第7話:家電量販店にて、おっさんは文明に圧倒される

新宿ゲート。

かつての俺の自宅があった場所にして、現在は世界最凶の魔窟。

そこに居座ることに決めた俺だったが、一つ重大な問題にぶち当たっていた。


「……暗い。おまけに、飯を冷やす冷蔵庫もなければ、昨日の野球の結果を見るテレビもない」


ダンジョンの第一階層、俺の「自室」として再定義された空間で、俺は腕を組んで唸った。

魔物を追い払って布団を敷いたまでは良かったが、文明的な生活を送るにはあまりにも設備が原始的すぎる。

二十年前、俺が迷い込む前のアパートには、小さいながらも冷蔵庫があったし、レンジもあった。


「佐藤さん、まだそこにいるんですか!? 早く出てきてください、ギルドの偉い人たちが泡を吹いて倒れてるんですよ!」


大穴の上から、エレナの拡声器を通した声が降ってくる。

俺はひょいと壁を蹴り、数回の跳躍で地上の検問所へと戻った。


「よう、お嬢ちゃん。ちょうどいいところに。この辺で一番大きい家電屋はどこだ?」


「……は? 家電屋?」


エレナは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見た。

周囲の兵士たちも、伝説の魔物を屠った男が放った第一声が「家電屋」だったことに困惑している。


「ああ。せっかく家を取り戻したんだ、生活家電を揃えないとな。今の時代、やっぱり全自動洗濯機とかあるんだろ?」


「あ、ありますけど……。佐藤さん、あそこはダンジョンなんですよ? 電気も通っていなければ、水道だって……」


「そんなもん、なんとかなるだろ。それより、案内してくれ。俺は今、冷たい麦茶が飲みたくて仕方ないんだ」


俺の強引なペースに押し切られ、エレナは再び車を出した。

向かった先は、新宿駅の近くにある巨大な家電量販店。

二十年前にもあったチェーン店だが、ビル全体が発光しているような派手な外観に進化していた。


「……なんだこれ。店の中に魔法陣が浮いてるぞ」


「今の家電は『魔導回路』が主流なんです。コンセントに繋ぐタイプもありますが、高性能なものは大気中の魔力を吸って動くんですよ」


店内に入ると、俺は完全に浦島太郎状態になった。

薄さ数ミリの巨大なテレビ、勝手に喋り出す冷蔵庫、床を這い回る円盤状の掃除機。

二十年前の俺が見たら、未来人の秘密基地に迷い込んだと錯覚しただろう。


「いらっしゃいませ! 何かお探しでしょうか!」


若い店員が爽やかな笑顔で寄ってきた。

俺は黒いスーツをビシッと決め、整えられた髭をさすりながら言った。


「一番デカい冷蔵庫と、一番いいテレビ、それから洗濯機と電子レンジをくれ。あ、あとエアコンもだ」


「お、男前な買い方ですね! かしこまりました! それではこちらの最新型『マナ・フロー・シリーズ』はいかがでしょう。音声認識完備、魔力効率は世界最高ランクです!」


店員の説明を聞きながら、俺は適当に頷いた。

正直、機能が多すぎて半分も分からん。

ただ、一番高いやつを買っておけば間違いないだろう。

支払いは、さっきダンジョンで拾った宝箱の中身をエレナに換金してもらった金がある。

どうやら、あの鎧武者が持っていたメダルは、一枚で家が建つほどの価値があったらしい。


「よし、全部買う。支払いはこれで頼む」


俺がギルド発行の「判定不能」カードを差し出すと、店員の顔色が劇的に変わった。

レジの奥から店長らしき男が飛び出してきて、五つ指を揃えて礼をしてくる。


「こ、これは失礼いたしました! 特級探索者様でいらっしゃいましたか! 即刻、配送の手配をさせていただきます! ご住所はどちらでしょうか?」


「ああ、配送か。新宿三丁目の……えーっと、あの黒い塔の中だ。一番下の階層まで運んでくれ」


店員のペンが止まった。

店内の空気が、急速に冷却魔法をかけられたように凍りつく。


「……はい? 今、なんとおっしゃいましたか?」


「だから、新宿ゲートの第一階層だ。俺の部屋があるから、そこに設置してくれ」


店長と店員が、顔を見合わせた。

その目は「このおっさん、頭がイカれてるのか?」と言いたげだったが、俺のカードと隣にいる有名人(エレナ)を見て、必死に言葉を選んでいる。


「そ、その……。お客様、大変申し訳ございませんが、新宿ゲート内部への配送は、弊社の規約上、死域指定区域となっておりまして……。保険も適用外ですし、そもそも配送スタッフが辿り着けません……」


