マキューラ狙撃作戦
バブル
1
気温は四〇℃を超えていた。マキューラは未だ眠りこけているが、放熱活動は沈静化していない。隊員の体力は限界に近かった。
「……俺の推理は以上です。作戦を完遂させてから拘束し、帰還するのが良いかと思いますが」
汐見は背を向けた。廊下へ繰り出しながら、指示を出す。
「全員の前で話せ。今すぐ犯人を指摘する」
記
2027年11月5日(金) 災害獣番号3-13・呼称マキューラについて報告。
13:44 静岡県万東諸島にて急激な気温上昇。最大50℃。獣災の虞ありとし避難指示。対象は万東諸島全域、南伊豆町全域、下田市、松崎市、河津町臨海部
13:47 衛星探知で甲根島に動物体を確認
14:02 気温上昇との関連調査のためサーモグラフィーをドローンに搭載し撮影。動物体の概形と温度を観測。体長10m弱、体温約230℃
14:04 当該動物体を放熱災害獣マキューラと命名。区分をレベル3に残留
14:10 解析局から報告。硬度分析の結果、CNM-7での駆除が見込める
14:17 マキューラ対策本部前線部隊として制圧局特務課・北陸基地第四隊を任命。指令局北陸統括室・東海統括室の臨時合同班を編成。班長に北陸統括室室長・矢波真司を任命。
「なんで静岡の任務に、うちが」
長岡の駐屯地を出発し、ヘリは南下の最中であった。
「対象の名前はマキューラ。未知災害獣で、分類はレベル3のままだ」
レベル3は自発的な攻撃行動をとる、ないし駆除に複数部隊の連携が求められる災害獣への分類だ。未知災害獣は確認された当初、例外なくレベル3へと分類される。だが、挙動や分析結果を踏まえてレベル2や1へ下げられることが多い。レベル3に残留しているのならすなわち、それだけ危険度は高いということだ。
「穏やかじゃねえな」
「そうだ。出現地点は、ここ」
汐見が指さした先で、赤い光がぽつんと浮かぶ。そこへ副隊長の神鳥が補足した。
「甲根島。万東諸島南端部の無人島だ。島全体が山岳地形で、直接上陸は難しい」
それに対して兎羽が噛みついた。
「そもそも近づけねえっての。230℃? 嘘みてえなやつだな」
「だからうちにお鉢が来たのね」
それまで黙っていた
「爆撃も候補に挙がったが、島ひとつ消しかねない。狙撃して制圧しろとのことだ」
狙撃手を抱える隊はただでさえ少ない。それが特務課ならなおさらだ。
二〇〇五年に初めて存在が確認された「急速的局地環境干渉生物」――危険性を分かりやすく伝えるため、災害獣と呼ばれる――の駆除は、獣災庁制圧局が担う。中でもレベル3を相手取る特務課において、花柳は唯一の狙撃手であった。
犬飼が細い指でぐるっと地図を囲った。
「万東諸島の避難が完了。うちが積んでる武器の射程的に……」
画面は甲根島近辺を拡大する。
「阿鹿島しか狙撃地点はありません。甲根島を臨める地域で……高さはどれくらいほしいですか」
「マキューラの写真はこれだ。体長は一〇m弱」
「建物の三階で、屋上が望ましい」
「了解です」
地図から建物が消えていき、残ったのは三つだった。横に情報が加えられる。
「深川さん、地図見えます? アクセスできない建物があれば教えてください」
『どれも問題なし。可能なら、阿鹿中学校がベストだね』
ヘリを操っていた深川洋太郎が応えると、花柳はにやりとした。
「重畳。スポットは阿鹿中学校校屋上。良いですよね、隊長」
「問題ない。
こちら北陸第四汐見、北陸指令局に告ぐ。これより阿鹿島へ着陸し、阿鹿中学校屋上にてマキューラの狙撃を試みる。狙撃手は花柳、観測手は兎羽が務める。以上」
ヘリは太平洋を臨み、高度を下げていく。熱気に包まれながら、汐見隊が阿鹿島へ降り立った。 午後四時二十二分、気温は三十七℃であった。
ヘリから出た途端に、真夏と違わぬ空気が六人を包んだ。砂埃で視界は悪い。
災害獣駆除に用いられる狙撃銃は一メートルを超える。花柳の体躯はそれを背負うには心許ないが、それでも慣れた動きで屋上まで運んでみせた。 兎羽がスコープを覗き、マキューラの姿を捉える。だが、発せられた言葉は、前向きなものではなかった。
「……話が違うな」
