称え、祝おう。」…と自身や自身がチームに貢献出来たという褒め言葉を自らが自らに言葉を投げつける。
気持ちがいい。
他人の見当違いの称賛ではない、自身が自身に本当に投げ掛けたい言葉を鏡の向こうの自分が答えてくれる。
やはり自身を褒めることが出来るのは自身だけしか無い。
だからこれをする事で満足する自分が怖いと同時に快楽に芽生えてきてしまっている。
だから…もう外の世界の人間の自身への称賛の言葉は、動物の鳴き声にしか聞こえなくなってしまっている。
それでも構わない。
自らの心身全てを褒める事が出来る…祝う事が出来るのは自分自身だけなのだ…。
そして…今日はチームが優勝した日なのだ。
だから私は、皆との祝盃をあげた後に真っ直ぐ鏡部屋に入室し蝋燭を立てていつも以上に自身を褒め称え、チームを褒め称え…自身の口数と鏡の中の私の口数が合わない事が多々ありつつも、私は私自身を2時間以上も祝う事が出来た。
私は満足し、2つの蝋燭を息でふっ…と消した。
鏡の向こうの私は…そのまま立って私が部屋から出ていくのを見続けた。
世、妖(あやかし)おらず ー暗暗鏡祝(あんあんきょうしゅ)ー 銀満ノ錦平 @ginnmani
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