アポトーシスの殺戮者

@mtr3

第1話 物理学の真髄は未来予知らしい

世界の9割の人類が死んだ


戦争でも、災害でも、何らかの外部要因でない


ただ老人が息を引き取るように、そっと、何の前触れもなく、静かに、ゆったりと、まるでそれが肯定されるべき事実であるかのように


...


ガタンゴトン、ガタンゴトン


と電車に揺られながら私はそのような事象を日常の不可解な事件の一部として処理する


それが、現実で起きていたなら


さぞ大変だっただろう


しかし現実では変わらず電車は動いて私は学校に行かされるし、その出来事に関する個人の考察から陰謀論まで好き放題言ってる記事がSNSに流れつく


「質問来てた:「世界って終わるの?」現役物理学者が真剣にお答えします」


「人類の錯誤、大量絶滅は地球の意志!? 神に選ばれるための過ごし方10選」


「大量絶滅はただのバグ、プロのプログラマーが簡単に解説」


その内の1つを暇つぶしがてらに覗き込む、


「”殺戮者”は実在した!現実で国家転覆を着々と狙うその真の正体とは!?」


8分30秒の動画だ、わかりやすく収益目的な動画時間に思わず笑みが溢れながら相変わらず何度か挟まれる広告と謎のアンケートを適当にスキップして本題を覗き込む


音声は聞き流す程度に抑えてコメント欄をボーっと読み進める


相変わらずどこから得たのかもわからないような”証拠”をつらつらと並べながらほぼ妄想とも言えるソレを”考察”として大真面目に語っている、別に私はこのようなことは嫌いじゃない、コメントを見ても分かるようにいい暇つぶしになっているし、自称”殺戮者”排斥派にはいい情報源になっているようだし”救世主”擁護派には貴重な議論の場になっているようだ。


...私?私は、どっちでもいい派、正直にいえば、あまりよくわかっていない、だって、いくら国家間が本気で協力して作り上げた如何に革新的な現実再現VR(バーチャルリアリティ)だったとしても、その中で人が大量に不可解な死を遂げたとて、現実で生を諦める理由には到底なり得ない


私もつい昨日その件のVRを使った所だが、私が行ったのは”事件後”


初期リスポーン地は現実とリンクするらしいから恐らくはここ都心のど真ん中なのだろうが、目につくのは溢れんばかりの草花、何一つの影もない青空、掬い取れてしまいそうなほど澄んだ空気


おおよそ健康的なリラックス場所を追い求めるならこれ以上のものはないと言えるほどに自然に溢れた場所だった。おおよそ現実を再現するという目的で見られるような状況ではない


話を戻そう、世界は人口減少、環境汚染、気候変動、あげればキリがないほどに人類は様々な問題に直面していた


一部の研究者が足掻く程度では到底解決し得ない、そこでとある企業が


「だったらこの世界の全員が研究者兼実践者になればいいのでは?」


という事で始まった超現実再現仮想投影システム(Hyper-realistic virtual projection system)通称:ハリプス プロジェクト


現実では実践にリスクのある実験を研究費もリスクも仮想現実内で度外視してやってしまおうという魂胆だ


しかしいくらAI技術が発展しようとコンピューターの性能が上がろうと現実の物理を完全再現できるはずもない


そこで、詳しくはわからないのだが、一応超高性能コンピューターである私たち人間の脳も演算機の一部として使おう、ということになったらしい


結果としてはプレイヤーが増えれば増えるほど現実性が増し、勝手に感覚がVR内に移るため一石二鳥どころではなく上手くいったらしいのだ


それでも市民からの支持はあまり得られなかったが、とある人物がソレを用いてノーベル賞級の研究を行った事で事態は一変する。著名な研究者達がこぞって利用し始めたのだ。となればこのムーブメントが一度起こればそれに乗っかるのが人間というもの


次々と問題の解決策が提示され社会は益々豊かに幸せに、とはならなかった。


どうしても、どうしても解決しない問題もある。人間の営みによって発生する歪みはどう足掻いたとて人間には解決できないのだ、人間が解決しようともがけばもがくほど、地球の傷跡は広がっていく