「なんだ、ダメなのか。不便な時代だな」


俺は溜息をついた。

魔法が発達したっていうから、どこでも届けてくれるのかと思ったんだが。

仕方ない。


「じゃあ、全部ここに並べてくれ。俺が自分で持っていく」


「……え?」


店長が呆気に取られている間に、俺は購入した家電の山を店の入り口まで出させた。

巨大な冷蔵庫、七十インチのテレビ、ドラム式洗濯機、エアコンの室内機と室外機。

それらが詰め込まれた大量の段ボール箱。

普通なら、大型トラックが二台は必要な量だ。


「佐藤さん、まさか……」


エレナが嫌な予感を察知したように一歩下がった。


「なに、ちょっとした筋トレだよ」


俺は家電の山を一箇所にまとめると、持参したダンジョン産の頑丈な蔦で一気に縛り上げた。

そして、その巨大な荷物の山を、ひょいと背負い上げた。


「……よっと。意外と軽いな。最近の家電は軽量化が進んでるんだな」


総重量、おそらく数トン。

だが、二十年間の地獄で、自分の体重の数十倍ある魔物の死骸を担いで歩いていた俺にとって、この程度の重さは綿菓子を背負っているのと大差ない。


「う、浮いてる……。足元のアスファルトが沈んでない……!?」


店長が悲鳴を上げた。

俺は「縮地」の応用で、重みを地面に直接伝えないように歩法を調整している。

これを使わないと、歩くたびに道路が陥没してしまうからな。


「じゃあな、店員さん。いい買い物ができたよ」


俺は山のような家電を背負ったまま、銀座の歩行者天国をスタスタと歩き出した。

周囲の通行人たちが、まるで動くビルを見ているような顔で避けていく。

後ろから「待ってください! 恥ずかしいから、せめて私が魔法で浮かしますから!」というエレナの叫び声が聞こえたが、俺は無視して新宿へと向かった。


新宿ゲートの検問所に到着すると、兵士たちが銃を落として呆然としていた。

俺は彼らに軽く会釈し、そのまま奈落の穴へと飛び込んだ。


「ほいよっと」


ドォォォォンッ!


数百メートル下の地面に、家電の山を背負ったまま着地する。

衝撃で第一階層全体が少し揺れたが、中身はクッション魔法の梱包材で守られているから大丈夫だろう。


「さて、設置するか」


俺は鼻歌混じりに段ボールを解体し始めた。

だが、ここで第二の問題が発生した。

エレナが言っていた通り、この部屋にはコンセントがない。


「そういえば、魔力で動くとか言ってたな……。えーっと、説明書には……『外部魔力供給源に接続してください』か」


俺は部屋の隅に転がっていた、さっきの鎧武者の魔石を拾い上げた。

禍々しい黒い光を放つ、特級の魔力塊だ。


「これに触れさせればいいのか?」


俺は電子レンジのコードを、魔石に直接突き刺した。

普通なら魔力が暴走して爆発するような荒業だが、俺が少しだけ「気」を流して魔力の流れを整えてやると、魔石はシュンと大人しくなり、純粋なエネルギーを供給し始めた。


ピッ、という電子音。


液晶画面に『温めを開始します』という文字が浮かぶ。


「おおっ! 動いたぞ! 凄いな、今の家電は!」


俺は感動して、適当に拾った魔物の肉(さっきのケルベロスの残骸)をレンジに入れてボタンを押した。

数分後、チンという音とともに、程よく熱の通った肉が出来上がる。


「……美味い。温かい飯が食える。これだよ、これこそが人間らしい生活だ」


俺は暗い回廊の中で、煌々と光る大型テレビをつけ、最新の冷蔵庫から冷えた麦茶(道中で買っておいた)を取り出して喉を鳴らした。


「……佐藤さん。あなた、本当にめちゃくちゃです」


大穴を降りてきたエレナが、魔石に直結された家電群を見て、力なく膝をついた。

その背後では、ギルドの調査員たちが「歴史的な大発見(デス・ナイトの魔石)が、ただのバッテリーにされている……」と涙を流していたが、俺の知ったことではない。


こうして、俺のダンジョン・スローライフは、急速に文明の光を取り入れ始めた。

だが、その平穏は長くは続かない。

俺が家電を買い占めたという噂、そして新宿ゲートに「主」が現れたという情報が、世界中の探索者たちを刺激し始めていた。


「次はルンバっていうやつを買わないとな。この部屋、埃が多いんだ」


俺はテレビを見ながら、満足げに呟いた。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき

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