姉人形

守崎京馬

姉人形

  友治ともはるの父は糸操り人形マリオネット作家として界隈ではそれなりに名の売れた存在であった。父の手掛ける人形は造形美の面において極めて秀でており、殊に目鼻立ちその表情の描画は秀麗なること著しく、喜楽に弾けたおもても哀怒の滲み出す形相も目二つ眉二つで皆描き出したわざは三嘆に値するとの評判であったが、その技芸の糧となったものは大学時代より数年に渡り油絵を専修していた経験が表立っては指摘される。

 友治の目にも父の産み出す人形の美しさは燦然と光だって捉えられたが、その源流には先述の単なる美術知識などという説明のみでは把捉出来ぬ特異な意思があるともまた感じており、それが事実何であるかすら薄々は心付いていたのであるが、そこに潜む情念の輪郭を正しく掴むには彼はまだ幼すぎた。

 父は世間向きには穏やかな人格者として通っていたようだがその実大変な激情家であり、家の中では罵声や暴力が光芒に乱れた影法師のように常に父の周囲を飛びめぐっているのを友治は見て育ってきた。そしてその憤激の的場には彼の娘すなわち友治の姉にあたる人物が立たされることがその家における慣習ひいては美徳とされていた。

 その姉であるが、優子ゆうこと付けられた名に従うような優しい心根の持ち主であると同時に、純白の泥土でいどの上に産まれ咲いたかと思われるほどの陰影重なる美貌が目を引く存在でもあった。わけても肌の白さは一種病的なものを孕んだまでに甚だしく、卯の花の白の白さのみを吸い出したようでさえあった。友治の生後二年を待たずして他界した母の代わりに、優子は掃除炊飯をはじめ一家の種々事を一身に引き受けており、七つ歳の離れた弟の育児も含めて、勉学の傍ら母親業じみた辛苦に追われ通しの少女時代を送る姿には、終生の薄幸を約束されたかのような哀憐を感じずにはおけないほどであった。

 そんな優子を父はよく殴った。冬の寒い日に限って奥庭に薄着のまま放り出すこともあった。父が姉を叱る理由は友治には分からなかった。ただ彼の目には、姉の白く細やかな指が冬風に蝕まれて枯れ枝のように赤黒く変色している光景だけが、幻灯機に映し出された美麗な風景にも似た哀愁をもって焼き刻まれた。

 父の人形には特異な婀娜婀娜あだあだしさがあり、たとえば目一つ抜き出して見ても、目頭の下流から目尻の上流へと巻き上がる美麗な円弧を描く吊りがちの目許めもとには、怨念にも似た色気が稲光を思わせる鋭さと春霞を思わせる淡さを同時に湛えていた。また口許にはさか向けた彼岸花めいた没落の曲線があり、表面上に描き出された面持ちがいかに喜楽の類いであっても、隠しきれぬ不幸の先触れがそこに零れて見えるのであった。

 それらの人形の悲愴美に友治が重ね合わせたものは、姉優子の姿に他ならない。姉の持つ幻に似た美しさは正しく命無き人形のそれであり、舟形の目も逆扇の口も皆姉に由縁する造形に相違ないことを、幼いながら友治は胸の内にて見抜いていた。

 さてくだんの父は友治が十四歳を迎えたその年の冬に没したわけであるが、当座には既に父の後を継ぐため彼は大陸より輸入した菩提樹と向き合う日々を送っていた。技術の面では無論のこと未だ遠いものの、父が人形造りにおいて髄としたところの顔貌の美への執念それ一点に限っては、友治も一向劣らぬ熱意を抱いていた。

 言わずもがな、友治が美の焦点に定めたものもまた優子その人である。人形を人間に限りなく近付け得るものは、極度に純化された魂の粧飾しょうしょくを置いて他には無いことを、友治は理解していた。言葉を返せば、極度に純化された人間の魂は人形のそれと弁別せられぬ白璧はくへきの輝きを携え得るということであり、それは友治にとって幼少より自ずと知られた真実であった。父が優子を日がな夜がな虐げたのはそのためであったと、その頃になっていよいよ明瞭に解されたのである。虐げられるほどに姉が美しくなっていくことを、友治は幼い頃から知っていた。