それを知ってか知らずか冒頭で述べた人類の大量死が起こり、今に至る


そしてソレを引き起こしたであろう人物を便宜上あるものは”殺戮者”あるものは”救世主”などという仰々しい名前で呼んでいるのだが。


一週間ほど前の出来事なのにいまだにその興奮は冷めやらない、今だって


「ねぇねぇシロちゃん!昨日のニュース見た!?殺戮者がとうとう自分の正体を表したんだって!」


「えぇ、また?これで何回目?」


「そんなこと言わずにさぁ、見てよ見てよ!」


と言われ思わず画面を流れる、色々と


人類を浄化するため


だとか


社会はこのままではいけない


など、こぞって殺戮者を名乗る人間が使う常套句を並べながら熱弁する


「なるほど、では、どのようにこの事件を引き起こしたのですか?」


ようやくか、唯一私が楽しみにしているパートに移った。この前の自称殺戮者は「未知のウイルス兵器」と言っていた、その後専門家が作用機序を聞いた時に何一つ答えれなかったのは笑えた。秘密だとか何とか言って切り抜けていたが、青酸カリの作用機序も「企業秘密」で切り抜けようとしていたのは流石に面白いとしか言いようがない、ネットで誰でも見れることを何が企業秘密なのか


そう思いながら今回は何を言い出すのだろうかと思えば


「人類に備わった自死の機能を起動させたのだ」


へぇ、意外と面白そうな答えが聞けそうだ、と思った時


「それは、どのような」


「ふふふ、聞きたいか?では教えてやろうそれは「タカシ〜!あんた学校行ったんじゃないの!?こんな昼間っから部屋にこもってちゃダメでしょ!あんたまた殺戮者が世の中を終わらせるとか言ってんの!?現実にまだ終わってないじゃない、さっさと学校行かないと、ほんとにあんたが終わることになるわよ!」...今回は失礼する」


と言い終わるがいなや、すぐに画面が切られる、やれやれ、普通に本物なら回線を通じて位置が特定され次第国が確保に動くだろうに、何を期待しているのやら。そう思いながら横目で画面を見せてきた彼女を見据えると


「まぁ、そうだよね、うん、知ってた、知ってたよ、うん」


と下を向きながらトボトボ、という擬音でもでていそうな足取りで自分の席に向かう、流石に居た堪れなくなって、何とか彼女の気分を戻す材料はないかと思い


「あっ、そうだ静香ちゃん、昨日何かわかったって言ってたけどあれどうなったの?」


というと先程までの足取りとは打って変わってどこから発生したのかもわからない砂煙を撒き散らしながらこちらに迫ってきた


「うんうん、気になるよね!そうだよね!分かるよシロちゃん、そんなに焦らないで、私がたっぷり説明してあげるからね!」


あぁ、うん、まぁ、人は自分が調べたことを聞いてもらえるととんでもない量のアドレナリンがでる、という話を聞いたことがあったが、どうやら事実らしい


「それでね、公式の発表によるとね!本当にハッキングの線はないんだって!あとは不具合なんだけど、どれだけ調査してもその痕跡が見つからないのと、仮に不具合なんだとすればピンポイントであんな死に方はないし例外が出るのもおかしいんだって!だから本当にどうしたのかわからないけど誰かが核も病気も何も使わず現実でも取りうる手段であんな大量殺人を引き起こしたんだって!」


「そ、そうなんだ」


「あっ、そういえばシロちゃんって”生き残り組”なんでしょ?いいなぁ、でさでさ、ちゃんとやってみた?」


生き残り組、というのはその事件で生き残った人物を指す、通常VR内で死亡してもしばらくログインできなくなる、という程度のペナルティしかないのだが、状況が状況ゆえに、その事件が起きたサーバーは例外的に生き残りのみがログインできるため、そういった言い方がされている


「あぁ〜ソレなんだけど」


「えぇ!?やらなかったの?じゃぁそのデータ私にくれたっていいじゃん!」


ごもっともである、が


「やらなかったわけじゃなくて、どうすればいいのかわからないっていうか、都心でやった時だとちゃんといろんな人が水分とかの管理を教えてくれて助かったけど、でたのジャングルの中だよ?どうすればいいのかわからなくて、死ぬ前にログアウトした」


「あぁ、確かに、そうだよね、うん、それなら仕方ないか。でも、またチャレンジしてみてね!でも死なないようにね、聞いた話だと1回死んだらあのサーバーには入れないみたいだし」


「そうだよねぇ、あのゲームやり込んでた静香ちゃんじゃなくて私がなぜか生き残ったの、なんかごめんね、」


「良いんだよ!別に、それに、私のはやり込んでたというより依存って感じだったっし、立ち直る良い機会になってシロちゃんっていう友達もできたから万々歳だよ!」


「そっか、ならよかった」


そんな他愛もない話と今学期最後の授業を終えて帰路につく。これからは静香ちゃんの研究結果を聞くこともなくなるだろうし、少し暇だな。


でもこれから夏休みで時間も余ってくるだろうし、少しくらいなら、協力してみようかな?


