モブに転落したヒロイン

奈香乃屋載叶

モブに転生したヒロイン

「うう……痛い……」


 私は階段から転げ落ちた。

 様々な場所を打ち付けて痛みが走る。

 大きな音が辺りに響いた。

 階段の上では悪役令嬢の取り巻きであるニネット・グレストが立っていた。

 彼女に突き落とされたの私は。

 私を排除しようと、階段から突き落としてね。


「大丈夫ですか?」


 階段からニネットが降りてきて、私に話しかける。

 何で突き落としたのにこう言ってくるのかしら。

 私を嘲笑いたいの?


「サラ嬢、大丈夫か!?」


 王太子であるレイモンド殿下と、悪役令嬢のミリアン・バーゼルがやってきた。

 他にも近くにいた生徒達もやってくる。

 落ちたときの音を聞きつけてやってきたんだ。


「え、ええ、何とか……」


 声も出せるし、多少なら動ける。

 だけど身体を痛めていて、起き上がるのがやっと。


「とりあえず、医者へ運ぼう」


 殿下は一緒にやってきた生徒に、担架を持ってくるように伝えた。


「い、医者よりも、犯人を捕まえてほしいの!」


 微妙に痛みが落ち着いたその声で殿下にそう伝えた。


「分かった。とりあえず、医者へ運ぶ前に状況を聞きたい」


 やがて担架がやってきた。

 同時に校医もやってきて、命の危険は無いって診断を行った。


「証言は混乱前に聞く方が良い。運ぶのを待ってくれ」


 殿下が担架を持っている人に伝える。

 そして私に目を向けた。


「サラ嬢、話を聞かせてくれ」


「ニネットが階段から突き落としたのよ!」


 私はニネットを指さして、怒りをぶちまける。

 彼女こそが犯人だから。

 ニネットもミリアンも驚いていたけれど、殿下は私の話を聞いてくれた。


「彼女が突き落としたのだな?」


「ええ! ミリアン様のためにって!」


 感情のままに突き落とされる前の事を伝える。


「違います!」


 ニネットは否定していた。

 犯人だからそうなるよね。


「本当よ! 信じて!」


「これはどういう事なの?」


 ミリアンはニネットに事情を訊いた。

 だって自分の名前を出されたんだから。


「いいえ、違います! 私ではありません!」


 ニネットは首を振っていた。

 少し顔を赤くしている。


「サラ様が急に自分から落ちたんです」


「は?」


 殿下が怪訝な表情をした。

 ニネットに疑惑の目を向けている。


「嘘よ! 突き落としたのに、嘘を吐いているのよ!」


「いいえ、私に自分を階段から落とせ命じて、私が拒絶したから自分で落ちたんです」


「自分から落ちた?」


 ミリアンもニネットに問いかけていた。


「私、こんな時のために記録していました」


「えっ? どういうこと?」


 初めて私は冷や汗をかいた。

 どうしてそんなものが……


「ミリアン様から、サラ様の様子がおかしいって。だからもしものためにって渡されたものです」


 ニネットは胸につけていたブローチを外して、ボタンを押す。

 すると、映像が壁に映し出され、この場に音声が響いた。


『えっ、ここからサラ様を突き落とせって……』


 映っているのは私の姿だった。

 ニネットのブローチから映し出されているからだろう。


『大丈夫よ。死にはしないから』


 その声は、ニネットと私の声だった。

 さっき言っていた声。


『ミリアンが破滅したって、私があなたを守るから』


『いいえ、出来ません!』


 はっきりとニネットは拒絶した声を出している。

 周囲を見てみると、殿下は驚いていて、ミリアンは興味深そうに聞いていた。


『何よ。ミリアンの取り巻きなくせにアンタは綺麗な顔をして、調子に乗っているんじゃないの?』


 拒絶するニネットに対して、腹を立てた口調をしている私。