 幼少期のある真冬どきのことである。刺子の座布団に腰を下ろして暖に当たる姉の頬が、分かれ火を受けて薄桃にふっくりと火照るのを見て、友治はそこに柔らかな愛しさを見出だしたことがあった。姉もまだ歳の頃十四に至るか至らぬかの蕾上がりの時期であったが、幼い友治の目には成熟の果実に重ねられる豊かな優しさを蓄えた頬に映った。幸福の果実をたわませて、友治に微笑みかけた姉のなよやかな目のふちには、東雲しののめどきに朝影を浴びて燦爛さんらんとする白露に似た穏やかな温もりがあった。

 しかし家事の切れ目にぬくぬくと憩う姉を父は許さなかった。父は姉のかんばせに罵声と共に冷水をうちかけた。姉の頬は色を失い唇は青紫に傷み眉は軋み、目には燃えぬ炎がとろとろと揺らいだ。濡れ羽の髪は地獄をあざむく漆黒に艶めいて、姉の肢体を影もろとも包み上げた。白を通り越して桜色に滲んだ耳が水面みなもに散り敷かれたもみじ葉のようだった。水を吸い上げた衣服が細い体の直線と曲線をつまびらかに顕示し、その隙間を仄白む吐息が埋めた。小刻みに震える指先から滴り落ちた雫の一つ一つが、彼女の終生に待ち受けていたはずの幸福と結び付いて畳の底へ沈んでいった。残されたものはただ極寒にさいなまれて戦慄する一人の女の姿だけであった。幼い友治が知る限りの人の不幸をすべて身に浴びて震える姉の姿だけであった。

 そして友治は、そこに先刻の柔らかな愛しさなどと言ったものとは全く別種の、鋭くはげしくもの凄まじい観念を見捉えた。友治の生涯において二度とは訪れぬ絶頂の衝撃であった。観念の名を当時の彼はまだ知り得なかったが、あるいはそれ故になお一層神秘の情景として彼の心に映じられたものではないかと察せられる。彼自身も気付かぬまま、その神秘を追い求める人生が冷水の乱れる音と共に旗を揚げたのである。友治と『美』との邂逅かいこうであった。


 友治の造り出す人形は父のそれ以上に優子そのものの面貌を宿していた。技術の不足がかえって心の渇仰かつごうを逸脱なく描かせたためである。友治は人形を介して、遠い冬の日に覚え得た『美』という観念の表出に望み、霧雨の先の灯影ほかげのように朧であった幻想の瞬刻を今一度物質に借りて描画すべく、日夜その手を木製の小人に向けた。そうして造り上げられた人形は姉の面影をたしかに匂わせていた。しかし人形が人間に寄り迫るほどに、俗じみた醜面もまた木造の胴の内外に現れのぼり、神秘の姉からは遠ざかっていくようにも思われた。真の美を追及するためにはもはやそこに人間の姿があってはならぬとの所感に友治は至ったが、それは彼の礼讃らいさんする美の象徴は姉の姿にあり、姉がどれほど浮世離れしていようと人間に過ぎないという事実と一見相容れぬものであった。

 夢とうつつの不都合な齟齬そごは友治をいかにも悩ませた。さらに彼と美を隔てたものは、月日が促した姉の容姿並びに所作振る舞いの変容であった。と言って加齢による美の劣化などでは決してなく、むしろ世間並の審美観に照らし合わせれば彼女の美はよわいと共に増す一方であったのだが、その美は桜花おうか梅花ばいかの繚乱する春盛りに喩えられるべき華やかさをそなえた、謂わば幸福の美であった。不幸の陰影を幾重にもおし重ねたようなかつての美は父の死と共に失われ、姉は健全な、極めて健全な美に花めくようになったのであるが、これこそが友治の心に色付く幻想世界の表裏ひょうりを覆す深刻な障害であった。彼の心をうち震わせた至高の美は不幸に歪みゆく姉の心身であり、幸福に満ち足りた姿ではなかった。

 友治は姉に視線を巡らせぬようになった。彼は人形の頭に筆を入れる前には必ず瞼を閉じ、過去の姉の姿を、その凄絶なる美を追慕するようになった。彼が崇拝したものは姉ではなく美であった。それも凛列りんれつの美であった。人間が人間としてあるためのあらゆる幸福を失った末にのみ輝く究極の美であった。彼にとって美しさ以外の一切は除くべき不純物であり、憎むべき悪徳であった。

