【<裸>で隣に寝てた】のは、王太子殿下であらせらりるれ?!
陽々陽
001_裸で隣に寝てたのは……
朝、目が覚めると、裸のイケメンが隣で寝ていた。
よし。まずは深呼吸だ。落ち着くんだ、アリシア。
すぅーはぁーすぅーはぁー……
うん、落ち着いた。
静かな泉の水面のような静謐な心で、アリシアこと私はベッドの隣を見た。
そこにはやっぱり、裸の殿方。
体温を感じるくらい、近い。
どえええぇぇぇ!?
口を抑えて、悲鳴を必死にこらえる。人でも来たら大惨事だ。
酔うと脱ぎ散らかすクセのある私が一糸まとわぬ姿なのは良いとして。いや、良くはないが、一旦置いておくとして。
彼も引き締まった胸板と鎖骨を晒している。下半身は毛布に阻まれて分からない。
いや、見たいわけじゃない。確認しなきゃいけないだけで、ほら、ちゃんと事態を把握しないと。ダメダメ、さすがに、はしたない。
私は下に吸い寄せられる視線を無理矢理、上に戻した。
端正な顔つきに長いまつげ。柔らかそうなブロンドの髪がさらさらとこぼれる。
あれ、まさか、この顔は……
王太子殿下--レオン・なんちゃら・かんちゃら・アルフォート……
国中の女性の憧れの的、王族の中でもトップ中のトップが、私の隣で静かな寝息を立てている。
「どえええぇぇぇ!?」
私は我慢できず、きたねえ悲鳴をあげた。
********
昨夜はーー舞踏会。
王城。きらびやかな音楽に、貴族の談笑の声が混ざり込む。
私、アリシア・シルベーヌは、ただただ気配を消して時間が過ぎるのを待っていた。
壁の花、と言うヤツだ。……花にしては少し太めかも知れないが。
「あら、アリシアさん?」
不意に声をかけられる。
思わず顔をしかめる。いかんいかん。嫌な相手でもこの表情はマズイ。
いかに相手が、ことあるごとに私を見下して突っかかってくる、セレーナ・ルマンド嬢であっても。
「セレーナ様……ご機嫌麗しゅうございますわ」
私はなんとか取り繕った笑顔を浮かべた。
セレーナは私を鼻で笑う。
「どうされたの? こんな端で。これでは壁の花と言われてしまいますわよ?
……花にしては少し太めですけど」
人に言われると腹立つな。
私は口を隠して、ほほほ、と笑った。
セレーナはセレーナで、取り巻きの二人と何かささやき合ってクスクス笑ってやがる。
もう、ヒマなら帰れよ。私を放っておいてくれよ。
「さすが、ご婚約が決まったアリシアさんは慎ましやかね」
そう、私、アリシアは先日、婚約した。
私は少しだけ、心からの笑みを浮かべた。
しがいない男爵令嬢、しかも三女の私には破格の好条件での婚約なのだ。
困難を乗り越えた大恋愛の末の婚約、というわけでは無かったが、将来の安泰が約束されてほっとしたことは事実だ。
「ねえ? お祝いに一緒に乾杯いたしませんこと?」
セレーナは、取り巻きから受け取ったワイングラスを私に差し出した。
私は嫌な予感がした。
「ええと……ちょっと私、お酒は……」
自慢じゃないが、私の酒癖は良くない。らしい。
外出先の飲酒は固く禁じられている。
特に婚約が決まった今は、わずかな醜態も許されない。
「あらあ……? まさか私の勧めたお酒が飲めないのかしら?」
うわあ、最悪だ。こんな無理強い、後の時代には根絶されていると良いな。
「……」
私は、しぶしぶグラスを受け取った。
セレーナは嘲るような笑みを浮かべたまま、自分のグラスと私のグラスをコツンとぶつけた。
「アリシアさんの、ご婚約に」
「……ども」
セレーナは、自分のグラスに口をつけながら、私をじっと見た。
その視線に特別な想いを感じる。
……ひょっとして、セレーナはセレーナなりに、私の門出に思うところがあるのかしら。
思えば長い付き合いだ。
父親同士の仲が良く、幼少の頃から幾度となく顔を合せている。
会うたびにイジワルされてきたけども。
それもそのはず、私は男爵家、セレーナは伯爵家。格が違う。
父親同士はともに従軍したとかで対等に付き合っているようだが、子どもの方はそうはいかない。
ありんこ呼ばわりされて、虫扱いだ。
しかし、そんな私たちも酒を交わす歳になった。
……もう、今となっては、過去の話と流しても良いのかも知れない。
私はワイングラスの中の茜色の液体に口をつけた。
あ、おいし……
思わず二口目を口に含んだところで、世界がぐわんと歪んだ。
周囲の景色がぐるっと回って、天にのぼっていく。
視界の端に、セレーナの歪んだ笑顔。
やられた。
そう思った瞬間に、私は床に崩れ落ち、意識を失った。
********
悲鳴の残響が消えるころには、私は昨夜のことを思い出していた。
そうだ、これは、セレーナの罠だ。
私は自分の顔から血の気が引いて行くのを感じた。
婚約者を持つ令嬢が、こんな状況だと噂になれば……
しかも相手は王族。話の流れによっては処罰されてもおかしくない。
これはさすがに一線を越えている。
頭の中に、スキップして一線を越えていったセレーナが浮かぶ。
あのバカ、絶対許さない。
復讐を、私は強く誓った。
「……んんっ……」
王太子のキレイに整えられた眉が歪む。
やべえ、コイツ、動くぞ。
いや、そりゃそうだ。ついさっき、私が耳元で大音量の悲鳴を浴びせてしまったのだ。
目が覚めない方がどうかしている。
いっそ……ここで二度と目覚めないように……
ふっと恐ろしい考えが脳内をよぎる。
しかし、すぐに頭を振って考えを振り払った。王太子を殺害して逃げ切れるわけがない。
さりとて、他の打開策はなにも浮かばない。
私はせめて、声が漏れないように口を抑えた。
王太子は優雅に上半身を起こした。
毛布がずり落ちて、腰の、その下が見える。
MAPPAやん。
王太子殿下も、紛う事なき生まれたままの姿やん。
っかー! もうダメだ! ……ったわ、こりゃ……っちまったわ!
なんにも覚えてないけども!!!
うわー!
婚約して人生安泰だーって、なったばっかで!
意地悪な幼なじみの罠にまんまとかかって!
国一番のイケメンと、……って、覚えてなくて!
この先……
この先、私、どうなっちゃうの……?
「……そなたは……」
鈴の音のような、澄んだ声。
私に向けて見開かれた瞳は宝石のように輝いている。
おかしいやん。目覚めたばっかで、こんなに絵になるはずないやん。
窓から光が当ってますやん。後光さしてますやん。
乱れた髪も、ただ色気を増すためのバフにしかなってなくて。
私はもう、顔を隠してそっとつぶやくことしか出来なかった。
「……通りすがりの、ありんこです……」
本当にそうであれば良いのに。
【後書き】
これは、アリシアの恋の物語です。
とんでもないところから始まってますが、恋の物語です。
だれがなんと言おうと、恋の物語です。
次回は、アリシアが激走します。
多分、恋の物語です。
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