25個目の贈り物
きほう
25個目の贈り物
12月24日。23時。
部屋の中は暗く、静まり返っていた。
迎えてくれる温かい声や、深夜に回す洗濯機の音。冷蔵庫の駆動音。いつもなら聞こえる音が、何もない。
家賃5万円、築50年の1K。外観は古いが、中は綺麗にリノベーションされて文句はない。
強いて文句を言えば、工事のミスで電灯のスイッチが壁の中に埋もれてしまったことくらいだろうか。
たまに天井を走る鼠の小さな足音が聞こえるが、2年も住んでしまえば慣れてたもの。
今では姿の見えない同居人くらいの感覚。なんなら、たまに話しかけたりするくらいだ。
キッチンを抜け、奥の部屋に向かう。
冬の冷えた空気を吸う。温まった肺を徐々に冷ましていった。
奥の部屋に入ろうと、引き戸に手をかける。ガラガラという音がして、籠っていた空気が一気に抜けた。
解き放たれた冷気に、料理の匂いが混じっている。
よく焼けた鶏肉に、太めのフライドポテト。毎週仕込んでいるピクルス。今日はマカロニチーズもあるかもしれない。
ネットフリックスで見たバーベキューの番組で、参加者がこぞって作っていたアメリカの定番料理らしい。「いつか食べてみたい」と口にしたことを思い出した。
薄闇へ一歩踏み出す。硬いようで柔らかい偽物のフローリングの感触が、靴下越しに伝わった。
視界はないがこの部屋には何度も訪れている。まっすぐ3歩。それで難なく真ん中までたどり着いた。電球から伸びた紐を探す。なかなか掴めない。手が何度も空を切る。
何度目かの挑戦。ようやく手に冷たい金属が触れた。電球から伸びるコードを無理やり伸ばした、大きなボールチェーン。暗闇で見失わないように、手でしっかりと掴む。
引っ張ると、灯りが点いた。六畳の部屋に明るすぎるLEDの灯りが、部屋の隅々まで照らしていく。
緑の厚いカーテンに、薄いオークで統一された家具。畳まれたグレーの布団。銀色の薄型テレビ。
目線を下げると木目調のローテーブル。その上には料理が所狭しと並んでいた。チキンの丸焼きにフライドポテト、サラダ、ピクルス。やはりマカロニチーズもあった。
料理に取り囲まれるように、中央には小さなホールケーキが置かれていた。クリームが塗られたスポンジは、まるで白亜の城。その上には苺と、サンタやトナカイの飾り。
チョコレートのプレートには「Merry Christmas お誕生日おめでとう」と書かれている。
今日はクリスマスで誕生日。某救世主と同じ、特別な日。それをこれから祝われようとしていた。
ケーキの前には厚みのある深緑の封筒。きらきらしたクリスマスツリーのシールが右下の端に貼られている。そっと持ち上げた。見た目の割に、少しだけ重い。冷えた紙に、指先の体温が僅かに伝わった。
封筒を開く。中にはしっかりと硬い紙のカードが入っていた。その表面に書かれた角ばった文字を、頭の中で読み上げる。
『部屋の中に24個の宝物が隠されています。午前0時までに最後の1つを手にいれることができれば、あなたは幸せな一年を送ることになるでしょう』
封筒の中には、色とりどりのカードも一緒に入っていた。
緑色のカードには「お料理の下でかくれんぼ」。
黄色のカードには「おしいれのだいぼうけん」と。マスキングテープで小さな鍵が貼りついている。
赤いカードには「ふうせんを割れ!!」と書かれ、テープの下に安全ピンが止められていた。
彼らしい遊び心。固まっていた頬が緩み、塞がっていた唇が僅かに解けた。
ふと、足元に置かれた紙袋に目がいった。雑貨屋で小物を買ったときに貰える、緑色の小さな包み。右下には封筒と同じシールが貼られている。
隠す気など端からない「見て!」と言わんばかりの主張。
拾い上げると、包みの中で硬いものが揺れる音がした。
軽く折られた封を開き、指を入れた。カチンと爪が当たる音がして、中のものに指が触れる。つまみ上げると、中からアクリルの指輪が出てきた。5ミリ程の幅。薄い青と緑の中間くらいの色に、斑のあるマーブル柄のデザイン。