そう思い家に帰った私はVR機器を取り出す。


えぇと、これが?こうなって、うん、こうして、これで、こう


と昨日よりはスムーズに起動できた。


さっきまで光っていた画面が唐突に暗転する。


それに呼応するように全身の感覚がするりと抜け落ち、床、天井、壁、地面、全てが縦横無尽に回転しながら私の定義を拒むかのように立ち回る、そうして若干の吐き気の後指先に伝わるじめっとした土の感覚


はぁ、毎回なれないがどうやら無事アクセスできた様だ。が


「あぁ、やばいやばいやばい!」


見れば水分も枯渇しそれに伴って血中のナトリウムも無くなっている


とどのつまり重度の熱中症という事だ


可及的速やかに水を見つけなければならないのに足が動かない、日陰に行きたいのに足が動かない、まずい、本当に死ぬ。それにしてもこれを設計した人間は本当に頭がおかしいのではないのだろうか?ゲームなら某マイ⚪︎ラや某ポケ⚪︎ンの様に瀕死でも通常時とそうわからないパフォーマンスができても良いだろうに、いや、現実再現という名目上それができなくてもせめて感覚を切る事ができても良いだろうに!


まぁ、それすら許さない徹底的な現実再現だからこそ今回の事件に説得力と危機感が齎された、というのもあるだろうか


それでもそんな考察などもはや何の価値もないとばかりに都心のジャングルとかいう意味不明な場所は私の命を削りにくる、あ、これはまずい、本当に死ぬ、死ぬ直前の体感温度が逆になる現象が起きてる、寒い、冷たい、なのに指先だけあったかい、頭がおかしくなる


「んぐっ」


突然顔が掴まれるそのまま無理矢理上半身を起こされ顎を開かされ


「ん!?ん、んぅ」


と口の中に何か粘性のある、かなりしょっぱい冷たい液体が流しこまれる


(お、美味しい)


するとだんだんと意識が回復し、ぼやけた視界が元通りになり始める、と同時に違和感に気づく


え?冷たい?


だんだんと調子が戻ってきた私は先程まで凍えからきていた体の振動が止まっていることに気づく、こうも体調が回復する魔法じみた液体がこの世に存在するのかと疑問に思いつつ、一応助けてくれたことを自覚した私は例を言おうと顔をあげ、そこまできて口の違和感に気づく


あれ、これ、なんかやけに生暖かくて、しょっぱいというより、鉄臭い、のかな?


そして口元を見て漸く理解する、さっきまで口に流し込まれていたものの正体を


 血だ


突然の悪寒に突き動かされ、咄嗟に仰反るが


「あ、起きたんだ、よかったよかった。元気?因みに私は死にそう」


といい自分の手首を見慣れない植物で縛って止血しているのは細見で平均よりやや高めの身長、メガネをかけたどこか生気も活力も感じさせない瞳でこちらを見据えながら特徴的な銀の長髪を三つ編みにしたかなり中性的な人物だ。よく見ると白衣を着ており、どことなく医者や教師を連想させる


「えっとぉ、その、助けて、くれたという認識でいいですよね?」


と理性では分かりつつも半身半疑で投げかけると


「うん、そうだね、かなり重度の熱中症だったみたいだから水を飲ませるのも逆効果だし、かといって経口補水液があればよかったんだけどね、手持ちの液体がソレしかなくてさ」


と言いながら私の胸元を指差す。そこには何滴かの血液が付着していた。おそらく仰け反った時についたものだろう。


「その、ありがとうございます。でも、どうしてそんな自殺紛いのことをしてまで助けてくれたんですか?このサーバーって確か死んだら戻れないんですよね?」


「んにぇ?だからさ、ここの研究を続けるならこんな老耄より君みたいな若い子の方がいいでしょ?」


とあっさりと答えられてしまった。老耄という様な歳には見えなかったがそこはスルーしておく


「それよりその感じまだ初心者ってことかな?だったらとりあえず私の拠点に来る?まぁ散らかってるけど色々置いてるからね、それと私も手当と栄養補給しないと死んじゃう」


そう手をひらひらと振りながら軽いノリで答えるこの人からは、怪しさが感じないわけではないがついていかない理由もないので道中色々話ながらついていく事にした。


「その、お名前は?」


「ん〜?名前?Dr.パーリナイ」


「それ本名なんですか?」


「違うけど?」


「???」


「いや、ほらさ、あの、一応これ形式としてはMMOじゃん?だから身バレ防止の為に一応ね?」


「それもそうですよね。じゃぁこれからよろしくお願いします、Dr.パーリナイ」


「ごめんやっぱそれ無しで」


「えぇ、」


「本気にされるとは思わなかった。そうだね、じゃぁサンって呼んで。あと敬語はやめて欲しいな、なんか、君って敬語使うキャラじゃないでしょ?そうゆう子に敬語使わせるのはあんまりかなって」


