【短編版】出稼ぎ令嬢が騎士団長のお弁当係になった訳

彩瀬あいり

その1


 時刻は昼を過ぎたところ。場所は王宮の外れにある備品室。

 エルーシャが大口を開けてサンドイッチにかぶりついたとき、床を軋ませる足音が聞こえた。

 音の方向へ顔を向けると、そこには騎士団の制服を着た男が立っており、ものすごい形相でこちらを見ている。


 たしかこの方は、若くして団長に昇格したフランシス・ナタール。御年二十五歳、独身。

 伯爵である親のコネを使わずに入団し、地方の下っ端団体からのし上がってきた叩き上げの騎士。

 名ばかりの坊ちゃん団長が多いなか、ひさしぶりに実力派の団長が就任したと、使用人たちのあいだでもっぱらの噂となっている。


 話題の内容はそれだけではなく、彼の容姿がとても素晴らしく美しいことも、噂が駆け巡る要因のひとつだろう。

 武よりは芸事が似合いそうな美男子。

 艶やかな金の髪。宝石を嵌め込んだような碧眼。憂いを帯びた眼差しを向けられた令嬢たちを軒並み失神させた殺人兵器だとか。

 伯爵家の次男で美丈夫でありながら、女性の影はない。

 未婚の令嬢たちが騒ぐのも当然といえた。


 ごくり。咥内に入っているパンとハムを咀嚼して飲み込む。

 そしておもむろに二口目にとりかかったエルーシャに対し、フランシスはくちを開いた。


「いや喰うのか」

「昼食なので」

「こんな場所で?」

「他に思いつかなかったものですから」


 フランシスが不審がるのも無理はなかった。飲食にはまったく向いていない場所である。

 そんなところでメイド服を着た女が、およそ淑女らしからぬ仕草で食事をとっているとなれば、あやしいことこのうえない。


 しかしエルーシャにだって言い分はあった。お行儀はよろしくないけれど、時間節約のため、食べながら事情を説明する。


 エルーシャは地方から出稼ぎに来ている貧乏男爵令嬢。弟の学費を稼ぐために王宮メイドとして働いている、十八歳の勤労子女だ。他の貴族令嬢のように、行儀見習いやら箔付けのためだとかで就労しているのとは訳が違う。


 とはいえ貴族としての体面もあるので、そんなことは表立っては言えない。たとえなんとなく察せられているとしても、本人が明言しないかぎり、それは正ではないのだ。

 仕送りのために節約しているエルーシャは、王宮の食堂を利用することができない。

 あそこは王宮職員向けに開かれているので、価格がお財布に優しくないのである。たまの贅沢ならばともかく、日常的な利用には向いていなかった。


 そのため持参して食べている。食堂のメニューを食べるわけではないので、そこの席に座るわけにもいかず、さりとて第三者の前で粗末な自作ランチボックスを広げるわけにもいかない。

 人目を忍んで食べられる場所を模索した結果、滅多にひとが訪れないここに行き当たったというわけである。



「――なるほど、理解はした」

「わたしの行為は咎められますか?」

「いや、処罰の対象にはならんだろうが、しかし」

「そういえば団長さんはどうしてここに?」


 誰も来ないと思って利用していた場所である。王宮でも端にあり、用事がなければ足を向けることもないはずのここに、なぜ騎士団長がやってきたのだろう。

 エルーシャの問いに、フランシスは狼狽した。目が泳いでいる。


「パ、パトロールだ。普段、誰も来ないような場所であっても、火が出ないともかぎらんからな」

「そういえば」

「そ、そういえば?」

「はい。以前、簡易コンロを見つけたことがあるんです。翌日来たときにはなくなっていたので、気のせいだったのかな? って思ったんですが、あれはつまり誰かが火を使っていたということでしょうか」

「そのことを、誰かに言ったか?」

「いえ、伝えておりません」


 なにしろエルーシャとしても、隠れてこっそりの行動だ。普段誰も使用しない部屋に火気器具があると報告して、「なぜおまえはそこに行ったんだ」と問われたら、返事に困る。だから誰にも言わなかった。気のせいだったということにした。

 しかし王宮の治安を守るのも騎士団の仕事。そのおさに知られてしまっては、もう言い逃れできない。

 観念して罰を受けようと考えたエルーシャの耳に、「よかった、まだバレてなかった」という声が届いた。


 ここにいるのはふたりだけ。

 エルーシャではないということは、声の主は。


「バレてなかったって、どういうこと? あれを置いたのは団長さんだったんですか?」


 ぎくりと、非常にわかりやすく動転したフランシスに、エルーシャの脳内に「助かった」の声が木霊する。

 どうやらこの団長殿には、後ろ暗い事情があるらしい。よもや火を放とうとしていたわけではないだろうが、コンロを用いたなにかをしていたことは明白。それも誰にも知らぬように。


 考えてみれば、この備品室。倉庫のわりには机や椅子があり、ちょっとした休憩スペースに最適である。だからこそ、「ここで食べよう」と思ったわけだが、エルーシャがそう感じたように、他の誰かが同じことを考えたとしても不思議ではないのだ。


「つまり団長さんもお仲間だったということですね」


 問いかけではなく、断定で言い切ったエルーシャの弁に、言い逃れは不可能と考えたか、フランシスはくぐもった声で同意した。


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