声が漏れそうになった。いや、自分でも聞き取れない程の声が出ていたかもしれない。
3年前の冬。彼と付き合い始めた頃。
デートに行った先で立ち寄った雑貨屋。駅ビルの片隅でよく見かける類の普通の店。
そこで指輪を見つけた。エメラルドグリーンのアクリルに、マダラ模様のように気泡が浮いたデザイン。普段は暗くて燻んだ色しか身につけない私が、なんでこの指輪に惹かれたのかわからない。
人差し指に嵌めて、光に透かす。視界の先に海が広がった。南国の島を取り囲む透き通った浅瀬。アクリルの波が肌のビーチに穏やかに打ち寄せる。僅かに鼻をくすぐる潮の匂い。
自分が生まれた季節と真逆の風景を閉じ込めたような指輪に、心を奪われていた。
「綺麗だね。琉球ガラスみたい」
「でしょ? たまにはこういうのも付けてみようかな」
横から覗いていた彼も気に入ったみたいで、自然と笑みが溢れた。
彼の誕生日は8月。この指輪を気に入ったのは、硬い海の中に彼を感じとったからなのかもしれない。
「安いし、買っちゃおう」
声を出す前に手を引かれていた。彼の喜ぶ顔が可愛くて、ついつい甘えてしまった。
たった400円。プレゼントにするには可愛すぎる安物。普通だったら幻滅するのだろうか。だけど、私の顔は満面の笑みだったと思う。
安くたっていい。小さくたっていい。
二人の想いが通じたものを積み重ねることが、素敵だと思っていた。
なんの影響だろう。映画? 小説? わからない。
だけどもこの指輪は、私にとってティファニーの指輪よりも価値のある、大事なもの。
これが、彼からの最初のプレゼント。
イルミネーションで色づく街を、黒いコートを着て歩く。白い息。並んだ二人。繋いだ手。
その指先には、鮮やかな海が灯っていた。
指輪を右手の中指に嵌めた。
耳を澄ませたが、波の音は聞こえない。潮の匂いも、ビーチの景色も。アクリルの乾いた冷たさが、指の付け根から体温を奪っていくだけ。
ため息が漏れた。鮮明に映し出された白い息が、数秒も経たずに霧散する。
それはまるで、思い出に記憶を繋ぎ止める見えない錨。あるいは、やがて弾ける小さな気泡。彼といた部屋で、再び見つけた1つ目の贈り物。
私の指に戻った指輪は、あの時と同じもの。
だけどもう、違うものなのかもしれない。
カードの指示通りの場所を巡り、次々に宝物を見つけていった。
大小様々な箱や袋の中から、懐かしいものが次々と現れる。
お互いが好きだった本や栞、よく遊んだゲームソフト。この部屋に住むことになった時に買った食器やカップ。他にもたくさん。
その全てに、あの日々の匂いはしない。手に入れたときと同じ、真新しいまま。
汚れたTシャツに、欠けた皿。美しいものを汚しながら積み上げていく二人の歴史は、新しいものを手にいれるたびに暦が変わるカレンダーのよう。
新年を迎えられなかった思い出は、手の中の宝物と同じように、新しいものに買い替えられていく。
切なさが胸を締め付けるが、涙は出ない。瞬きを忘れた乾いた瞳の先には、まだ開いていない扉があった。
「おしいれのだいぼうけん」に、一歩踏みだそうと思った。
両開きの扉に手をかけて、開け放つ。少しだけ埃とカビの匂いが漂っていた。
開けると、ふわふわと赤い風船が漂っていた。解き放たれた古い空気に乗って、部屋の中へふわふわと漂っていく。
しばらく目で追っていた。ペニーワイズみたいでほんの少し不気味。だけど、そこがおもしろかった。また少し、口が開いた。
視線を押入れの中に戻した。
ここに布団は入っていない。上下に仕切られたスペースの中にあるのは大量のCDとプレーヤー。そして積まれた本の山。
仕切りの下には小さなタンスが2つ。左にある木製の収納が彼のもの。右の黄色くて安っぽいプラスチックの三段しかないチェストが私のスペース。彼の方が大きいが、荷物の少ない私にとって不自由はなかった。
黄色い棚。きっと「だいぼうけん」のゴールはここだ。ちっとも「大」でも「冒険」ですらない。絵本みたいな大袈裟な表現。可愛い。
