第2話 奥納戸での潜伏
氷雪没嘉宮里と外界との境界へ繫がる道は一つだ。今むかえば曼珠沙華組の人間たちと鉢あわせするから,彼らがここに到着したのち夜間にでも隙を見計らって逃げたほうが賢明だという結論に至った。
曼珠沙華組の人間たちはほかの里人宅に滞在するというが,念のために誠皇晋と僕は平良家の奥納戸に潜伏することにした。
竈の煤に埋もれる鉄杭をおしこめば,土間の一角に積みあげた白御影が歯車のように動き,人がようやく入れるぐらいの空間の内側に「奥納戸」というよりは「隠し部屋」と表現するのが適当な六畳間が現れた。
珠侑幸とともに雪原で僕たちを発見してくれた
誠皇晋とぎこちなく笑いあう。
聞いていた予定より半日はやい暁方だ。
大丈夫,心配なんぞしなくてよい。豊果は,僕たちの存在を隠すという珠侑幸の判断を,不満の顔つき一つせず受けいれてくれた。寡黙で質実剛健な人物のように思われた。
雪道を走る足音――ここに来る!――「悪い風邪がうつりますぞぉ! 総代も,もろうてしもうたんですがぁね!――」豊果だ。「曼珠沙華さん,曼珠沙華さぁーん!」
木戸が1度叩かれる。
長い沈黙のあと等間隔にダン,ダン,ダン,ダンと木戸がうちならされる。
「体を悪うしとりまして――病をうつしたらいけませんけん,ここで失礼しましょうわい」珠侑幸が返事する。
「あけてください――」曼珠沙華麗は言った。「俺の体は薬漬けだから 病気なんか入りこむ余地ねぇし――」一頻り 独り笑いする。「――――誤解ですよ。そういう意味じゃなくコロナのワクチンもインフルのワクチンも,あと帯状疱疹のとか――悪徳医師の言いなりにやってっから完全防備だってこと。兵平良さんが伝染を気にするから仲間はつれてこなかった。そういう訳だから戸,あけてくださいよ」
反論を許さぬ空気だった。
ひどくつかえながら木戸がひらき,曼珠沙華麗が入ってきた。
「――ヤッホー,ミーオ,御機嫌そうじゃん!――珠侑幸さんも全然元気そうじゃないっすか」
「ええ……まあ,おかげさまで……この度は御苦労さまです。曼珠沙華さん直々に御足労いただくまでもありませんでしたに」
「仲間ばっか荒使いすんのも,どうかと思うし。俺も働いたせいか今回は大漁だったよ。昔逃げたぶんも浚えたんじゃねぇかってぐれぇ獲れた。1頭あたり2でいい,どう?――」
「2!――」豊果がガラガラした大声を裏がえした。
「4分の1の値で!?――い,い,いや,その話はまた改めて――」珠侑幸も動揺している。
「悪い話じゃないはずだ。だから――こっちの要求も,のんでくれませんか」
要求? 要求ってなに! まさか,ばれてしまったか!!――
「匿ってますよね」
終わった―――――
誠皇晋の薄氷に踏みだすときみたいな目つきの両眼に,同じ目つきをした僕が映っている。
「逃げこむ場所はここしかねぇ――ああぁ噓とか,そういうの必要ねぇから――」土間を周回しているらしい。「俺さぁ,氷雪没嘉宮里 に来てよかった。ずっと 眠れねぇでいたけど安心したわ。自分でも信じられねぇぐらい優しい気持ちな訳――だから特別扱いだよ,特別扱い。今回だけは金で落としまえつけようじゃない。きっちり話して終わりにする。なんも言わず,ひきわたしてくんないかなぁ」
立ちあがった僕を誠皇晋が制止する。
「珠侑幸さん,それからミーオとも,これまでどおり仲よくやってきたいから,ぜってぇ 手荒な真似なんかしねぇ。仲間も大勢つれてきてるし,俺のメンツ 潰さないでよ。ね,お願いします。あとでうちの者を寄こします。御家族,渡してくださいよ」
――御家族?
誠皇晋と僕は視線をあわせ一瞬のうちに億万の会話を交わす。
「サヨナラ,お邪魔しました」曼珠沙華麗が帰っていく――「兵平良さんのお宅で豪勢なおもてなしを受けてんだけど仲間があんま楽しそうじゃねぇの。ねぇ,兵平良さん――」
豊果ががらついた苦笑を漏らす。
「ほんとゴメンナサイ。一所懸命用意してもらったのに,あいつら感じ悪いわ――」
おまえが酒を飲むのを恐れているんだよ!
「だな。原因は俺かぁ。あいつら,俺が
珠侑幸と豊果の躊躇い気味の賛同が返る。
「珠侑幸さんとミーオも合流してよ――風邪? んなもん平気だって! あいつら俺以上に薬漬けだし,不健康なほうの意味で。むしろ,あいつらがうつす側ね――」また独り笑いする。「――俺はさ,至って 健康そのものだから――ウイルス からも細菌からもフリー。あっちのケアは特に万全だよ」
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