私たちは結婚した、地球が終わる5日前に|SF恋愛

岡山みこと

私たちは結婚した、地球が終わる5日前に|SF恋愛

冬の離島。

凍える夜に俺はそらを見上げた。

空のもっと上、宙(そら)を。


西暦2415年。

太陽系外より突如襲来した宇宙生物。

人類が保持していた資源衛星197、星間基地47、全てを失った。

死者は50億人を超えている。

残されたのはここ、地球だけ。


黒い虫にも獣にも見える宇宙生物。

科学とは無縁の生まれつき宇宙を渡る捕食者。


五日後にそれが約二万匹降り注ぐ。

発見よりわずか三年後の2418年のことだ。


やつらは数こそ少ないが地球の生物とは全く異なる物質でできており、通常兵器での攻撃は効果が低い。

その為に製造されたのが人型ロボである、【対宇宙生物用特別人型機】。

略称、特機だ。


宇宙生物と戦える、唯一の兵器。

しかし、地球が用意できたのは僅か40機とあまりにも数がすくない。

それが人類の限界だった。


特機隊隊長に任命された俺は、眠れない夜を過ごしている。

明日の朝、俺たちはこの基地より最後の戦いへと宙に赴く。

帰り道のない戦いへ。


「隊長も星を見にきたんですか?」


宿舎の扉を開けて出てきたのは、特機部隊の部下である後藤兵長だ。

女性ながら卓越した操縦で多くの宇宙生物を落としてきた、エースパイロットである。


「後藤か。

 任務外では名前で呼んでくれと頼んだろう」

「なら先宮君」

「ああ、それがしっくりくる」


今は上官と部下になったが、もとは士官学校の同期生だ。

生き残った二人っきりの同期くらいとは立場を忘れて話したい。


「夜空はこんなに綺麗なのに。

 あの先にいるんだね」


隣で俺と同じように見上げる後藤。

その横顔は、細くしなやかで美しい。


「さすがに明日出動となると怖いわね」

「ああ、そうだな」


俺たちは人類の盾であり矛。

わかってはいるが、恐れは消えるものではない。

片道切符なのだから。


「なあ」

「どうしたの?」


だから俺は、伝えなければならないことがある。

聞いてほしいことがある。


「戦いが終わったら俺と結婚してくれないか?」


突然の告白に後藤がこちらを見ている。

出会って何年になるだろう、あのころはまだ十代だったよな。

そのころと変わらず、いやもっと美しくなった君。

ずっと愛している。

何年も共に戦う中で、その思いだけが積み重なっていた。


しかし俺の告白で後藤は腹を抱えて笑い出す。

我慢ができないようで、地面にうずくまってしまっている。


「……戦争前のそれは死亡フラグよ」

「そうなのか?」

「ええ、定番中の定番よ先宮君。

 このままじゃ君死ぬわ」


あーおかしいと、立ち上がりはしたがいまだに震えている。

そうなのか、しまったな、タイミングを間違えたようだ。

しかし伝えないと後悔しそうだったしな。

真面目に悩んでしまう俺の肩が叩かれる。


「だからさ、今してあげる」


差し出された後藤の手。

ごつごつと節くれだった戦士の手。

何よりも気高い。


敬意と愛情をこめて握り、跪く。


「先宮君。

 あなたは病める時も、健やかなる時も――散る最後のその時まで。

 私を愛してくれますか?」

「誓う」


見上げれば満足そうな顔。

不安が消え、晴れ渡っていた。


「私も誓う。

 死がふたりを分かつとしても永遠に」


促されるままに立ち上がり誓いの口づけをした。


「ありがとう後藤、これで俺は思い残すことは……」


俺の唇を彼女が指で止めた。


「私はもう後藤じゃないよ?」


それが俺が見た最後の笑顔で、最後の涙だった。


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『諸君。

 私は心より誇りに思う』


特機の中、ヘルメット内にあるヘッドセットから司令官の声が流れている。

故郷より数万キロ。

