裸婦の絵
夏炉 冬扇
第1話
その男は「物に子を宿らせ生まれてしまった」と言った。
僕は喫茶店で珈琲を飲んでいた。その日は上司から「有給消化をしなさい」と言われ、ずっと行きたいと思っていた喫茶店に来ていた。平日で朝が早かったため、客は僕以外いなかった。
(雰囲気があって 珈琲はおいしいし良い所だなぁ)
珈琲を飲んだ僕は店員を呼び、珈琲のおかわりとパフェを頼み、持って来ていたリュックからパソコンを取り出し、趣味である小説を執筆を始めた。
執筆を続けて十分位で(体感は5分)でパフェと珈琲のおかわりが僕のテーブルに運ばれた。僕はパソコンをリュックに片付け、パフェを食べようとした時、喫茶店の窓に奇妙な男、いや風変りな男と言えば良いだろうか...そういう風貌の男がこの喫茶店に入ろうとしている。
(服とズボンは絵具がついて汚れていて髪はボサボサで右耳に包帯...?ゴッホみたいだな)
喫茶店の扉のガラスに影が入ると店員が「いらっしゃいませ...」と言い、席に誘導しようとしたのだが...
「あの子の相席でも良いか...?」
(は...?)
店員は(またか…)という顔をし少しも考えずに僕の方向に来る。
「あの 相席大丈夫ですか?」
と店員に言われた。
僕はその男をチラっと見て、改めて風変わりな格好であるが(小説のネタにつながるかもしれないから まぁ良いか...)と思い、興味がそそられ相席を了承した。
相席の相談の際、その相手は何かボソボソと何か言ってるため少し不気味を感じていたが店員が僕に耳打ちで
「奴の話を聞き流してください...」
と言われたが店員の顔は風変わりの男の方向を見ていた。
「ではごゆっくり...」
と足早に厨房に戻っていき「お疲れ様でーす 授業これからなんでお先に失礼しまーす」と声が聞こえた。
しばらくして僕はパフェを食べ始め、男はずっと下をじっと見つめていた。しばらく席は静寂に包まれていたが、僕の耳に変な情報を捉え、とても美味しいパフェを食べながら少し周りを見渡す、どれも空席で僕の目の前にいる男と僕と厨房で雑誌を読んでサボっている喫茶店店長だけだった。
「あなた…赤ん坊の声が聞こえるんですね…?」
男は口を開いた。先のボソボソ声ではなくハッキリと言った。
「ええ…あなたもですか?」
頷いた。ただそれだけをした。喫茶店なのにメニューも開かずに珈琲も頼まない。ただ下をじっと見つめている。すると声を震わせながら
「あの…なぜ私と相席してくれたのですか?」
「うーん 何でってあなたが相席を頼んだからですが…」
「いや そういうことじゃなくて…何でこんな席が空いてるのにって思わなかったんですか?」
「思いましたが何か理由があるんだろうなー位の感覚ですよ」
男はパッと顔をあげた。不気味な格好で髪がボサボサだったがその時の顔は子供が何かを達成した時の純粋無垢な顔とでも言っておこう。
「そうです...!私の話を聞いて欲しいんです…!」
この時の僕は先程の店員に言われた記憶はなくなっていた。いや記憶を「切り取られた」といっても良い。そして、店に入ってきた目の前の男の風貌に対して何の違和感も感じなくなっていた。
「私の名前は コトブキ フタバ という画家です...年齢は二十八 何とか絵だけで生活はできているのですが ギリギリの生活です まぁ 生活ができている要因として借りているアトリエがとても格安だったんです」
コトブキは喫茶店にいるのに珈琲すら頼まず僕に話す。ただそれが違和感に感じていた。何か持ち物入れをもっているようには見えない、かといってズボンのポケットには財布やスマホが入っているような膨らみすらない、風貌の違和感が消えた不気味さも感じていたが、何より財布やスマホがない状況でどうしてこの喫茶店に入ったのか。それが気になって仕方がない。
「ちょっといいかですか...?」
「はい 何ですか? 話の途中で変えないででください...」
「ここは喫茶店ですよ...珈琲くらい頼まないのかなと思いまして...」
この時、僕の耳はまた赤ん坊のような声が響いた。今度は泣き声だ。
「また...」
「あぁ 子供がついてきたのか...」
「はあ...?」
僕はコトブキの右耳の包帯に違和感を感じる。
(あんなに、赤くなかったよな...?)
さっきまで白い包帯がどんどん赤く滲みだした。それに反応するかのように赤ん坊の泣き声がどんどん大きく喫茶店に響いていた。
「話を続けますね...」
コトブキは赤くなった包帯から喫茶店のテーブルに何の液体を滴らせながら話を続けた。
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