少しだけ温まった指先で一段目の取っ手を引く。
中には白いTシャツが一枚だけ、無造作に入っていた。二人が好きなバンドのグッズ。彼のお下がりで、私が一番着ていた服。
「よかったらパジャマに使って」
そう言われて嬉しくなり、その日にすぐに着替えてしまった。
ブカブカでちょっと汚れている、彼と同じ匂いがする布。早朝のコンビニも、深夜のラーメン屋も、この服で行った。
Tシャツを広げた。剥がれ始めたプリントに、よれた首元。右下には薄く滲んだ赤いシミ——それを見つけた途端、香ばしい油の匂いがした。
二人でよく行った古い町中華。なぜ潰れないのかって思うくらいにお客さんがおらず、入り口から覗くと店員のおばちゃんがテーブルに座りながらテレビを眺めている。
そんな雰囲気が好きだった。でも一人じゃ入る勇気がなくて、二人で扉を開けた。おばちゃんは驚いた顔を見せて、「よっこいしょ」と重い腰を上げた。気だるそうに対応されるのかと思ったけど、すごく優しかった。サービスでもらった餃子は、べちゃっとしててお世辞にも美味しいとは言えなかったけど、嫌いじゃなかった。
そのときに、餃子のタレを入れた小皿にラー油を注ごうとして、Tシャツに落としてしまったシミ。それだけは、まるであの日のようにそこに残ったまま。何度洗濯しても落ちてくれない、呪いのラー油。
汚してしまったときはショックだったけど、それもいい思い出だと、割り切っていた。そんな呪いは、ここでも健在のようだ。
「ふふっ」
笑みが溢れた。高く聳える壁を越えるように、感情だけの声が口から漏れる。音の粒子は微かに、でも徐々に部屋の中へ浸透していく。
LEDの白すぎる光が、ほんの少しだけ暖色に変わった気がした。
これが、21個目の宝物。
二段目の棚に手をかける。
中にはマフラーが入っていた。もこもこしたモヘアで編まれた、どぎついネオンピンク。
触れると少しだけチクチクするが、それが逆に心地がいい。僅かに残った指先の熱を吸い、毛糸に温もりが戻った。
あの時も、確かクリスマスが近かったと思う。
彼が仕事で六本木に行った時、現場で解散すると聞いて迎えに行った。
染めたての金髪に、黒いライダース。グレーのニットと、ヒートテックの上に履いたデニム。そして、自分へのプレゼントとして奮発したアクネ ストゥディオズの大きなマフラー。お気に入りのブランド。
でも、すぐに買ったことを後悔した。道すがらすれ違う人たちと何度も被る。色違いはまだいい。同じ色だったら最悪。流行り物がなんとなく好きになれなかった私は、彼以外の誰かとお揃いになるなんて耐えられなかった。
首元の結び目は徐々に緩み、やがて解けた。温もりが、都会の汚れた空気に溶け込んでいく。首元に当たる冷ややかな空気が、無数の小さな針のように首元に突き刺さる。
待ち合わせ場所に行くと、彼の首元には目が醒めるようなピンクのマフラーが巻かれていた。古着屋で買った、安いモヘア。ところどころ、薄く黒ずんでいる。
「そのマフラー、しないの?」
「いい。なんか冷めちゃったから」
頬を膨らませて言う私を見て、彼は微笑んだ。なんでもお見通しみたいな目。
彼はマフラーを外して私の首にそっと巻いた。残っている熱が優しく首元を包む。自分のマフラーよりも暖かく感じた。
けど、匂いは同じ。私が選んでお揃いにした香水。ドリス・ヴァン・ノッテンのソワ マラケ。栗とバニラの柔らかい甘さが、チクチクするウールを滑らかな絹のように変えていく。
「金髪とピンク、すごくいいじゃん。これ使いなよ。俺がこっちつけるから」
私の手にかかっていたマフラーをスルッと抜き、適当に首に巻く。大判のマフラーがぐるぐると巻きつき、不恰好な壺みたいなシルエット。首は消えて、去年よりも肉付きの良くなった頬が浮き出ているみたいだった。その姿に思わず笑ってしまう。指摘したら、彼も大笑いしていた。
ピンクのマフラーに残った彼の匂いに包まれながら、明るい夜道を並んで歩く。
