ココロのタマゴ
つきみゆづ(旧・ゆづっこ)
本当の気持ち
「はあ……」
公園のベンチ、ぽかぽかの陽気は眠気と不安を運んでくる。
『先生、どうでしょう?ここら辺で新しいジャンルに挑戦してみませんか?』
『え?新しいジャンル??』
『はい!先生の作風でしたら…現代ドラマとかどうでしょうか?』
『いや…現代ドラマと言っても、ずっとホラー作家だったですし…。』
『でも、先生の心理描写だったらいけると思うんですよね~。また決まったら連絡ください!とりあえず時間はありますので!』
弱った…。
背もたれに体を預ける。
悪夢を見やすい体質を生かしてホラーを書いてたのに…
これから悪夢とどうやって向き合っていけばいいのよ。
悪夢と表裏一体。
子供の頃からそうだった。
何でそんな体質なのかは私にもわからない。
別に親と不仲とかだったわけではないし、人間関係は苦手だけど、なんか苦い思い出があったわけでもない。
そういえばーー私の悪夢の体質って…
*
『ぐすっ…ぐすっ…』
子供だった私は悪夢に泣かされていた。
お父さんもお母さんもいつも私を慰めてくれた。
どんなに真夜中でも嫌がったり鬱陶しがったりしなかった。
そうして私は安心して眠れることが出来た。
体質と知ったのは、小学生の夏休みにおばあちゃんの家に泊まった時。
昼寝の夢がまた最悪で、
私はオンボロ屋敷に閉じ込められていた。
屋敷には得体の知れない物が隠れていて、私をこっそりとつけ回しているのだ。
本棚?キッチン?あるいは……?
逃げ場のない屋敷。
怖くて目が覚めた。
必死でお父さんとお母さんを探した…安心できる手と声を求めた。
でも、運悪く両親は買い物に出掛けていた。
私はその場でわんわん泣いた。
そんな時にちょうど畑から帰ってきたおばあちゃんが私の元に駆け寄ってきてくれた。
『大丈夫かー!?どうした!?転んだのか!?』
『ううん…ひく…ちがうの…怖い夢みたの…』
『…そうか…怖かったな…、ごめんなー、1人にさせて。』
おばあちゃんのしわしわなのに優しい手。
私は安心するとまた泣いてしまった。
しばらくして、落ち着いた私におばあちゃんは
『いおりはいつも怖い夢を見てるのか?』
『う、うん…毎日…でもお父さんとお母さんがいつも大丈夫だよって言ってくれるの。』
『…そうか……いおり、実はおばあちゃんもな、いおりと同じで怖い夢を毎日見るんだ。』
『えっ!!!!おばあちゃんも!!!?』
衝撃だった。
私だけじゃなかったの!?って。
『…今もみてるの?』
『うん、見てるよ。』
『…怖くないの?おばあちゃん、ひとりぼっちなのに…悲しいよ。』
思えばおばあちゃんに失礼な話だなと考える。
でも、子供の私はおじいちゃんがいなくなった1人のおばあちゃんか心配で仕方なかったのだ。
『ふふ、いおりは優しいね。確かに怖い時はあるね…でも、そんな時は違う風に考えてみるの。』
『ちがう……ふう??』
『そう、きっと怖い夢さんはおばあちゃんを危ないことから守ってくれたんだ!ってね。』
『えー!何それ!?』
子供の私は
悪夢は怖いもの。
現実でも怖いことが起こってしまうんじゃないか?
という不安があった。だから、おばあちゃんの話は信じられなかった。
『これはね、私のおばあちゃんが教えてくれたの。うちはね、悪夢を他の子よりも見やすいおうちなんだって。
でもそのおかげで、
起きてる時の嫌なことは怖い夢さんが守ってくれてるんだよ。
ってね。』
『そうなの…?なんか信じられないな…。』
暖かい言葉…だったけど、子供の私は信じられなかった。
『そうよね、おばあちゃんも信じられなかった。でもね…うーん…ちょっと待ってて』
おばあちゃんは寝室の棚から持ってきたのは…
ぬいぐるみ…??