『それとは関係ありません! 私はミリアン様を破滅させるつもりはありませんから、馬鹿な事はおやめください!』


 怒りながらニネットは私を止めようとしていた。

 ”明らかに私よりもまともな感じがする”、って殿下がそんな表情をしていた。

 でも映像も音声も止まらない。


『従わないと、ミリアンもアンタも破滅させるわよ』


『サラ様、そんな悪人みたいな事をしないでください』


『悪人? ミリアンは悪役令嬢だし、アンタはその取り巻き。そんなアンタ達を破滅させて何が悪いの?』


 かつて私が遊んでいたゲーム。

 そこにはミリアンが悪役令嬢として出てきたし、立場も変わらずにニネットも取り巻きだった。

 で、私はヒロインのサラに転生した。


『変なことを言わないでください。ミリアン様や私は悪人ではありません』


『……良いわ。アンタ達は悪役なんだから』


 さらに私は余計な事も言っていた。


『ここで落ちれば、かわいそうな被害者になれる。アンタ達は犯人になるのよ!』


 そう言って、映像の私は思いっきり飛び出していた。


『サラ様!?』


 数階の大きな音と共に、階段から落ちた私が映し出されていた。


『うう……痛い……』 


 そして落ちた後の声が出てきて、映像も音声も止まった。


「以上です」


 映像を見た殿下やミリアンは、私を異物を見るような目で見ていた。

 さっきまでは私を信じていた殿下がそんな目をするなんて。


「まさか本当にサラ嬢の自作自演だったなんて」


「しかもニネット嬢に自身の計画を加担させようとしていたなんて」


 驚いた声を出している野次馬。


「う、嘘よ! この画像は不正な干渉で改ざんされたものよ!」


 私は否定するように大きな声で叫ぶ。

 自分でもやりすぎたかもしれない。

 でも、私はヒロインだからこんな映像を信じたくない。

 じゃないと、ヒロインを保てない気がしたから。


「いえ、このブローチは魔法道具。改ざんは不可能よ」


 魔法道具の改ざんは相当な魔力が無いと不可能。

 私にはそこまでの能力は無い。それにミリアンやニネットにも不可能。

 だから真実だという事。


「それに、他にもサラ嬢の奇行は記録していますのよ」


 するとミリアンは持っていた宝石を取り出した。

 これも同様に映像を記録するためのものかな。

 壁に映像が出てきて、映し出されたのは、私の姿だった。


『た、助けて……ミリアンに殺されるの……』


 鏡に向かって怯えた表情と声を出している。


『もっと泣きながらが良いかな。殿下、怖かったんです……!』


 私が殿下に信じてもらうたために、練習をしているシーンが映し出されていた。

 誰も見ていないと思っていたのに。


『これなら殿下、絶対私の味方になるよね』


 途中で私はケラケラ笑って、また表情の練習をしていた。


『やはりニネットを利用するのが良いわね。どっちにも転べるだろうし』


 別の場面になった。

 私はノートに計画を書いていた。

 遠くだから分からないけれど、私の音声でミリアンを嵌めようとしているものだった分かった。


『ミリアンを破滅させるためには、これくらいしないとね』


 後ろからだから私も気づかなかったのね。


『もう少し派手に傷つけないと殿下は信じないかな』


 さらに別の場面では、柱に体当たりしていた。

 何かの特訓のように見えるけれど、はっきりと身体を傷つけているようだった。


『痛っ、けどこれくらいはしないと』


 何回も柱にぶつかる私が映し出されていた。

 そして映像は止まる。

 殿下の私を見る目は冷めていた。


「これは?」


「念のため、常に備えておりましたの。前々から様子がおかしかったので。ですから、事実を信じていただくために録画しておりましたの」


 周りは静寂していた。

 見入っていたみたい。

 私の顔は真っ青になっていて、冷や汗が止まらない。


