断罪の花
昼月キオリ
断罪の花
椿の花が、ポトリ、ポトリと落ちる。
まるで斬られた侍たちの首が地面に転がるかのように。
血と椿の花で
雪の上が赤く染まる。
この街の処刑場は美しい。
塀沿いに並ぶ椿の木々は、血を吸ったように濃く赤く、季節外れでも決して枯れることはない。
そして奇妙なことに、処刑の前日になると処刑される人数分だけ必ず花が落ちる。
"断罪の花"とこの街では呼ばれている。
それを、狐火(きび)はいつの間にか数えるようになっていた。
その日、落ちた花は三輪だった。
「明日は三人、か」
呟いた瞬間、背後から軽やかな足音がした。
振り向けば、月涙(つきな)が立っていた。
艶やかな黒髪に、冷ややかな瞳。
けれど、その瞳は光を失うことはなく、むしろ戯れるように彼女の中で揺れている。
口元は緩やかに笑っていた。
その微笑みに惹かれる者も少なくない。
裏切り者だけを斬り続ける女処刑人。
その噂は街の隅々まで知れ渡り、いつしか彼女は
"微笑の月涙”と呼ばれるようになった。
「あら、あなた、また花を数えているの?」
月涙は、まるで散歩でもするかのように、
血の気配漂う地に立って微笑んだ。
「お前は、怖くないのか」
思わず口をついて出た言葉。
首を斬り、血を頬に浴び、その後で微笑む。
それは常人の感性ではない。
きっと無理して笑っているのだと、そう仕向けられているのだと。
心のどこかでそう思いたがっている自分がいた。
月涙は首を傾げ、狐火を見る。
彼女の顔には一ミリも動揺する影はない。
「何が怖いというの?」
「人を殺し続けることだ。本当は怖くて仕方がないのだろう?強がって笑っているだけなのだろう?」
その瞬間、彼女は小さく笑った。
「あなた、なにか勘違いしてるんじゃなくて?」
狐火は眉をひそめた。
「何?」
「私が処刑人になったのは、この国のために仕方なくやらされている、とでも思っているの?」
「・・・違うというのか?」
「そうよ。私は、自ら立候補したに過ぎないわ」
狐火は言葉を失った。
「何故、わざわざそのようなことを・・・」
月涙は椿の木に手を伸ばし、落ちかけた花にそっと触れた。
私がそうしたのは、存在理由を探す為。
椿が好きだったし、椿は死人を数えるように落ちる。
この椿の花が存在理由を教えてくれたんだと思ったわ。
「あら、分からない?」
彼女の指先が、花の付け根をなぞる。
「椿の花が好きだからよ」
ポトリ、と花が落ちる。
「あの落ちる瞬間がね・・・
裏切って首を斬られた侍に、とてもよく似ているの」
その言葉に、狐火の背筋が凍った。
ああ、俺は、とんでもない女に惚れてしまった。
そう思ったときには、もう遅かった。
♦︎
翌日。
処刑台に立つ月涙は、いつも通り静かだった。
刃が閃き、首が落ちる。
一人、また一人。
そして最後の首が転がったとき、彼女はいつものように微笑んだ。
次の日のことだった。
昨日落ちた椿は二つ。そして今地面に転がっている首も二つ。
それなのに、今は椿が三つ落ちている。
「どうなってる?昨日は確かに二つだった。」
「それは、私の分よ。」
「なに・・・?」
処刑場に、鉄の匂いが満ちた。
「いたぞ! 月涙!!
貴様、処刑人の数を偽装していたな?」
鎧の擦れる音が重なり、数人の役人と武装兵が月涙を囲む。
彼らの手には槍と刀。
その切っ先は、迷いなく彼女の喉元を狙っていた。
「我々を裏切った罪は重いぞ。
今度は貴様が処刑される側だ!!」
その声には、怒りよりも焦りが混じっていた。
長く“正義”を預かる側にいた者が、自分たちの足元が揺らいだことを悟った声だった。
狐火は、一歩前に出る。
「まさか・・・君が?」
月涙は振り返る。
微笑は浮かべたまま、けれど瞳だけは澄み切っていた。
「ええ」
短く、はっきりと。
「処刑人の中には、本当の裏切り者じゃない者も混じっていたから」
一人の役人が、鼻で笑う。
「フン、戯言を・・・」
月涙は言葉を重ねる。
淡々と、事実を告げるように。
「それに気付いて斬ったふりをして、何人か逃していたの」
その場の空気が、凍りついた。
狐火の声が震える。
「だったら訳を説明すればよかったじゃないか!!」
月涙は、静かに首を横に振る。
「無駄よ」
彼女は兵たちを見る。
一人ひとりを、処刑台で見送ってきた時と同じ目で。
「彼らにとっては、国の指示が絶対なの。それが嘘でも、本当でも関係ない」
狐火の喉から、乾いた息が漏れる。
「そんな・・・」
役人の一人が苛立たしげに前に出た。
「もう十分だ。
さあ、月涙。我々が首を跳ねてやる」
「大人しくしろ!」
槍が突き出される。
刃が、彼女の着物の袖をかすめた。
「待て!!」
狐火は叫び、兵の前に立ちはだかる。
「月涙は裏切りなどしていない!!