それは少しだけ古い獏のぬいぐるみだった。
ところどころにツギハギがあって、顔は優しく微笑んでいて、どこかおばあちゃんに似ていた。
『この子はね、おばあちゃんがいおりぐらいの年齢の時に、コウノトリさんが運んできてくれたの。
いおりは知ってる?この町のコウノトリさんのこと。』
『うん、確か…たまごを運んできてくれるんだよね!』
『そう!そしてその卵を育てるとぬいぐるみが孵る…でもコウノトリさんが運んでくれるのは、いつかはわからない、その人が本当に大事な時に来る。』
『おばあちゃんはそれがいおりぐらいの年齢の時だったんだよね。』
そう言って、おばあちゃんは私の頭を撫でてくれた。
優しい手…、お父さんとお母さんと同じ。
『へー…!おばあちゃんは卵をどうやって育てたの?そしてどうなったの??教えて!』
『ふふ、いいよ。』
おばあちゃんはゆっくり呼吸をして話し始めた
『おばあちゃんはね、卵と一緒に寝たの。
そうすると悪夢を見て、怖くても…1人じゃないよって卵が言ってくれる気がして、自然と怖くなくなったの。』
『その後も、磨いてあげたり、話したり…
そうして、一年…卵からこの獏ちゃんが孵ったのよ。』
今考えるとすごくおばあちゃんらしい育て方だと思う。
そっと寄り添ってくれるような…そんな感覚。
『獏ちゃんが生まれた時、本当に嬉しかった。
姉弟が増えたような気がして…
それからも獏ちゃんと一緒に過ごしたの。
寝るときとご飯の時もずっと一緒だった。』
あの時のおばあちゃんは慈愛の眼差しをしていた。
獏ちゃんと思い出は、おばあちゃんにとって自分の分身のような気持ちだったんだろうな。
『そして、ふと気づいたの。
私が悪夢を見た日は獏ちゃんが少しだけ大きくなってた。』
『え!何で!?どうして大きくなるの!?』
好奇心の塊だった子供時代。
あの頃の情熱、どこ行ったのかな…。
『おばあちゃんも不思議だった。どうして?って。そう思ってるうちに、だんだん綿がはみ出してね
……。
おばあちゃんのお母さんが繕ってくれてたんだけど、それでも足りなくてね。』
おばあちゃんのお母さんがあのツギハギを作ってたんだよね。
『ある時ね、思いきって綿を替えてみたの。
そしたら…真っ黒な綿が出てきたの!!』
『えー!!!怖い!!!』
だって、黒い綿だからね…。
驚くなって方が無理よ。
『びっくりして、急いでお母さんと捨てたの。
それで白い綿に入れ換えたわ。
忘れたくても忘れられなかったの…。』
そりゃそうだよね。
誰だってそんなもの見たらね。
『その後も綿が黒くなっては取り替えて…を繰り返したの。
もう、どうすればいいかわかんなかった。
獏ちゃんがボロボロになってる気がして、辛くてね。
だからお布団で獏ちゃんを抱きしめて泣いたの。』
おばあちゃん、獏ちゃんのことも家族として、
見てたんだね。
『でもね、その時見た夢がね…おばあちゃんの考えを変えてくれたの。』
『そうなの?獏ちゃん、どうなったの??』
『………獏ちゃんが夢に出てきたの。
怖いことは僕が食べてるんだよ。だから綿が黒くなるんだ、怖い思いさせてごめんね。
でも僕は君を守るからね。
そう優しく言ってくれたの。』
子供の頃は純粋に獏ちゃんの優しさに感激してたな。
でもたぶん…おばあちゃんは私を慰めるためにそんなことを言ってくれた。
そう思ってる。
『ただの夢だったかもしれない。でもおばあちゃんにはね、獏ちゃんが嘘をついてるように見えなくてね…。
それ以降、おばあちゃんは獏ちゃんをより大切にしたの。
いつも守ってくれてありがとう。獏ちゃんが守ってくれてるから、私は危ない目にあわないんだね。
ってね。』
『そうだったんだ…獏ちゃん、ありがとう。おばあちゃんを守ってくれて。』
…何であの時はあんなに純粋だったんだろ。
でも、おばあちゃんのあの目は…嘘をついてる目じゃなかった。
『ふふ、ありがとうって。』
『えへへ、ねえ、おばあちゃん。私にもそんな時が来るかな?』
『来るさ!きっとね。』
*
あれ以降、私はおばあちゃんの獏ちゃんの話を信じた。
でもコウノトリはなかなか来なかった。
そして、私が中学に上がってすぐにおばあちゃんは死んじゃった。
獏ちゃんも一緒に棺桶に入れられて、燃やされた。
その頃には獏ちゃんの話はおばあちゃんが私を慰めるために言ったことなんだと考えるようになった。
ー高校時代も相変わらず悪夢にうなされた私。
高校の文芸部の友達に悪夢の話をしたら
『それを本にしてみたら!?』
目から鱗だった。
それ以降、私は悪夢をメモして、執筆に勤しんだ。
そうして入賞したのが
【古代城の迷宮】
殺人鬼の潜む城の夢を見た時に書いた小説。
賞を貰った私はそこから作家としてデビューした。
ーーそして今。
ここに来て、唐突なジャンル替え。
ずっとホラーで、悪夢を昇華して生きてきたのに…。
「お腹空いた…帰ろうかな。」
考え事をしてたら、夕方になっていたみたい。
私は自宅に帰って改めて、新作を練ることにした。
*
コンビニで食事を買って、都内のマンションに帰る。
(はあ…買い物してても、新作のことが頭から離れない…これから私ってどうなるの)
頭のなかでごちりながら、エレベーターを降りる。
角部屋の少しだけお高いお部屋。
ん……???