「わかった、これからよろしく、サン。私はシロ」


「よろしく、それで、聞きたいことって何かな?」


「それは」


今朝の出来事を思い出す。きっと、あなたは殺戮者ですか?などと聞いても何一つ情報など得られないのだろう。本物でも違ってても答えは「いいえ」、で仮に「はい」が帰ってきたならソレは偽物だろうから。だから


「殺戮者、とか救世主とか言われてる大量死事件を引き起こした人物は存在すると思う?もし存在するならどういった目的でどうやったと思う?」


と、返答に一切の予測が立てられないまま聞き終わると


「そうだね、そんな奴は存在しない!って言いたいところだけど、このゲームの運営や国の対応とかを見る限り実在するんだろうね?やり方は検討もつかないな、私も死んでいく人を見た側の人間だけど本当に意味がわからないよ。ソレと理由だね。みんなが言ってる様に地球の環境を改善するとかそんなのじゃない?仮に殺戮者、なら。私は今が幸せなら全部オッケーなタイプだから未来を見据えて大量殺人、なんて考えられないねぇ」


嘘を言っている様には、見えなかった


「あ、あと、私が考えた事なんだけど、多分、あれじゃない?ものすごく目立つことして、そのデータを売って悠々自適に過ごす為じゃない?私ならそうしたいけど」


「そんな危険なデータを売るなんて、」


「そうそう、普通は考えられないよね、だから国も何もかも血眼になって探してるんだよ、だからその辺に適当に捨てられてるなんて考えられないよねw」


そんな手段もあったのか、と考えを巡らせていると


先程まで周りの景色を気にする余裕などなかったが、おおよその時間は現実とリンクするようですっかり日も落ちてしまったようだ。だからこそ


前方にほのかな緑色の明かりがあるのを見つけた。


「あれは?」


「あ〜あれ?私の拠点の夏の目印」


そう言いながら足元を気を付けるように言われゆっくりと近づく、すると


昔近所の水路で見た、今はすっかり見れなくなったが、ソレでも鮮明に思い出せる。ゆったりと水辺を舞う美しく淡い緑色に光る蛍の群れだった。


「綺麗でしょ?緩やかな川の近くだから選んだんだけど、夏になるとこうして私の帰り道を教えてくれるんだ。あ、足元滑りやすいから気を付けてね?」


そういった先生はそこにゆっくりと腰を下ろし、切った手首を洗いながら水を飲んでいた。


「あ〜、蛍よりも上流で飲んだ方が一応綺麗だよ?まぁ昔の人もこうやって普通に飲んでたんだし大丈夫大丈夫」


そういいながら私へ近くに座るように促す


「...綺麗」


「でしょ?案外住みやすいよ、たまに変なことが起きたりはするけど」


「...サンは、もし世界がこうなるなら、喜んで受け入れる?」


私は正直、こんなに心が晴れ渡る様な癒しを与えてくれる世界なら、別にそうなってもいいと思ってしまったが


「ん〜、嫌」


「い、嫌なの?こんなに満喫してるのに?」


「だってさ、今回はたまたま運よく生き残って見れたけど、次もそうとは限らないでしょ?仮に手段が手段なら」


確かに、何か勘違いしていたかもしれないが結局のところ大量の死滅を経てこの世界が誕生しているのだ。到底こんなことだけで肯定すべき様な代償ではない、が


「ま、そういうのは後から考えればいいさ、まだ考える時間は残されてると思うよ?まぁ私としては楽に死ねるならそれも考えものだけど、シロちゃんはそうじゃないでしょ?さ、すぐそこだし、行こうか」


そう立ち上がって歩き出すサンの背中を、私は少しの名残惜しさを感じながらも着いていく


「ようこそ、ここが私の別に隠れてないけど結果的に隠れてる住処、まぁ足場に困るだろうけど寛いで行ってね」


そういいながらも到着したようだ、典型的な童話に出てくる様な自然を生かしたツリーハウス、少し、ほんの少し童心に返ったようで興奮していた。


....