彼女は・・・」
「黙れ!!貴様も斬られたいか!!」
その時。
「その必要はないわ」
静かだが、よく通る声だった。
場にいた全員の動きが、止まる。
「何故なら」
月涙は自分の腰の刀を抜き、
ゆっくりと自らの首元に刃を当てた。
その時でさえ"あの微笑み"を浮かべている。
「よせ!月涙!!」
その瞬間、少し離れた場所にいた馬が一頭暴れ出した。
月涙と仲の良かった馬だ。
ヒヒイィン!!!
月涙は何の躊躇いもなく馬に乗った。
「狐火、私は行くわ。あなたは?」
♦︎
その日から、処刑人の数に限らず椿が一輪だけ毎日落ちるようになった。
それはまるで、あの日斬られずに終わった
月涙の首を椿が追いかけているかのように。
そうして二人は今、街を出て遠い街でひっそりと暮らしている。
♦︎
行き着いた街には椿の花がどこにも咲いていなかった。
海に囲まれた民家が立ち並ぶ街。
潮風に包まれたこの街では、
猫が優雅に昼寝をしたり散歩したりしていた。
狐火が最初に気づいた違和感は、そこだった。
冬が来ても春が来ても、赤はない。
白や黄の花は風に揺れるのに、
首を落とすように咲く花だけが、この地には存在しなかった。
「この街は、静かすぎるな」
ぽつりと漏らすと、隣で月涙が微笑んだ。
「あら、寂しい?」
「いや・・・」
「それとも、あなたも求めているのかしら?私と同じものを。」
「・・・さあな。」
二人は、名を変え、身分を捨て、遠い街外れの小さな家で暮らしていた。
誰も月涙を“処刑人”とは知らない。
狐火のことも、ただの流れ者だと思っている。
♦︎
街で小さな事件が起こった。
盗みと裏切り。
よくある、どこにでもある争いだった。
狐火は、月涙の様子が変わったことに気づいた。
すれ違い様に裏切ったその男を見る月涙の瞳は、まだ微笑んではいないが処刑前のあの瞳と同じだった。
「月涙」
名を呼ぶと、彼女は狐火の方へ振り返る。
「何?」
「今、斬るつもりだっただろう。」
「癖、みたいなものね・・・それに、私はもう刀を持っていないわ。」
「月涙なら刀がなくても斬れそうだがな。」
♦︎
二人が住む庭に、最初は何も咲いていなかった。
風は穏やかで、
あるのは土の匂いだけ。血の匂いなど一切しない場所だった。
♦︎
月涙は、ある朝、赤い実を一つ手にして戻ってきた。
「それは何の実だ?」
狐火の問いに、彼女は微笑む。
「椿よ」
「ここには咲かないと言っていただろう?」
「ええ。だから私が咲かせるの」
狐火は何も言わず、彼女の背中を見つめた。
月涙は膝を折り、土を掘る。
指先は寒さからかじかんていた。
「おい、手が荒れているぞ。」
「構わないわ。」
「しかし」
その瞬間、
風が吹き、月涙の美しい黒髪が揺れた。
「狐火は、もう落ちる椿を数えなくていいわ。
私が、ここで一輪だけ咲かせるから。」
「そうか。」
♦︎
季節が巡った。
ある朝、狐火が庭に出ると、
そこに赤があった。
深く、静かな赤。
椿が咲いている。
だが、どれだけ風が吹いても、どれだけ雨が降っても、
花が落ちることはなかった。
狐火は、月涙を見る。
「落ちないな」
「ええ」
月涙は、確かめるようにその花を見つめる。
「これはね、私だけの椿」
指を、花弁に触れかける位置まで持ってきて下す。
「椿に存在理由なんて最初から必要なかったのよ。」
狐火は、胸が締めつけられるのを感じた。
「この椿は、ずっとここに咲き続けるだけの存在になるわ。」
断罪の花としてではなく、
そこにあり続ける為の証として咲かせた椿。
それは、椿に対して言ったのか、自分に対して問いかけたのか。
一輪の椿が、風に揺れる。
その横顔を狐火が見る。
月涙は"あの微笑み"を浮かべていた。
断罪の花 昼月キオリ @bluepiece221b
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