あれ…何?玄関に立ってるの……。
鳥??
そっと近づいて様子を見る。
さすがにいきなり近づいて、ご対面できるほどの肝っ玉は据わってないからね。
どういう風に見ても、私の部屋の前に立っている。
とりあえずスマホを片手に取る。
どうしよ…このまま、保健所かな?
それとも…警察…?
証拠のために写真を撮った。
カシャ………あっ……シャッター音。
鳥は音に気づき、ゆっくりと近づく。
うわ!どうしよ!何か……武器…!
どうする、弁当!?弁当投げればいいの!?
あっ!ペットボトル!!
そう思って出ると…
カタカタカタカタ…!
ん…?何か持ってる…
!!!
これ…
「ねえ…あなたって…卵を運んでくれる…あの?」
カタカタ…
そうだと言われてる気がした。
コウノトリ…!
…本当に…いたんだ…!!
カタカタ…
くちばしに咥えていた籠をそっと、私に渡す。
これが、おばあちゃんの言ってた卵…。
「あ、ありがとう…叩こうとしてごめんね。」
カタカタ…
うーん…通じてるかわかんない。
でもコウノトリってくちばしを鳴らすんだね。
コウノトリは翼を広げ、飛び立って行った。
私はコウノトリが見えなくなるまで見送っていた。
コウノトリの羽ばたきに目が離せなかった。
*
部屋に入り、籠をリビングのテーブルに置く。
お弁当を電子レンジで温める。
…おばあちゃん、本当だったんだね。
コウノトリのお話は知ってた。
でも、大人になるにつれて、信じなくなった。
子供の頃に信じて、でも来なかったコウノトリ。
でも…何で今なのかな…?
ピーッ…
電子レンジの音が一旦、私の思考を止めた。
リビングで卵を見つめながら、幕の内弁当を、食べる。
そういえば、この卵って育てるんだよね。
…どう育てたらいいんだろ…?
ん?手紙が入ってる…?
そっと手紙を広げる。
『これはあなたの心の1つです。あなたらしい育て方をしてください。』
私の心…?
そういえば、おばあちゃんの獏ちゃんの話…。
…なるほど…獏ちゃんがおばあちゃんに似てた理由わかった気がした。
私なりの育て方か…。
鮭を齧りながら、また考えた。
*
食事を終えて、とりあえず卵と一緒に仕事部屋に入る。
資料やらで散らかったデスクには、仕事用のノートパソコン。
本棚には資料とこれまで出版した本。
オーディオなんかも置いてある、気持ちが紛れるからだ。
ここに置いとこ…。
資料を雑に片付け、パソコンの隣に置く。
はあ…、新作も考えなきゃだった。
どうすればいいのかな……あっ!
この卵!育てれば何かヒントがあるかも!
卵を育てるか…。
幼い頃にそういうゲームをしてたっけ…。
その頃の記憶を辿り、卵を育ててみる。
*
とりあえず、音楽を聞かせてみる。
私のお気に入り。
…こんなんでいいのかな?
もっとクラッシックとかあれば良かったのかも。
だけど、音楽の成績が2だった私には子守唄になるだけだからな~、置いてないのよね。
とりあえず、お気に入りのアルバムを1通り聞かせた。
次は濡れタオルを持ってきて、卵を優しく磨いてみる。
でも、不思議だな。
一見すると普通の大きさで、ぬいぐるみが入ってる感じしないのに。
おばあちゃんは、一緒に寝てたって言ってたよね?
そしたら、この大きさよりも大きいはずだよね?
潰しちゃうかもだし…。
人によって大きさが違うのかな?
卵に対して疑問が止まらなかった。
考えれば考えるほど、興味深かった。
こんなもんかな?
後は…何すればいいのかな?
………温めてみる……とか?
私はそっと、ふわふわ生地のタオルをかけてみる。
…………………。
そういえば、お父さんとお母さんは卵を育てたことあるのかな?