 父の死より二年後、優子は四つ歳上の銀行員の男と袂を結び、同年初子を宿したが、友治にはもはや現在の姉に対する興味執着など一欠片も残されてはいなかった。姉は折節に弟の様子を窺いに帰省したが、そのたび行き場のない憤懣が友治の胸に慎みなく立ち靡いた。今や姉は紛れもなく世俗の鶏群けいぐんに馴れた一鶏いっけいに過ぎないものとして認められた。日光に犯されたその肌は往時の清白の儚さを潜めてのどやかな飴色に浸されており、ほむらを逃したその目は冷艶かつ深甚しんじんであった眼差しの神聖さをも失い、肥えた肉は尽きしなの玉露ほどの退廃美を含んでいたかつての肢体とはまるで別種の生物のものであるかとさえ思われた。有り余る幸福が優子の類いまれなる美を奪った。もう二度とあの美しい姉の姿は見られない。その寂寞の虚しさが、美への執着心をますます鼓吹こすいした。実質的な育ての親に相当する姉への大恩に反じて彼女との関わりを避けるようになった友治は、いよいよ美への執着それすなわち幻との対峙に命の一切を投げやる覚悟であったと思われる。

 さて実像の姉との一方的な訣別の末に友治が果たして念望ねんもう叶い虚像の姉を人形のおもてに顕現させて、その美を自らのかいないだき得たかと言えば、残念ながらそれには至らなかったようである。そこにもやはり例の障害が立ち塞がり、彼に冷酷極まる現実を爪立てた跡が、他者の目にも明瞭に窺い知ることが出来る。姉の結婚から向こう三年、友治が造り上げた人形にはおしなべて安穏の風情が見受けられる。草花を慈しむような目、小唄を口遊ぶようにまろやかな唇、笑みを内側に含んだ頬。人形のかしらに導かれる表情のどれもが、幸福の盛りを描き入れたようとしか思えないほどに安らかである。なべては好意的に捉えられるであろうこれらの造形は、しかし友治にとっては打ち壊すべき卑賤ひせんの愚作に他ならず、生計を立てるために売り捌いた幾体かの他は皆廃棄してしまったようであるが、この廃棄の手法が尋常一様ではなく、その点を窺うだけでも彼の美への執着ひいてはそれと一対となる不美への憎悪が確かめられる。

 その手法であるが、まず頭と胴をのこで分断し、胴からは手足四本を根より千切り取り、頭の方は小刀と木槌を用いて、目、鼻、口、耳、いずれも跡形も残らぬよう削り落とし、頬と顎の湾曲もまた同様に切削して、顔と胴をそれぞれ一個の意義も訳柄も道義もない無情の木塊とした上で、火にくぐらせて傷だらけの木肌を丹念に焼き落とし、かつて人形であった面影の一つも奪われて炭と化した物体を最後には自宅の奥庭の土に埋めたのである。友治の埋めたものが不要になった売れ残りの人形それそのものだけではなく、むしろそれに付随する美への欲求と美を放擲ほうてきした姉への憤怒こそが主体であったことは想像に難くない。

 これほどまでに安穏造りの人形を憎みながら、三年にも渡りその誤謬ごびゅうの渦に身を巻かれて愚作を量産した訳もまた明白であろう。すなわち彼は表層の上では現実の姉に背反し一頃ひところの姉の胡蝶の美のみを崇拝し続けたが、表層の下ではなおも現実の姉に支配されていたのである。終生の不幸を約束されたはずの姉が運命に打ち勝ち幸福を知りふくよかな日々を送るほどに、姉の不幸をのみ愛した友治は鏡面に割れた月影のように心を崩していった。自らを呪縛せしむる現在の姉の不美が、過去の姉の神々しいばかりの美と底知れぬ協和を奏でていることに、友治はおそらく心付いていたであろう。そしてまさったのは不美であった。不美は美よりも現実にあった。友治がいかに美に執心しようとも、彼の指先はより確かな存在である不美の方へと流れていった。その流れを宿命と呼ぶのであれば、彼はその宿命に逆らうすべを持たぬ憐れな糸操り人形マリオネットに等しい存在であった。美への執着に命をなげうった友治の一代はかくして無惨に散りゆくかに思われた。

