30歳の商社マンが転生したら、身体の持ち主は武闘派組織の「副長」だった。――静かに暮らしたいのに、強すぎる身体が面倒事を持ってくる――
ゴールデン・ドア
■手紙
綾瀬龍華様
この手紙に私の最後の言葉を書いて残しておきたいと思います。
どうかこれを遺書だとか、辞世の文だとか大層なものに捉えないでください。単に最後に知っていてもらいたい事があっただけです。そしてそれを綾瀬さんの前で喋るのは何だか妙に恥ずかしいと思ったのです。それぐらいの話です。大したことのない話です。
私は研究所でいうところの、転生という行為。これを辞退いたします。
私の消えかけた魂を確保してくれた捕獲部の皆様。私の転生先となるドナーを管理してくれた維持管理部の皆様。そして風間所長を筆頭に私の転生をサポートしてくださった研究所の皆様。大変申し訳なく思っています。そして監視官。一緒に転生してサポートをしてくれた綾瀬さんには、言葉にできないほどの感謝の気持ちがあります。謝罪の気持ちも同じです。
何か不満があった、というわけではありません。
転生というものにも向き不向きがあり、私は後者だったというだけです。
一時的に転生させてもらった新世界には、生前の私が求め、しかし得られず、そして諦めたものがありました。一つや二つではありません。それらに満ちあふれた世界でした。しかしながら、です。いざ、その素晴らしい世界に身をゆだねようとする段になって、私は突如として気づいてしまったのです。私が本当に欲しかったものが分かったのです。そして自分という人間の正体も。
私は私のみすぼらしい人生の中で、耐えて、抗って、苦しんできたことに対して、その見返りとして幸福を欲していたのです。結果的にはそんなものは一つも得ることなく、私の人生は幕を閉じました。そして新たに与えられた世界も、その点においては何も変わらないのです。どれだけ幸福であったとしても、報われなかった日々は、やはり報われてはいないのです。綾瀬さんが「新世界で勝手に苦労でも何でもして、そこで報われればいいじゃない」と怒鳴りつける姿が目に浮かびます。そういう考え方も十分に理解できます。だから、これは単に個性の話でしかありません。私は嫌なのです。私は生前の、0点みたいな30年間をどうしても捨てることができません。それに気づいてしまったのです。
私は現在の身体から魂を手放します。痛みがないというのは有難いことです。自分が消えてしまうかもしれないことに対して、恐ろしい気持ちは大いにあります。しかし考えに考えて、その道こそが私に相応しいという結論に至りました。綾瀬さん、本当にありがとうございました。さようなら。
神楽坂十郎
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