この間に聞いてみることにした。
『もしもし。』
『あ、お母さん?』
『あら、いおり?元気してた?たまには帰ってきなさいよ。お父さんも心配してるんだから!それと、お見合い写真、届いてないかしら?あなたもそろそろ結婚とか』
『ちょっと、お母さん!急にたくさん言わないでよ!わかった!お見合い写真は後で見るし、今度のお正月は帰るから!』
『あらそう?わかったわ。で、何か用事?』
『あー、うん。あのさ、コウノトリの卵って知ってる?』
『?ええ、あれよね?育ててぬいぐるみが孵るやつ。』
『そう!その卵が今日、うちにも届いたんだ。』
『あら!あなたの元にもついに来たのね!いおり、子供の頃はずーっとコウノトリを待ってたものね…。』
『あー…あったね。懐かしい……私、来ない度にお母さんに聞いてたからね~。…でさ、お父さんとお母さんは育てたことあるのかな?って思ったの。』
『もちろん、あるわよ。お母さんは中学でお父さんは高校の頃だったわね。
お母さんは中学の頃、いじめられててね…そんな時にコウノトリさんが運んできてくれたのよ。
お父さんは部活で行き詰まってる時に届いたって話してたわ。』
『へぇ~…』
両親の意外な過去。
両親はあまり過去を話す人ではなかったから、少しだけ嬉しかった。
『…ということは、いおりも今、人生の岐路に立ってるってことよね。』
『え?な、何で急に??』
『あの卵はね、言い伝えがあるの。その人が本当に困ってる時にだけ、運んできてくれるの。』
『………そうなんだ』
『いおり、きっとあなたにしか分からない苦労、たくさんあると思うの。あなたの悪夢の時もそうだったけど……でも、お父さんもお母さんも、あなたの味方よ。
大丈夫、いおりらしい育て方が出来るわ。
わからないことあったら、聞いてね。』
『…うん、ありがとう。お母さん…うん、じゃあ。』
電話を切る。
…そっか。
この卵は、そんな言い伝えがあったんだね。
きっとおばあちゃんも悪夢に困ってたから、コウノトリが来てくれたんだね。
そした救われた…。
お父さんもお母さんも…。
……よし。
この卵と徹底的に向き合うことを決めた。
*
ーー翌朝
「……!!!…はあ、朝か…。」
今日の悪夢は、無限の蟻地獄にハマる夢。
ベッドから起きて、習慣の悪夢メモを取る。
カーテンを開ける。
今日は雨。
卵は…ん?
「少しだけ大きくなってる?」
タオルが少しだけずり落ちていた。
ーー朝食
卵って食べないからね。
日光浴でもさせようかな。
窓辺に卵を持っていき、朝日を浴びさせる。
私は適当にトーストと目玉焼きをかじる。
…何か卵に見られてるような…。
窓辺の方を向き、…卵、ごめん。
そう心の中で謝っといた。
ーー午前
仕事部屋で、卵に本を読んであげた。
とりあえず、絵本がいいのかな?と思い、
最初はハッピーエンドの話を読んだ。
すると、
コトコト…。
…動いた!?
少しだけ卵が動いた気がした。
ーーお昼
宅配のお弁当を注文。
今日はピーマンの肉詰め弁当。
何となく思い立ち、卵を弁当のそばに置いた。
匂いだけでも食べさせてあげよう。
ーー午後
仕事部屋でのんびり音楽を卵と聞く。
最近は流れ作業しながらが、多かったからか
リフレッシュ出来てるような気がした。
コトコト…。
…やっぱり動いてる??
ーー入浴
卵と湯船に浸かる。
いつもシャワーで済ませるけど、
今回は浴槽を掃除して、お湯を張った。
……お風呂ってこんなに気持ちよかったっけ。
コトコトコト!
あっ、昼間よりも動いた!
私は少しずつ、楽しくなっていた。
ーー夕飯
今日は珍しく、冷蔵庫にある材料で料理を作った。
献立は冷凍してあったお肉を、朝食のサラダに使うためのレタスと炒めたものと、ご飯、そしてインスタントのお味噌汁。
もちろん、卵にも匂いを食べさせる。
…美味しい…。
料理っていつぶりかな…?
またしようかな?
コトコト…。
卵は静かに動いた。
ーー就寝
歯磨きをして、寝る支度に入る。
…卵と寝てみようかな…?
でも潰さないかな?
…枕元に置いとこう。
「お休み…」
また、悪夢は見るんだろうな。
そう思いつつも、眼を閉じた。
卵は動かなかった。
*
はあ、はあ…。
悪夢の中…。
薄暗い森…灯りもない。
生い茂る木々、不気味な音。
どうしよ...そろそろあいつらが…。
飢えた獣たちの足音。
もう逃げ場はない!