同日某所


「おーい、こっちの早く持っていってくれ」


「はーい、ちょっと待ってくださいね」


俺は工場で働く普通の高校生、特筆すべき点があるとしたら、まぁ家が少し貧乏な所だ。


別に自分を不幸だなんて思っちゃいない、みんな仲良く幸せにやってこれたと思う。


そりゃ家系を支える為にこうしてバイトに勤しむ必要があるのは多少辛いところはあるが、それでも元気にやってる。


でも最近は、何だっけ、あの超現実再現なんたら、みたいな。そうそう思い出したハリプスって奴だっけ。あれが買えれば学校に行く時間が短縮できたりとか高校生でも自分で研究できて稼げたり、とか色々できたんだろうけど如何せんそんな余裕もない。


「うん、しょ、はぁ、」


「ごめんなぁ、あいつやめちまって、なんでも救世主が世界を終わらせるからこんな仕事に意味はないだの言って」


「はは、そうですか」


噂には聞いていたが、本当にその程度で信じるものなのだろうか?いや、俺はその事件を直接目にしていないからなんとも言えないが


「あれ?もう一人いたような」


「あぁ、そいつもやめちまって、悪いなぁお前ばっかりに」


「いえいえ、仕事が増えて安心ですよ、それより、理由はまた噂のあの人関連ですか?」


「あー、いや、それもそうなんだが、どうにもそいつに関するデータがとんでもない価格で取引されてるらしくてな?それを見つけて一攫千金狙うってなことで今日も元気に廃品漁りだよ」


「はぁ、けったいなもんですね、そんな人のが適当に捨てられてるワケがないやないですか」


「それがな、噂によれば事件後すぐにGPS装置を無効化してどっかに捨てたらしくてな、ニュースによりゃこの辺に流れついてるかもって」


「はぁ、通りであの人だかりが、でもそれっていくらぐらいなんです?そんな止めるほどの価値がありますかね?」


「あぁ、ものによるってな噂だし、俺も詳しくはしらねぇが、どうにも1000億はくだらないそうだ」


「ばっ、せ、1000億!?俺の年収をなんだと思ってんですかね!?」


「まぁまぁ落ち着け、まぁこれでわかったろ?それさえ見つけりゃ一生どころかいつ終わるのかもわからねぇ孫の孫まで遊んで暮らせるんだ。そりゃぁ目が眩んでもおかしかねぇよ」


「ば、馬鹿らしい、仮にそうだとしても拾えるワケがないだろうに」


「だな、まぁお前みたいな真面目な若者がいてくれて助かるよ、あ、これも頼めるか?」


「はい、よいせっと」


「にしてもこいつらの気がしれねぇなぁ」


「ん?やめた人たちの」


「いや、違う、何せ殺戮者の情報を追うために接続してた全プレイヤーの名前を虱潰しに手作業で探してんだぞ?何億といてもおかしくないのによ」


「それで〜、成果は?」


「ん?おお、名前がsunってのだけはわかったらしい」

...


「あぁ〜、今日も疲れた、ん?」


そう思いノビをしていると、ふと視界の端にハリプスの機器が捨てられているのを見つける。


まぁそんなことあるワケがない、と思い通り過ぎようとするが


い、1,000億か、た、試すならタダだもんな、べ、別に、そうゆう悪戯でも大丈夫だもんな。そう思いゆっくりとハリプスに近づく、しばらく周りをうろうろしたり、考え込む素振りを見せたりしたが、結局誘惑には勝てず法律上は問題ない筈なのにまるで自分が万引き犯にでもなったような気持ちで引ったくって家に直行した。


「あ、おかえり〜、今日は遅かったねぇ、さ、ご飯もできてるよ」


「あ、ありがとう、いただきます!」


と言いながら母の美味しい料理を書き込む、米と煮物に汁物といつもならあったかく味わって食べているのだが、今日はどうにも鞄に詰め込んだコレが気になってしょうがない。


そのまま洗い物も済ませ直行で自室に行きハリプスをつける。一応教えてもらっていた起動方法でつけるが、胸は高鳴り指は震えおぼつかない、別に殺戮者のデータが欲しい、と思っているわけではない、ただ単純に今まで使ったことも無く長年焦がれていた機器に胸を高鳴らせているだけだ。


正直ついてくれたら御の字と思ってはいたが、実際に起動した。瞬間、全身が凍結するのを感じる。いや、実際に凍ってる訳ではない、単純に外部との接続がきれ、その後全身の神経をショベルが紐状の根を掬い取るように摘み上げ...そして...


