堕天女神、傭兵の相棒になる ――主人↔︎堕天、傭兵↔︎女神様

華や式人

序幕 いきさつ

第1話


 別に俺は、誰かを召使にしたかったわけじゃない。ただ興が乗っただけ、それだけだ。

 奴隷市場からの帰り、召し取った馬車に乗り込んだクライン・グスターフェンこと「俺」は、対面に座った一人の女性を見つめた。 

 簡素な下着と麻布の服が最低限の尊厳を守り、頸には微かに首輪の跡が赤く残っている。赤髪は手入れが行き届いておらず伸びきっていて、絶世の美貌もどこか疲労にくすんでいる。豊満な胸は小さな下着では隠し切れず、豊かな尻もまた大きく主張している。

 だというのに、俺という男を前に臆することなく彼女は俺の前に座った。秘所を隠すわけでもなく、折り目正しく冷静に俺を見つめ返す。

 「よいのですか?」

 「あ?なにが?」

 「大枚はたいて、私を購入したことです」

 「あー、まぁ気まぐれだからな。仕事の手違いで金子が余ってたんだ。どこかで使わないと職業柄、面倒なことになるんでね」

 だんだんと遠ざかっていく奴隷市場のランタンを見つめつつ、俺は片膝に肘をついて陰湿な明かりをじっと見つめていた。気まぐれできたが、気まぐれで来るにしても陰気な雰囲気が身に染みる。早々に「買い物」を決めて正解だった。

 「奴隷を買うことが、あなたの生業ですか?」

 「ブローカーにしちゃ、随分と身なりがみっともないと思わないか?……簡単だよ、宵越しの銭を持たない職種さ」

 女性の言葉に俺はため息つきつつ、視線を裸同然の彼女に戻す。彼女は俺の問いへの答えを見つけるべく、考えるそぶりを見せたが。

 「……傭兵、ですか」

 「そういうこと。金なんて戦場じゃびた一文も意味をなさないんでね」

 俺の職業が言い当てられたところで、馬車が動かなくなった。前を見ると、片方の馬に装着していた装具が外れているのが見える。御者が慌てて馬車を降りて確認するが、すぐに治りそうにはなかった。

 「……しゃあないな、歩くか……。女神様、歩くのは得意か?」

 「……私のことを女神と認識してくれているのですね?」

 俺の問いかけがよほど意外だったのだろう、馬車を降りた俺を習って女性──女神様が下りてくる。彼女の驚愕に俺は明確な答えを持ち合わせていた。

 「赤い髪、金色の瞳、豊穣の肉体。何より奴隷生活長いだろうに衰えない肉体。人間だったらまずやせ細ってるのに、剣でも渡せばあの場の全員切り殺してただろ。だから、俺はあんたがヴァリュ神族だと踏んで買わせていただいたのさ」

 ヴァリュ神族──かつて神族のために働いた「人と神の混血」。ヴァリュ神族は信託のために戦に赴き、先陣を切って相手に切り込んでいったと聞く。

 そのすべての特徴に、目の前の女性は一致していた。そして今の物言いからも、彼女が「女神」である証拠だろう。

 「なるほど、随分と博識なのですね」

 「知識がなきゃ戦働きだけで生き残れないんでね。……おい御者、見てないで靴寄こせ。お前の靴は今日から女神様のものだ。あと外套!俺が買った女神様をみっともない姿であるかせんな!光栄と思って差し出せ!」

 前半は女神様への疑問に、後半は下品な視線を女神様に送ってくる御者に金貨を叩きつけて無理やり奪い取る台詞。靴と上着を奪われた貧相な御者は悲鳴を上げながら馬の後ろに隠れた。

 馬……そうか。俺はもう一つ、御者への意趣返しを思いついた。

 「おい御者」

 「へ、へぇ」

 「お前、俺が買った女に色目使ってただろ?」

 「へ?」

 「靴と服じゃ気が収まらねぇ、馬も買うぜ」

 「へ!?」

 馬の後ろに隠れた御者が思わず抗議の声を上げようと顔を出すが、その顔に強かに金貨袋を叩きつける。もんどりうって倒れた御者に一瞥もくれず、俺は奴隷商に捕らわれた荷馬を両方とも自由にしてやった。

 「……横暴ですね」

 「対価は渡してやったし、俺はああいう下碑なやつが嫌いでね。女の裸は堂々と見るべきさ」

 「あら、あなたも十分品がないですよ」

 「しょうがないだろ?あんたが正面座るのが悪い。……足出してくれ、乗せてやるよ」

 「お言葉に甘えて」

 喧々囂々言い合いつつも、靴を履いた女神様の足裏を両掌で支えて思い切り押し上げる。背の高い荷馬の背に跨った女神様を見て、俺ももう一頭の荷馬に飛び乗った。そのままふくらはぎで馬の腹を圧すると、自然と馬が前に進み始める。

 「んじゃ、先動するからついてきてくれ」

 「どこへ?」

 女神様がようやく微笑みを見せて聞いてくる。そうそう、女性は笑ってなきゃかわいくない。

  

 「俺の家。んじゃ、出発だ」

 「了解しました。厄介になります」



 興が乗った時に金は使うもんだ。

 俺は後ろに着いた女神様をちらりと見て、まんざらでもない感情で馬を疾駆させた。──家までに、夜が明けるだろうななんて、くだらないことを考えながら。

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