「う、嘘よ! 私はこんな事……」


 狼狽えていたけれど、痛みがぶり返したのもあって、涙が出てくる。


「ですから、改ざんは出来ませんの。これらは貴女がしたことですのよ」


「うう、信じて……」


 私は泣き崩れた。涙が止まらない。

 でも誰も同情の目を向けていなかった。

 哀れむように私を見ていた。


「殿下に気に入られたくて自作自演をしたんですのね」


「そんなこと……私は……わたしは……」


 ミリアンの目は、ほんのちょっとだけ優しい目をしていた。

 でもそれは、私を救うような感じじゃなくて落ちぶれた者を見るような。

 私は辛くて泣き続けていた。


「確かにミリアンから少々話は聞いていたが、これほどとは」


 殿下は頭を抱えている。


「私は愛されたかったの……」


「さて、サラ嬢は怪我をしている。医者へ連れていけ」


 この状況だけれども、担架は既に来ていた。

 殿下の言葉によって私は担架に乗せられて、医者へと運ばれていった。 


「ーーこれで理解した。守るべきは”彼女”ではない」


 この場所を離れるときの殿下の言葉が、頭に残った。




『本日、レイモンド殿下はニネット・グレスト嬢を婚約者として選んだ』


 私がこの事実を知ったのは、学園に貼り出された掲示板でだった。

 休養の後、学園に行ってみたらこうなっていた。

 どうしてこんなのが貼り出されているの。

 それに、どうしてこれを知るのがこんな場所でなの?

 私には伝えても良いじゃない。


「何で取り巻きのニネットを選ぶの!? おかしいじゃない!」


 私は怒りのまま掲示板に怒鳴りつける。

 でも、掲示板は何も返事しない。

 当然だけれども。

 イライラしながら教室へ向かう。


「は?」


 私の名簿、名前が後ろの方になっていた。

 もっと前になっているはずよね。

 それなのに、どうして?

 で、私を誰も注目していなかった。


「ニネット、おめでとうございます」


 教室の中央ではミリアンが嬉しそうにニネットへ話していた。

 ニネットは嬉しそうにしているけれど、かなり緊張していた。

 おかしいじゃない。なんで取り巻きが喜んでいるの。


「ううん、ミリアン様が選ばれると思っていましたから、私……」


 ちょっとミリアンへ申し訳無さそうな感じを出している。

 そうよ。取り巻きの分際で分不相応よ。

 おまけに私へ謝罪の一言もないし。


「ニネット、貴女が選ばれた事を誇りなさいな」


「良いのでしょうか?」


「貴女のわたくしへの献身的な行動。それを殿下にも変わらずにしていたおかげですわ」


「はい、でも私はミリアン様へも変わらずについていきたいと思っております」


 ニネットは取り巻きとしての覚悟を見せていた。


「ありがとう。貴女にはレイモンド殿下という婚約者がおりますから、無理はしないでくださいね」


「はい!」


 嬉しそうにしながらミリアンとの会話を終えた。

 ミリアンは去っていった。

 代わりに私がニネットに近づく。


「ちょっと待ちなさい」


「どうしたの?」


 ニネットは知り合いくらいの人物に話しかけられたような感じだった。

 今までだったら、もうちょっと感情があるはずだったのに。


「何でアンタがレイモンド殿下と婚約を結んでいるのよ。私でしょ、婚約するのは!」


「えっと、あなたが?」


 困惑していて、私が分不相応だって言っているような感じを出していた。

 どうしてそんな態度を取っているの。


「そうよ! 私は選ばれる立場にあるのよ、それなのにアンタが選ばれるなんておかしいじゃない!」


「申し訳ありません。名前は何でしたっけ?」


 まるで覚えていないかのように、言っていた。

 ずっと名前を言っていたじゃないのよ!

 それに貴女に冤罪を頼んだんじゃない。それなのに、忘れているってどういう事?