 しかし三年目の秋に姉弟を取り巻く環境は急転した。優子の一人娘が数え三つにして夭折したのである。入浴時の溺死であった。優子が自らの髪を洗う際に娘への注意を失した数分の出来事であったと言うが、母として人として彼女の絶望と自責の念がいかほどであったかは記すべきにもない。

 葬儀の場において優子と友治はおよそ一年ぶりに顔を合わせることとなったが、過去に幽閉されたきりであった友治の精神がこの時幾年ぶりに鳴り広がる鐘声しょうせいを聞いた。姉の頬の膨らみは削げ落ち肌は病がちな白さを復し、血の色を走らせた目の先の睫毛には始終悲しみが白銀のように閃いていた。友治の顔を見て物憂げに微笑んだ姉の背後には、冷水を浴びて絶望に震えていたあの冬の日の姉の幻が形を現していた。かつて失われた悲歎ゆえの美が、今一度彼女の器に合一を許し、長きに渡り断絶されていた過去と現在とが再び交わろうとしていたのである。

 友治の胸は喩えようもない狂熱に弾んだ。半ば諦めかけていた『真の美』との再会は、彼に瞬間的な感動と未来への光明を同時に授け、かねて追い求めた幻影の正しさをさえ了知させた。その日を境に友治の産み出す人形からは安穏至福の色が全く消え去り、代わりに父の作を彷彿とさせる婀娜を孕み、あるいはたえなる艶麗えんれいの風情を、あるいは真愛まかなしきたおやかさを、いずれも薄幸の約束を根底としてその顔の上に芽吹かせた。日すがら人形造りに没頭し、傷んだ目を閉じればそこには姉の憂き顔が浮かび、眠りに落ちればまた姉の睫毛に滴る愛憐あいれんを訪ねる日々の中で、友治の心中ではしかし、知らぬ間に根を張っていた一つのわだかまりが日毎に頭をもたげだしていた。

 葬儀の日、白糸のような涙を瞼の内側でせき止めて気丈に徹していた姉の肩を優しく撫でる手があった。無論それは彼女の夫の手であるが、その手が留めたものは外面上の涙だけでなく、彼女の千切れ飛ぶ間際の精神の糸をもまた繋ぎ止めていたのではあるまいか。もしもその手が姉の肩を離れたなら――友治の頭の中にきざした酷薄こくはくにして麗しき光景は、薄がかりの色彩を宿した映像として彼の官能を揺さぶりながら朝夕問わず反復した。

 その映像とはこうである。舞い遊ぶ雪片ゆきひらの如く真白き肌を携えた一体の糸操り人形マリオネットが、友治の腕に抱かれている。人形は虚ろにして妖艶な瞳を霜に濡らして、届き得ぬ明日の景色を罪深く見つめている。口許のべには自らの歯で唇をなぶった代償の血の跡のようにあかあかと悩ましい。人形は命無き白と燃えたぎる赤とだけでよそおわれている。友治は人形を抱いた腕に力を込める。人形はぎしぎしと軋む。なお力を込める。ひびが入る。そこで友治は手を離す。人形は落ちていく。友治は操り糸を掴む。掴んだ瞬間、糸はぷつりと切断される。人形は落ちていく。人形は落ちていく。

 葬儀からおよそ半年後、友治は妻子の無い自分の身辺にまつわる相談をしたいと持ちかけて、姉の夫を呼び出し二人きりで対する機会を得た。

 数日後、葬儀は再び開かれた。不運にも山で道を脱して転落した夫のむくろを、優子はまたしても涙を見せず気丈に見送った。彼女の肩を撫でたのは、友治の手だった。


 未亡人となった優子は故郷に帰り再び友治と姉弟二人での生活を始めたが、白百合のような彼女の微笑みが古宿を色付けたのは初めの一月ひとつきばかりのことであった。弟に心配をかけまいと空意地を張る姉の面化粧おもげしょうは一夜毎に剥がれ落ちて、その下のけがれ無き悲しみを湛えた白肌が新月へと向かうように命の色を薄めていったが、月の盈虚えいきょと決定的に異なるのはその色が再び幸福に灯ることは決してなかったという点である。沈みゆく姉の神経の糸を崖際で捉えたのは友治であった。しかしその糸をときに微細にときに果断に緩めることで姉を崖底への転落にじさせたのもまた友治であった。