そんな時…
「こっちだよ。」
「え?」
「こっちに来れば出口だよ。」
「あなた…誰?」
「いいから、早く!」
とりあえず、言う通りにする。
するとーー
*
「……朝…?」
目が覚めるとベッドの中。
…おかしい。
今までの目覚めと違う。
いつもなら、恐怖を残したまま目を覚ますはずだ。
でも、今日の夢は…。
枕元の卵を見ると…。
前より大きくなってる!!
前は普通の卵より少しだけ大きいぐらいだった。
なのに今は、枕元に置くにはちょうどいいサイズ。
そっと卵を持ち上げる。
ねえ、もしかして…あの声は君なの?
そう思った時ーー
ピキピキ…。
!
卵にひびが!
パカ……!
卵から生まれたのは
何だか愛らしいお化けのぬいぐるみ。
愛らしい見た目だけど、優しい目をしていた。
…やっぱり、君だったね。
私は今日の悪夢を思い返す。
声と光だけで、姿形は見えなかった。
でも、私には奇妙な確信があった。
この子がたぶん、助けてくれたんだと。
「ありがとう…」
そっとぬいぐるみを抱き締める。
(どういたしまして。)
!
何となく、声が聞こえた気がした。
*
「いやー!先生!これはかなりいいですよ!」
「そうですか…?ホラーも少し入れちゃってますけど…」
「そこがまたいいんですよ、今までの先生のホラー作品は、いつも悪夢の中で逃げられない後味の悪さでしたが…
今回はホラーなのに、暖かみがあって…読んでいて安心する…そして、ラストもどこか救いがある。
ホラー要素はあるけど、違うジャンルにも十分見えますよ!」
編集さんは一気に喋る。
「そ、そうですか?ならよかったです…」
それはきっとあの子のおかげだな。
「では、僕は戻りますね。お疲れ様でした。
また何かあれば連絡しますので、よろしくお願いします。」
「あっ、はい。お疲れ様でした。」
*
「ただいま」
キッチンへ行き、スーパーで買った食材を冷蔵庫に入れる。
手を洗い、仕事部屋に行く。
「ただいま。」
(おかえり、どうだった?お仕事?)
そう聞かれてる気がした。
「君のおかげで褒められたよ、ありがとう。
でも、正直これでよかったのかな?
最近は、悪夢は見るけど、出口のない夢から少しだけハッピーエンドな夢になった。
嬉しいことだよ?でも…いいのかな?って…。
不安になるんだ、読者が離れないか?とか助言をくれた高校の友達を失望させないか?とか
たくさん考えてた。
ごめんね、君のおかげなのに、こんな愚痴…。」
(いおりちゃん…優しいんだね…。
僕は嫌な気持ちはしてないよ。)
ん?
気のせいかな?何だか少しだけ、はっきりと聞こえた気がした。
(いおりちゃんはいつだって、頑張ってきたんでしょ?
知ってるよ。
きっかけをくれた高校のお友達とは、今でも仲良しで、いおりちゃんの本の一番の理解ある読者さん。
だから、いおりちゃんの新しい作品もきっと気に入ってくれるよ。
それにね、きっとみんな、分かってくれるよ。
確かに、今までのいおりちゃんの作風が好きな人は離れちゃうかもしれない…。
でもね、それ以上にいおりちゃんの本が大好き!って人も絶対にいると僕は思う。
だって、今回の読ませてくれた原稿、僕はとってもいおりちゃんらしいって思ったもん!
それにね、たとえ色んな人が離れても…
僕は側にいるからね…。)
ポタポタ…。
あれ?何で…私…。
自然と涙が溢れていた。
止まらない涙…私はおばけのぬいぐるみを抱き締めていた。
「…ありがとう…」
…そうだよね…、私が私の味方で一番、いてあげなくちゃね。
そうすることがきっと、友達や読者さん…お父さん、お母さん、おばあちゃんへの感謝にもなるんだよね…たぶん。
「おばけちゃん、私…少しだけ、前を向いてみるね。」
(うん、僕はずっと応援してるからね!いおりちゃん!)
そう聞こえた気がした。
「ふぅー…そういえば、お腹空いたね。
今日は鯖の味噌煮を作ろうかなと思ってるんだ。」
私はおばけちゃんにそう話しかけつつ、キッチンへ向かった。
これかもたくさん…悪夢や挫折…色んな感情と生きていくと思う。
でも、いつもより心は晴れやかになっていた。
ココロのタマゴ つきみゆづ(旧・ゆづっこ) @urikko
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