「サラよ! サラ・エピナル!」


 ニネットはそれを聞いても、きょとんとしていた。

 まるで初めて聞いたかのように。


「記憶に無いですね。申し訳ありません」


 覚えていないって、どういう脳をしているのよ。

 おかしいじゃない。


「もう良いわ! アンタの婚約を破棄させるんだから!」


「おやめください。あなたが学園を追放されるだけですから」


 これ以上話したって無駄だって分かったから、ニネットとの会話を終える。

 私は腹が立ちまくっていた。


「何で私を覚えていないのよ」


 居なかったのは一週間だけなのに。

 何年も居なかったかのように振る舞うなんて。

 今度はニネットの婚約破棄に動かないと。


「あっ、レイモンド殿下!」


 教室に殿下がやってくる。

 令嬢達は尊敬の目で殿下を見ていた。

 私は遠めの位置から彼を見ていた。


「どうして……?」


 だけど私を見ても殿下は声を掛けなかった。

 まるでその場にいる、モブのように。

 今までだったら少し遠くても見てくれていたのに。


「サラよ! 殿下、私を見て……!」


 大きめの声を出しても、殿下は振り向かなかった。

 やがてそのまま授業に。

 私は授業を受けていったけれども、教師からは指される事は無かった。

 まるで風景のような感じになっていたから。

 目立たなくなっていることに、ある種の気まずさを感じていた。


「何でよ……何で……」


 休み時間、私は教室を出ていってベンチに座ってうなだれていた。


「あら、落ち込んでいるけれど、どうしたの?」


 すると朝にニネットと話していた悪役令嬢のミリアンが話しかけてきた。

 やっと反応してくれる人物がいたけれど、悪役令嬢だから。


「放っておいて」


「授業が始まるわよ」


「どうでもいい」


 ミリアンは話しかけてくれるけれど、何で悪役令嬢に話しかけられるのかしら。

 彼女だけだったから、ちょっと苛ついていた。

 そんな私の様子を察したのか、ミリアンはこう言ってきた。


「もしかして、婚約すら結べなかったのが悔しいのかしら」


「ミリアン!」


 私ははっきりとした回答を言われて、大声を出してしまった。


「貴女、ここは学園ですわよ。大声を出されますと、教師に怒られますわ」


 大きな声出したって、さっきは殿下に注目されなかった。


「怒られる? 私はヒロインだから、守ってくれるわよ。悪役令嬢から」


「ヒロイン? 何のことでしょう、貴女は一学生ですわ」


 ミリアンはきょとんとして、首を傾げていた。

 確かにヒロインや悪役令嬢という言葉を知らないのは分かる。

 なのに、ミリアンの回答はそれ以前のように思えた。


「なっ、私が選ばれるはずなのよ! あんな取り巻きのニネットが選ばれるなんて、おかしいじゃない!」


「おかしくありませんわ。彼女は正しいことをしたのよ」


 私が指示した事をしないで、やり取りを録画して告発した事?

 間違っているじゃない。それでアンタが破滅しなかったんだから。


「正しくない! アンタが追放されなかったんだもん」


「ニネットは守ってくれたわ、正しい方法で。だから殿下も見てくださったの」


 ミリアンの言葉は、私を諭すようだった。

 でも悪役令嬢の言葉なんか、聞き入れたくない。


「違う!」


 全力で否定する。


「貴女は殿下に気に入られようとしたけれど、間違った方法ばかりしていたわ。だから見限られたの」


「そんなことはない……!」


 否定していると、ミリアンはため息をついていた。


「言いましょうか。貴女の役目は、とっくに終わったの」


 その言葉は私に深く突き刺さった。


「は?」


「貴女、ここまで来てもまだ”主役”のつもりでしたの?」


 ミリアンは冷たい目を私に向ける。


「そ、そうよ……!」


「前はそうだったかもしれませんが、今は違いますのよ。もう誰も貴女を選びませんわ」


「違うわ!」


「ミリアン嬢、こんにちは」


 と、殿下が通りかかった。ミリアンには挨拶をしている。


「こちらこそ素敵ですわ、殿下」


「殿下、私よ。サラ・エピナル!」


 でも殿下は、目が合っても何も言わなかった。

 まるでそこに居ないかのように。

 そして通り過ぎてしまった。


「え……」


「だから言ったでしょう?」


 私に絶望が訪れる。


「今後は目立ったことをしては、退学になるわよ。気をつけなさいな」


 そしてミリアンは行ってしまった。

 後に残ったのは、モブ同然となってしまった私だけだった。

 私は転生した意味を完全に失ったのだった。

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