 ある朝目覚めたばかりの優子を痛烈な感覚が襲った。右 のてのひらに痺れるような痛みを感じて確かめると、そこは檜皮ひわだのように黄みがかった茶褐色に変色していた。内から涌き出した肉のひだが掌の中心より外面へ向けて無数の白濁した斑紋はんもんと共にさらけ出されていた。優子にとっては何の覚えも無い傷痕であったために俄病にわかやまいかと案じたが、それは夜更けに眠る姉の掌に友治が塗り付けた硝酸による作用であった。

 そうとも知らぬ姉は箸を持つにも筆を取るにも風呂で我が身を清めるにも窮した末に、その扶助を自ら申し出た友治に腕を預けて、不自由な右手の代替として彼の体を借りた。食事の際には左手で事足りると本人は主張したが友治の方がそれを制して、米の一摘まみ豆の一粒が逐一彼の箸により姉の口へと届けられるようになった。また洗顔においては友治の指が姉の眉根から目縁まぶちへそして鼻梁びりょうを通って唇の端へとはすに落ちそこから頬の小丘しょうきゅうへと這いずり上がり、最後は頬骨の辺りから名残惜しげに離れていくという一連の動作が繰り返された。

 美しい姉の手を酸で焼いてまでこれらの機会を作り上げた友治の動機として推量されるものは、一つには人形造りにおける美醜の軋轢あつれきの打破を求めてであろうか。姉の絶美の再誕は、彼の求めた美が過去の影沼に沈み現実との調和をもはや放棄しようとしていた矢先の出来事であったから、理想と現実を再度編み合わせるためには、現実を肌身で捉えて理解することと、理想を手繰り寄せて現実に迎合させることの両方が必要だったのではないか。意図的に姉に傷を付けるという行為とその後の二人羽織じみた寝食は、その意味で彼の人形造りの美観を整える役務えきむを果たしたと言えそうである。

 そしてまた一つには、より欲望的な、美への渴求かっきゅうとも言うべき意思が友治にこれらの行動を取らせたとも考えられ、むしろそちらの方が彼の血脈を荒々しく流れた感情の本流だったのではあるまいか。彼にとって無上の美とされたものは幼年期の姉の姿であったことは再三述べたとおりであるが、それは時の流れにさらわれて二度とは戻らぬ夢の底の光景であった。しかし今、その美が友治の眼前に現実の形を持って現れたことは、彼に次なる欲求を抱かせる引き金となった。すなわち、決して触れられぬ天上の美が、その気になれば触れられる地上の美に変じたことに、彼の本能はあらがう当ても無く熱を弾けさせたのであろう。美に触れること、美を匂うこと、美と抱き合うこと、それらの欲望が全く新たに友治を刺激した。

 友治は毎夜姉に紅茶を飲ませた。単なる美味の嗜好品としてではなく、息災を助けるとの附言ふげんを用いてこれに意義を持たせ、姉の右手に代わり友治の両手が彼女の柘榴ざくろ色の唇を開いてゆっくりとゆっくりと紅茶を注ぎ込んでいった。中には眠剤が溶かされており、しるしあって姉は夜半を寝通すのであったが、その間に友治の影は彼女の細い首を幾度も幾度も絞めて緩めてその息を弄んだ。首に巻かれた手が離されてようやく呼吸の落ち着いた頃合いに、友治は再び姉の喉首を抱き締めていたぶった。彼は夜通しこの悦楽に興じたが、姉は苦しみながらも薬のためか朝方まで目覚めることはなかった。静かに寝入りながらも呼吸を求めて舌を上下させる彼女の顔に、友治は幼少期の水濡れの姉を見た際の絶頂の衝撃ともまた異なる喜悦に満ちた感激を知り、闇夜の中で一人きり声を殺して咽び泣くのであった。それは『支配』の悦びだった。圧倒的な美を額縁に入れた絵画のようにただ眺めるだけの対象としてではなく、そして無意味に肌と肌とを触れ合わせるだけの他愛ない接触でもなく、糸を手繰り自らで支配するという至上の悦びであった。

