魔法文明が遅れた異世界で、最強の陰陽師は「紙切れ使い」と笑われる。〜詠唱必須の遅すぎる魔法は、瞬発の呪符と式神で蹂躙します。え、僕の雑用係(十二神将)に勝てないんですか?〜
kuni
第1話
「おいおい、見ろよあれ」
「ぷっ、またアレを持ってるわよ」
「マジかよ、ゴミ拾いの帰りか? 貧乏貴族は辛いねぇ」
クスクスと、嘲笑うような声が教室のあちこちから聞こえてくる。
場所は王立魔法学院、第三演習場。
今日はクラス合同の魔法実技の授業だ。
同級生たちの手には、親に買ってもらった高価な『魔杖(ワンド)』が握られている。
先端に魔石が埋め込まれた、この世界における魔法使いのステータスだ。
対して、僕――ハルト・アンベルクの手にあるのは、一枚の細長い紙。
いわゆる『呪符(じゅふ)』だ。
「おいハルト! 神聖な演習場にゴミを持ち込むなと言っただろう!」
怒声を上げて近づいてきたのは、クラスの首席であるギリアムだ。
侯爵家の三男坊で、僕のことを目の敵にしている男である。
「ゴミじゃないよ。これは僕の触媒(デバイス)だ」
「はっ! ただの紙切れじゃないか! そんなペラペラの紙で魔力制御ができるものかよ。これだから魔法の才能がない『無能』は困るんだ」
ギリアムが大げさに肩をすくめると、取り巻きたちがドッと笑った。
僕は小さくため息をつく。
(……この世界の魔術師たちは、本当に何もわかっていない)
前世、僕はこの世界とは違う場所で『陰陽師』をしていた。
あちらの世界では、呪符や式神こそが、最も洗練された術の行使手段だった。
杖?
あんな重い棒を振り回すなんて、ナンセンスだ。
携帯性は悪いし、魔力伝導率も悪い。
この呪符一枚に込められた術式(コード)は、彼らが持つ杖の数百倍の処理能力があるのだが……。
「まあいい。俺様の華麗な魔法を見て、自分の無力さを恥じるんだな!」
ギリアムが演習場の前に進み出る。
標的となるのは、鉄製の甲冑を纏った案山子(かかし)だ。
教官が合図を出す。
「ではギリアム、始め!」
「はい! ――おお、大気満ちる精霊たちよ!」
ギリアムが杖を掲げ、朗々と詠唱を始めた。
長い。
とにかく長い。
「汝らとの古き契約に基づき、我が魔力(マナ)を糧として、その赤き猛威をここに顕現させたまえ! 我、敵を穿つ炎の槍を望むものなり!」
僕はあくびを噛み殺した。
(……まだ終わらないのか?)
詠唱開始から、すでに三十秒が経過している。
僕がいた前世の戦場なら、この間に百回は死んでいる。
「――集え、『フレイム・ランス』!!」
ようやく魔法が発動した。
杖の先からバレーボール大の火の玉が放たれ、案山子に直撃する。
ドオォォン!
爆音と共に、案山子が黒焦げになった。
「す、すげええええ!!」
「『中級魔法』をたった一人で!?」
「しかも詠唱時間が三十秒を切ったぞ! 神速だ!」
「天才だ、ギリアム様は次期宮廷魔術師間違いなしだわ!」
教室中が拍手喝采に包まれる。
ギリアムは鼻高々に、勝ち誇った顔で僕を見た。
「見たかハルト! これが『魔法』だ! 貴様の紙切れ遊びとは次元が違うんだよ!」
「……ああ、すごいね」
僕は棒読みで答える。
三十秒もかけて、たかだか火の玉一つ。
それを「神速」と呼ぶこの世界の常識に、僕はめまいすら感じていた。
(効率が悪すぎる……。僕なら瞬きする間に終わるけど)
まあ、言っても信じないだろう。
僕は適当にやり過ごして、授業が終わるのを待つことにした。
だが。
トラブルというのは、得てしてこういう時に起きるものだ。
「よーし、次は召喚魔法の練習だ! 私が手本を見せるから、よく見ておけよ!」
若手の熱血教官が、地面に魔法陣を描き始めた。
異界の獣を呼び出し、使い魔にするための儀式だ。
「契約の理(ことわり)において、我が呼び声に応えよ!」
教官が魔力を注ぎ込む。
魔法陣がカッと輝き――そして、どす黒く変色した。
「なっ……!?」
ズズズズズ……ッ!
魔法陣から這い出てきたのは、愛らしい使い魔ではなかった。
全身が鋼鉄のような筋肉に覆われた、巨大な一つ目の巨人(サイクロプス)だった。
「グオオオオオオッ!!」
「ひっ、召喚暴走(エラー)だ!」
「なんで実技授業にサイクロプスが出るんだよ!?」
生徒たちがパニックになり、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「お、落ち着け! 私が送還魔法を……おお、契約の理において、汝、元の世界へ……」
教官が慌てて詠唱を始める。
しかし、遅い。
「グガアアッ!」
巨人の剛腕が唸る。
教官は吹き飛ばされ、壁に激突して気絶した。
「キャアアアッ!」
巨人の視線が、逃げ遅れた女子生徒たちに向く。
その中には、さっきまで僕を笑っていた生徒たちもいた。
「く、来るな! おお、精霊よ、我が……」
ギリアムが震える手で杖を構えるが、恐怖で舌が回らない。
そもそも、三十秒もの詠唱を待ってくれる魔物など存在しない。
巨人が巨大な拳を振り上げた。
その下には、腰を抜かしたギリアムがいる。
(……はぁ)
僕は小さく息を吐くと、一歩前に出た。
「おいハルト、何してる! 逃げろ!」
「紙切れなんか持ったまま死ぬ気か!?」
同級生の悲鳴が聞こえる。
巨人の拳が、ギリアムを押しつぶそうと振り下ろされる。
その瞬間。
僕は手にした呪符を、スッと指に挟んだ。
「――急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)」
発声にかかった時間は、0・一秒。
ヒュンッ!
僕の指先から放たれた呪符は、目にも止まらぬ速度で飛翔した。
それは空中で青白い光刃へと変化し、巨人の腕を――いや、その巨体そのものを通り抜けた。
一拍の静寂。
ズンッ……!
巨人の体が、斜めにズレた。
そのまま轟音を立てて崩れ落ち、黒い煙となって消滅する。
後に残ったのは、舞い散る一枚の紙切れだけ。
「…………え?」
ギリアムが、口をあんぐりと開けている。
他の生徒たちも、何が起きたのか理解できずに固まっていた。
「い、今……何をしたの……?」
震える声で誰かが尋ねる。
詠唱も、魔法陣も、杖すらも使わなかった。
ただ一言呟いただけ。
それだけで、教官すら手に負えなかった怪物を瞬殺したのだ。
視線が、一斉に僕に集まる。
そこにはもう、嘲笑の色はない。
あるのは、未知のものを見る『恐怖』と『驚愕』だけだ。
僕は地面に落ちた呪符を拾い上げ、パンパンと埃を払うと言った。
「何って……ただの魔除けの札ですけど?」
これが、魔法文明の遅れた異世界で、最強の陰陽師がその名を知らしめる最初の一歩だった。
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