22個目の宝物。この温もりだけは、どうしても消えてほしくなかった。
マフラーを巻こうとして、手が止まった。
彼の温もりも、香水の匂いも、あの時のまま。喉から手が出る程に欲しいけど、そうしたらきっと進めない。自らここに囚われてしまいそうな、優しい沼。
名残りを惜しみながら棚に戻して、三段目に目をやった。
持ち手にはマスキングテープで小さな南京錠が付けられている。
プラスチックでできたおもちゃ。キラキラしたメッキが不自然に輝いている。
これにはきっと、なんの意味もない。棚を引いたら簡単に開いてしまうだろう。けど、それをするのは野暮。
わかっている。こういう意味のないものが好きだってこと。
南京錠に鍵を差し込んだ。軽い感触。折れないよう、慎重に回す。
体に力が入り、身構えてしまう。
鍵は音もなく回り、U字のロックは簡単に外れた。
ただ、それだけ。
なのに何故だろう。部屋の空気が少しだけ軽い。開いた鍵と一緒に、私の中の何かが一緒に解けたような気がした。
棚の持ち手に手をかけた。凍えた手でゆっくりと引き寄せる。光が、それを照らした。
香水の瓶。
ディプティックのフルール ドゥ ポー。
丸みを帯びた小さな瓶。黒い花の絵が描かれた中央のラベル。ムスクとアイリスの官能的な香りが、僅かに広がった。
——ああ、そうか。
過ち。刺激のない日々に求めた、ただの遊び。そのはずだった。だけど徐々に泥濘に足を取られていった。
「香水変えたの?」
自然な言葉。
私の口からするすると漏れ出していく、偽りの物語。
微熱。顔が火照り、思考を溶かす。普段は固い口が、そのときだけは流暢に動いていた。
「そうなんだ。いつも選ばなそうな香りだから驚いちゃった」
——ごめん。
口にできない言葉を、何度も何度も頭の中で繰り返した。その度に、嘘の糸が紡がれていく。それはやがて織り上がり、私の身を包んだ。
今まで嫌悪していたブランドロゴのスウェットに、金色のボタンが付いたレザージャケット。メゾン マルジェラの真新しいグラムスラムに、エルメスのシェーヌ・ダンクル。
安い指輪は失くし、汚れたTシャツは捨てた。古いマフラーは押入れの奥底で眠っている。お揃いの柔らかい香りは、もうしない。
おもちゃの鍵、意味のない封。
——わかってる。
無意味な訳がない。
罪悪感から自分を守るためにかけた、嘘みたいに弱い鍵。
目を背けながら、いつでも触れられるように。
これが、23個目の宝物。
向き合うことができない、私自身の罪。
口を固く閉ざした。
棚を閉めようと、力をこめた。
だが、なかなか閉まらない。噛み合わず、がたがたと音を立てるだけ。
勢いをつけて、叩くように押してもだめ。
——意地悪だな。
口を閉じたまま呟く。そのとき、さっき飛び出した赤い風船がゆらゆらと漂ってきた。
風がないこの部屋で、不自然にゆらゆらと漂っている。
最後のカードには「ふうせんを割れ!!」と書かれている。小さな安全ピンも添えて。
マスキングテープを剥がし、安全ピンを手に持った。針をずらすと尖った銀色の先端が覗く。
風船から伸びる白い糸を手に取り、捕まえる。赤い球体は動きを止め、ただその場にぷかぷかと浮かんでいる。
割ることを躊躇っていた。破裂音を合図に、この時間が終わってしまうような気がして。
良いことも悪いこともあった。けどその全てが、かけがえのないものだったはずだ。
それでも、いつか忘れてしまう。
子供の頃、遊園地で貰った風船。持って帰ろうと強く紐を握っていたが、ふとした拍子に放し、空の彼方へ飛んでいく。失ったことは覚えているが、何故失うことになったのか、今では思い出せない。
思い出さなくていい。思い出さない方がいい。思い出す必要なんてない。
過ぎ去ったことなんて、その程度のことなのだから。その度に、新しい服を着て、違う香りを纏う。そうすることで、人は生きていけるのだから。
——けど。
勢いよく、安全ピンを風船に押し付けた。
パンッ!
