愛を実装する
市原潤
第一章 首都ロンディウス
1
小さな歯車たちが、からからと軽やかな音を立てて回る。
金属同士が擦れ合う微かな振動と、魔法回路が起動する低い唸り。艶やかな光沢を持つ義足の、メタリックな表皮の内側には動力源となっている魔晶石が埋め込まれており、それが放つ青白い光が関節の隙間から漏れ出してきた。
「……問題なさそうだ。足首、動かしてみて」
エドワードの落ち着いた声に促され、患者の男は椅子に腰掛けたまま、下げていた爪先にそっと力を込めた。最初は恐る恐る。だが次の瞬間、エドワードが作った真鍮と鋼の関節部は驚くほど滑らかに駆動する。
「おおっ……!」
驚きに息を呑み、男は思わず声を上げた。
「動く! ちゃんと、動いてる!」
「違和感は?」
「無いです! 全然! 生身の足より調子いいくらい。本当にすごいですね、先生は」
心の底から感嘆した患者の声に、エドワードは眉尻を下げてわずかに困ったような表情を浮かべた。
「生身より、というのは言い過ぎだよ。どんなに精巧な
そう言って彼は思慮深く微笑む。
あくまで義肢は補うものであり、肉体を置き換えるものではない。それが彼の信条だった。
エドワード・ハミルトンは、背筋の伸びた佇まいがよく似合う、理知的で穏やかな青年だ。年の頃は二十代後半ほど。
やや柔らかく癖のあるダークブラウンの髪はところどころ無造作に乱れてはいるものの、不思議とだらしなさは感じさせない。目尻の垂れた優しげな目元にびっしりと生えた下まつ毛。その奥には琥珀色の瞳が知性的な光を湛えている。
仕立ての良いベストとシャツの上から白衣を羽織ったその姿は、彼がこのブリャーナ帝国でも屈指の
もっとも、普段のエドワードはほとんどの時間を診療棟の裏手に建てられた工房で過ごす。義肢の設計と製作に没頭する際にはいつも油と削り粉にまみれた作業着を身に着けている。しかし患者を診るときにはこうして清潔な服装に着替えることを欠かさなかった。
エドワードは胸元に下げられた小さな懐中時計でチラリと日時を確認した。これも彼が手ずからメンテナンスしつつ愛用しているもので、時刻に加えて暦や気圧や周囲の温度、湿度を測る機能も兼ね備えている。
「魔晶石が消耗したら動かなくなるから、あまり酷使せず、一年後にはまた見せに来て。一年経たずとも調子が悪くなったらいつでも来るように」
「助かりました。本当に、ありがとうございます!」
「ええ。お大事に。……アナスタシア、出口へご案内して」
「はい、先生」
診察室の入り口から平坦な声が返ってくる。
患者の男は丸椅子から立ち上がり、後ろを振り向いた瞬間、思わず息を呑んだ。
そこに立っていたのは、金糸を
だが男が驚いたのは、彼女の整った顔立ちにでも、儚げな雰囲気にでもない。
アナスタシアのほっそりとした体躯の大部分が、
特に頭部の右半分は機械仕掛けの構造が露わになっていた。彼女の柔らかい金髪には似つかわしくない冷ややかな金属の継ぎ目が、つむじから右耳にかけて無機質に走る。右目の方は義眼だが、魔法回路のおかげで視力は確保されているようだ。一見すると両目とも同じ澄んだブルーの瞳だが、注意深く観察すれば右目だけが深海のようにわずかに濃い色をしているのがわかる。
彼女の右頭部を形成する鋼と真鍮が組み合わされた魔法回路は、一般的には義肢の関節部分など複雑な形状の箇所に使われるものだ。それが彼女の右耳の後ろから後頭部、うなじへと伸び、右肩のジョイントと一体になっている。右腕は肩から先まですべて義手で、左手の方も肘より下は右腕と同じ素材のものが使われているのが見てとれた。
なお、今は丈の長い白の簡素なドレスを身にまとっているため、彼女に生身の部分がどれほど残されているのか、外目には定かでない。それでも裾から覗く両足の先は、今しがたエドワードが患者の男に取り付けた義足と同じような人工物で出来ている。
つまり、彼女の身体の、目に見える所はほとんど全てが義肢だったのだ。
それでも全く痛々しく見えないのは、それらがエドワードの手によって完璧に
「……なにか?」
彼女は患者から向けられる不躾な視線にも表情ひとつ動かさず、首だけをわずかに傾げてみせた。まるでたった今起動したばかりの、魂のない
「い、いや……」
「こちらです」
我に返って気まずそうに頭を搔く男を、アナスタシアは無表情のまま出口へと促した。
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愛を実装する 市原潤 @IchiharaJun
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