なにもない星の海。

俺たちはそこにいた。


宇宙戦艦1500、一般機動兵器5000、特機40。

地球に残った全戦力。

視界を埋め尽くす大隊が並んでいる。

これが俺たちのありったけだ。


『君たちの勇気と地球を愛する心に、最後の礼を言わせてくれ。

 すまぬ、すまぬ』


通信が切れた。

提督、謝らないでください。

星の未来を任せました。

俺達が星の今を守りますから。


『全艦、全弾発射準備』


オペレータの声が響く。

それを合図に一斉に戦艦が動き出した。


『エネルギー兵器の砲塔が融解しても構いません。

 出力全開、全て打ち出してください』


俺たちの作戦はシンプルだ。

戦艦と一般機動兵器でできる限りの宇宙生物を殲滅し、残りを特機が対処する。

僚機がいれば援護や誤射の警戒で、特機の戦闘に支障が出る。

ならば先に散ってくる。


バカみたいな作戦だが、これが一番成功確率が高いらしい。

0.5%程の勝率といっていた。

賭けるには悪くない数字だ。


『敵射程距離に入りました。

 10秒後に一斉砲撃を開始します。

 カウントダウン開始。

 10、9、8…………0、発射』


光のない宇宙を、無数の燐光とミサイルが埋め尽くすように突き進んだ。

一部の艦は出力に耐えれなかったのか砲塔が爆発している。


遥か前方、何もない空間が破裂した。

いる、そこにやつらが。


『敵兵力20000から15000まで低下。

 素晴らしい戦果です。

 作戦を継続します』


戦艦と一般機動兵器が前進を開始した。

俺達は何も語らずその背を見送る。

広い宇宙に取り残された特機40。

レーダーを見ると、無数の敵と無数の味方。


一斉攻撃の後の作戦は更にシンプルだ。

攻撃能力のなくなった戦艦は一般機動兵器と共に敵の中央を目指す。

無論殆どの艦は道半ばで落ちるだろう。

しかし運よくたどり着いたものが、もっとも被害を及ぼす場所で自爆をする。

その身を持って、一匹でも多く道ずれにするんだ。

レーダー上の友軍が次々にロストしていく。


『轟沈700を突破。

 しかし50以上が敵部隊中央に到着。

 一般機動兵器も奮戦をしています。

 各艦点火を』


オペレータの声で全ての味方信号が消えた。

命が星となった。


『敵部隊に大打撃をあたえました。

 残数2500』


地球に残されていた全兵力を投入してもまだ足りないか。


「こちらの軍の死者は?」


最高指揮官に繰り上がった俺が聞く。


『25万人ほどです』

「正確に報告してくれ」


英雄は一人たりともまとめたり、省略していいものではない。


『253,879人です』

「ありがとう」


英霊にほんの一瞬黙祷を捧げる。

一足先にそちらでお待ち下さい。


宇宙の真ん中。

地球に帰るすべのない俺達40人。

勝っても負けても、最後は決まっていた。


逃れようのない死が、怖くて仕方がない。

それでも俺の、俺達の手には数十億の命が乗っている。

通信を部隊内へと切り替えた。


「みんな、勝つぞ。

 残されたのは俺達だけだ。

 俺達の敗北は星の敗北だ。

 次はない、今度はない、ここが最終防衛ラインだ。

 一人でいい、敵を滅ぼした後、この中の誰かが生き残っているように。

 これは命令だ。

 必ず成し遂げてくれ」


無線から、厳しい命令だなどと笑い声が漏れている。

すまない、みんな。

最後にこんな事しか言えなくて。

共に戦えたことを、俺は誇りに思う。


『安心してください。

 特機隊39名、隊長についていきます。

 散る最後のその時まで、”私達は”一緒です』


彼女の声がヘッドセットから聞こえた。

ああ、そうだな。

そうだったな。

その声が俺の怯えを消し去る。


「特機隊スタンバイ。

 目標前方宇宙生物」

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