お、おえぇ


なれない感覚に嘔吐感を募らせながらもギリギリで踏みとどまる、そしてどうやら見慣れない景色が広がっている、聞いた話だと中古品だと最後の場所がそのままリスポーン地になる様だが。


ここ、どこだ?


なれない手付きで自身の状態を確認する、どうやら一応人工物の中にいるらしい、木製の建物だろうか


「光源、光源は、あ、これかな?」


と恐らくはスタンドライトだろうものに手を入れ、スイッチを引っ張る、すると


「うお、まぶし、ん?」


一瞬の点滅の後、視界が安定する、すると目の前の机には本が置かれており、その題名は


「初心者必須、この世界のすゝめ?」


と書いてあった、随分と親切だなと手にとって確認する、が、1ページ目から


「多分今晩は。私の予想だけど君がこれを読んでいる時間は夜かな?」


いきなりそんなことを当てられてもので若干の寒気を覚えるが


「いやまぁ驚かせてごめんね、でも別に不思議じゃないでしょ?こんな何処からやってきたかもわからないハリプスを起動するなんて、多分人目のつかない暇な夜しかないでしょ?

 それと、これももう一つの予想だけど、君、多分経済的に恵まれているとは言えない境遇なんじゃないかな?だって多分オンボロになっているだろうこのハリプスを起動するなんて余程のもの好きか、多分正規品を買えなくて何らかの一攫千金を狙ってる人に限るだろうしね。」


もはや気味が悪いが、それでもこの本に吸い込まれるように手が進んでいく


「そんな君に、私がこの世界での過ごし方を教えてあげよう!まずはその部屋を出てすぐ右の扉を開けてごらん」


そういわれた通りに行動する。そこには穴の空いた木の板と、細くまっすぐな木の棒が置かれていた。


「多分ジャングルになっているであろうその世界で生き残るための必須サバイバルテクニック、火おこし編だ!」


そこから何時間経っただろうか、おおよそこのまま現実に行っても通用する様なサバイバル知識、火おこしは勿論水の見つけ方、安全な食料の見分け方、役に立つ植物、などそれらを無数に用意された部屋で体験しながら教えられた。


「さて、人を選ばずに教えれるのはここまでかな?それじゃ、今まで秘密にしていたこの本の著者を教えてあげるから、それによってこの先を見るか決めてね。一つ約束しておくと、”後悔”はさせないよ」


そう書かれていた次のページは何も書かれていない白紙のページ、今までの極度に効率化された情報の記載とはうって変わった余白の無駄遣い、しかし、それらを潰して余りある情報量がその3文字に込められていた


[著者:sun]


「う、へ?」


何一つ目の前の現実に追いつけず混乱が加速する。元々そこまで良くもない頭に流し込んで耐えられる情報量じゃない


落ち着け落ち着け落ち着け、まずは、そうだな、何をしたらいい?と、とりあえず、一旦外すか、うん


よし、現実に戻ってこれた、夢じゃないよな?うん夢じゃない、


どうするこれ?中身は最初しか見てないけど、俺が見て良いものなのか?だってやばい量の人間が死ぬかもしれないんだぞ!?今度は現実で、だったら今のうちに壊して捨てたほうが、でも、1000億だぞ!?捨てれるか!?今更、こんな、こんなに近くにあるのに


でも、そんなに悪い人って感じじゃなかった、懇切丁寧に生き方を教えてくれてたし、いや、待てよ、そうなるのも次の情報を見せるための布石じゃないのか?


元々無い頭に疑心暗鬼を追加してしまったのなら最早救いようも無い


そうだ、一旦、明日まで待とう、それがいい、一旦落ち着こう、そうだ、明日は高校も休みだ、明日ゆっくり確かめればいい。見間違えかもしれないし


....


「へぇ〜、これが先生の拠点かぁ、思ったより広いし色々置かれててすごいけど」


「けど?」


「流石に汚なすぎない?食器も片付いてないし物は出しっぱなしだし」


「...人は時に、明日落ち着いてやれば良い、という自認では冷静な判断を下しつつも、客観視すれば緩やかな現実逃避のようなことをしうるのだよ。いやはや、これの恐ろしいところは自分が既に冷静ではない、ということに気づけない点だ、君もそうならな」


「良いから片付けるよ?手伝って、サン」


「...はい、」

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