そして魔法は忘れ去られた

@karatachi23

そして魔法は忘れ去られた

とある偉大な魔法使いは世界の魔法を封印した。このまま魔法が世界に広まれば、いずれあらゆる戦争や搾取に悪用され、自然が破壊されることを危惧したからだ。魔法使いは人々の役に立つ魔法を除き、自分に出せる全て力を振り絞って全ての魔法を封印した後、深くて長い眠りについた。未来はより平和になっていると信じていた。


二百年ほど経って目が覚めた魔法使いは早速、街へ出た。目の前の光景に、思わず目を疑う。景色が一変しているのは想定内だった。数百年もたっているから当然といえば当然だ。人々の服装は随分と変わり、普通の馬車と共に四つの大きな車輪がついた馬なし馬車が大通りを走っていた。街は長時間消えない光に照らされ、夜でも随分と明るかった。「駅」という場所ではけたたましい音と煙を上げて走る大きな鉄の塊に乗って、飛ぶような速さで国中を移動できるようになっていた。


しかし、魔法使いが衝撃を受けたのはそれらではない。空気が、濁っているのだ。鼻で吸い込む度に口の中が煙くなり、イガイガした感触がずっと喉に残る。空を見上げると澄んだ青や雲の流れが、真っ黒な煙で覆い隠されている。黒煙は巨大な建物から天までそびえたつ煙突からもくもくと上がり、絶えず上空を鈍い色で染めていた。


何かがおかしい。魔法使いは慣れない鉄道を用いてあちこちを回って調べてみたが、大都市では一事が万事そうだった。川は濁って悪臭を放ち、森の木は伐り倒され、街に溢れた人々は貧しさと病気で次々と倒れていた。魔法が封じ切れていなかったのだろうか——しかし、どうやら違うようだ。あちこちで怪しまれ、疎まれながらも聞き込んだ結果、あることがわかった。


二百年の間に、この国では機械工業や重工業が発展しつつあった。はるか遠い国をいくつも征服し、勝利を意味する名を持つ女王の元でこの国は反映を極めていた。その陰で二百年前と変わらずあらゆる悪事と収奪は日常で、劣悪な状況に拍車をかけるように環境は容赦なく汚染されていた。


故郷の都市に戻ってきた魔法使いは、どさりと両手に抱えた荷物を降ろし、プラットフォームに座り込んだ。

「なんてことだ…こんなことになってしまうとは…」

魔法がなくとも、この国は自分が危惧した道を辿ったのだ。結局、自分は無力だった。打ちひしがれる魔法使いの横を、蒸気機関車が無慈悲な音を立てて走り去っていった。

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