球体が形を失う。その音は、まるでパーティーの始まりを告げるクラッカー。
すっかり冷めていた料理に熱が戻る。食欲をそそる香ばしさが部屋中に広がった。
二人で出し合って買った、上等なシャンパンの栓が、ポンッ!と音を立てて開く。
銀色の紙がひらひらと宙を舞う。光を反射してキラキラと輝き、雪のように偽物のフローリングに降り積もる。
1年前。二人で過ごしたクリスマスと誕生日。
その景色が、目の前に広がった。
さあ、始めよう。
料理を切り分け、それぞれの皿にもりつけよう。
小さいのは自分、大きいのは貴方。
シャンパンを注ぎ、グラスを合わせて乾杯。
貴方は全部飲み干すけれど、私は少し残してしまう。
配信でホームアローンを流しながら笑い、どうでもいいことを話そう。
映画に飽きたらケーキにロウソク。青いビックライターで火を点けて、電気を消そう。
ハッピーバースデーのお歌を二人で口ずさんだら、ふーっと息を吹きかけて。
一つ、残った火。
この火を消したら終わってしまう。
「どうしたの?」
——終わらせたくない。
「本当に?」
——わからない。
「戻りたい?」
——わからない。
「楽しかった?」
……うん。
最後の火が、ふっと消える。
本当に楽しかった、最後の日。
これが、24個目の宝物。
◆
目が覚めると、すっかり暗くなっていた。
手に握ったままのスマホをつける。時刻は23時58分。通知は24件。
ラインを開く気になれずに、寝転がっていたソファの上に裏向きに置いた。
アレクサに呼びかけて部屋の電気をつけ、カーテンを開ける。
目の前にはガラスのテーブルと大きなテレビ。上質な革張りのソファーは包み込むようにふかふかで、心地がいい。
アイランドキッチンのカウンターの上には、食べかけのチキンやピザ、ワインのボトルが雑に置かれている。
立ち上がり、背伸びをした。床暖房の熱が足の裏を優しく温める。ソファーで寝てしまったせいか、体がギシギシと鳴った。
なんとなくベランダに通じる窓まで歩き、外を覗く。都心に程近いタワーマンションの上階。そこから眺める夜景。冷たい雨が景色を滲ませ、まるで平面のクリスマスツリーみたいに色とりどりに輝いている。
けど、すぐに飽きてしまった。
ソファまで戻り、勢いをつけて腰を落とす。ボフっと音をたてて体が沈んだ。
またスマホを開く。誕生日まであと1分程。
彼氏は仕事で今日も遅い。らしい。
胸元まで伸びた黒髪の端を指で巻きながら、口元を歪ませた。
「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わら……ないか」
少しだけ期待していたホワイトクリスマスは訪れそうにない——あの日は、雪が降ってくれたのに。
さっき見た夢を思い出して、胸の奥に柊の葉に触れる。
まだ1年しか経っていないのに、日を追うごとに遠くなっていく彼の顔。輪郭を残して徐々にぼやけていってしまう。声の響きも、困った時の癖も、記憶の中にあるはずなのに、その引き出しが見つからない。
「何してるんだろうな」
呟いた。それは彼に対してか、自分自身に向けてなのか、わからなかった。
もうあと数秒で、また1つ年を取る。あと何年かしたら、彼を完全に忘れてしまうのかもしれない。その頃には、今の彼氏やここでの生活も過去になってしまうのだろうか。
その度に、おもちゃの南京錠が増えるかもしれない。
風船を手放した理由を忘れてしまうのかもしれない。
新しい服と、違う香りを纏って生きていくのかもしれない。
スマホを見ると、既に日付が変わっていた。12月25日。0時1分。
カウントダウンをしたかったわけじゃないけど、誕生日の瞬間を逃してしまったことを後悔した。スマホに新しい通知はない。前は0時になる瞬間にラインが来たのに。
ふと、視界の隅で白いものが動いた気がした。その方向には窓。目をやると、空から白い雪が僅かに降り始めていた。
窓を開ける。凍てついた風が、部屋の温もりをかき消していく。ベランダに半身を出し、手を伸ばした。手のひらに小さな結晶が落ちたが、溶け消えていった。後には小さな水滴が残っているだけ。
空を見上げると、微かに、けど確かに、雪が降り注いでいる。
この雪が降り積もることは、きっとない。
けれど、それがどんなに小さくて儚いものだとしても、私の手のひらに落ちた事実は変わらない。
手のひらに残った冷たさ。
これが、25個目の贈り物。
25個目の贈り物 きほう @kihou0000
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