 うつつと地続きの悪夢にうなされた夜を越え、朝明けと共に目覚めると、優子は喉に鈍い痛みこそ感じ取るものの、夜間に弟により行われた行為の仔細など知る由も無く、ただ身体的な不調だけを訳も分からぬままに募らせていった。姉は日中もふらふらと足取り怪しく眩むようになり、その姿は幸福を探して霧の迷宮へと迷い込みしかし見出だせずに絶望しながら徘徊する天使のようであった。そしてこの不調は、友治にとっても予期されずにいた副次的な障害をも産み出すに至った。家の上階と下階を結ぶ急勾配の階段を踏み外した姉は悲鳴と共に滑落し、左脚の骨を折り右脚も捻挫する痛ましい怪我を負ったのである。

 無論、この怪我は友治にとっては希求のほかの僥倖であった。家の中の小幅な移動すら一人では困難となった姉を友治は抱き連れて歩いた。背に負うこともあれば胸に抱えることもあったが、その際密着した姉の肩の突起や胸の流線や腰の窪みや脚の柔靱じゅうじんは、どれも友治に美というものの本質を教授してくれるかのようであった。

 さてこの時分の姉は手足共に不自由な上に呼吸にも障害があり慢性的な睡眠不足も抱えていたわけであるが、心優しい彼女をそれ以上に苦しめたものは弟に対する負い目であったろう。友治の欲を知らぬ姉の目には、自分の世話に日夜追われる弟が不憫でならず、娘と夫に次いで彼もまた不幸を背負わされた身に見受けられたのではないだろうか。早年に亡くした父母も含めて、自分と結び合う身内が次々と不幸の波浪はろうに溺れゆくさまを優子はいかな心緒で眺めていただろうか。

 日一日と苦しみを深めていく姉の憂惧ゆうぐをよそに、友治の産み出す人形の美しさは今が正に盛りの時を迎えていた。白塗りのはだえには雪残りの早春を思わせる薄桃色がほんのりとさし覗いて、命無き人形とは思えぬほどの色香を仄めかせていた。肌の上には麗しき眉が墨色の影を引いて、その影がもたらす遠近の幻像がはな上がりの目尻をより一層なまめかしく強調させていた。しおらしく結ばれた口許は鮮やかなべににより情炎と冷厳とが同時にい付けられて、言葉を発せぬ人形の口がしかし、森羅の言葉の枚挙よりも確かな力強さを持って『美の幸福』と『美の不幸』とを物語っていた。

 姉を模した人形の数々は次第に生命を得たように色付いていった。対して姉は心身の疲労と絶望が極限に達し、次第に生命の色を失っていった。姉の虚ろな瞳には生来約束された不幸だけが克明に映し出されていた。


 冬の日であった。空に氷の瓦を敷き詰めたような極寒の日であった。氷雨の降り続く音に窓も屋根も悲鳴を上げていた。

 姉は重ねた毛布の内に体を入れて寒さを凌いでいるようだったが、その目は相も変わらず現実の物質の一切を拒絶したように虚ろな色合いにくすんでおり、唇は小刻みに震えていた。赤みを帯びた白肌からは今にも血が泉の如く湧き出してきそうに見えた。

 そんな姉の姿を見た友治の心臓は矢庭に拍動を速めた。

 そこには美があった。繰り返し繰り返す煩悶と執着の只中で友治が生涯追い続けた美があった。荒れ狂う氷雨の音色が彼の歓喜を一層奮い立てた。すべての希望を失った姉の美しさは最早過去の姉のそれを遥かに凌駕していたが、しかし一つだけ、真の美すなわち完璧な不幸には足りないものがあった。その不足を補うため、友治は姉の前に立った。姉は色の無い瞳で友治を見上げた。その瞳を目掛けて、友治は冷水をうちかけた。姉は声一つ上げなかった。ただ、静かに震えていた。静かに絶望していた。姉の白い肌は自らの白に呑まれて虚空に消えゆく霞のようであった。

 友治は姉を抱き締めた。その肌を、その髪を、その頬を、その口を、その腕を、その脚を、その色を、その香りを、その柔らかさを、その冷たさを、その不幸を、そしてその美を、永遠の慈愛をもって抱き締めた。


 その冬、友治の生涯における最高傑作と言うべき完璧な美を携えた一体の糸操り人形マリオネットを彼は造り上げた。

 友治は人形に名を付けるようなことは過去にしなかったが、この一体に限り彼自ら名を授けた。

 もちろん、『優子』という名である。

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姉人形 守崎京馬 @siraumenoka

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