彼の見た景色が各々の端末に転送される。そこには確かにマキューラの姿があった。体表は鱗のようなもので覆われていて、一見すると瘦せっぽちだ。蜥蜴のようなフォルムで、灰色の身体から蒸気が昇っているのが、画像からでも分かった。
マキューラは、丸くなっていた。
「ずっとこの体勢だ」
「寝ているか、じっとしているだけなのか。動かないのはありがたいですけど……」
頭部は山の向こうにあった。一撃で仕留めるべき場所が見えないのだ。
花柳は指を網のように絡ませ、考え込んでいる。 マキューラは未知の災害獣で、生態は分からない。この状態はすぐ終わるかもしれないし、何ヶ月も続くかもしれない。
「夜明けまで待つ」
汐見が、短く言った。「明朝五時を時限に、マキューラが動くのを待つ。レベル3を放置したくはない」
汐見が指令局と通信する傍ら、神鳥が指揮を執った。
「仮住まいはこの校舎だな」
「この気温なら大丈夫でしょうけど、電気設備は確認しましょうか。僕と犬飼は一階に間借りします」
「俺は南側の教室で。マキューラが見えた方が良い」
「熱をもろに受ける部屋ですよ? 一番暑いと思うけど」
「大したことねえよ」
まだ、たかだか真夏程度の気温である。しかし、今後はどうなるか分からない。
「マキューラの動きは衛星で監視します。肉眼で兎羽さんが張る必要はないでしょう」
「監視じゃねえよ、観察」
神鳥は、いつか花柳が言っていたことを思い出した。
――狙撃手の見る世界は、観測手が作る。
兎羽は観測手だ。花柳に見せる世界を作らなくてはいけない。その精度を、少しでも上げようとしているのだ。
「武器は放置できない。私は屋上に一番近い部屋にする」
通信を終えた汐見の合図で、全員が屋内へ引っ込んだ。こもった熱気は不快だが、屋上よりは幾分ましな心地である。
「明朝五時まで、約十二時間待つ。深川は水と食料を準備してくれ。犬飼は電気設備の点検。他は狙撃の作戦の修正。兎羽さんはどこで待機でしますか?」
「あの体勢的に、二階が一番良いな。犬飼地図あるか」
「もう転送してます」
「助かる」
薄暗い廊下だが、空気は熱い。一向は階段を下り、「2―1」と書かれた教室の扉を開け放った。犬飼と深川はそのまま一階へと向かう。
「熱がこもってやがるな。おい花柳、後ろのドアも開けてくれ。換気だ」
そう言って兎羽は、片っ端から窓を開けていく。 机を窓際に寄せ、その上にスコープを置いた。
窓は南側に取り付けられていて、すなわち甲根島を臨める位置にある。
「これならよく見える――さ、検討会だな」
*阿鹿中学校見取り図
https://kakuyomu.jp/users/bubbleandbubble/news/822139842101225957
配電盤を前に、犬飼がライトをつける。ちょうどそのとき、水と食料の準備を終えた深川が部屋を覗き込んだ。
「手伝うよ」
「ありがとうございます。……深川さんって、汐見隊で長いんですか」
「三年くらいかな。僕、汐見と同期なんだよ。二浪してるからね。あいつの隊長拝命と同時に配属されたんだ」
「花柳さんの狙撃って、上手いんですか。実際」
「上手いよ」
「即答ですね」
犬飼は視線を計器に移す。
「上手いし、他の狙撃手とひと味違う。犬飼くんはさ、狙撃手ってどんなイメージがある?」
「こう言っちゃあなんですけど、需要が少ないですね。的が大きくて動かず、近寄れなくて、狙撃で殺せる程度の硬度の災害獣……そんな条件が揃うことなんて滅多にないでしょう。外したときのリスクも高いし」
「花柳はそれにとらわれない」
汗がぼたっと落ちる。電気室の湿度はひときわ高かった。
「中規模の災害獣で、多少動いていても当てられる。もちろん兎羽さんの支えも大きい。轟市に花柳がいれば、被害は俄然小さかったろうに」
轟市――今はもうない都市の名前を聞き、犬飼が瞬く。「兎羽さんは轟市の現場にいたんですよね」
「……らしいね」
小型災害獣の駆除はかつて、民間企業にも認可されていた。政府が民間へ協力を仰いだのは、轟市での大規模獣災が最初で最後だった。
その後災害獣駆除は完全に公営化され、兎羽は獣災省へ移籍した。そして今、汐見隊の最年長にして、観測手を務めている。そういった略歴を深川は知っていたが、しかし口には出さなかった。
「兎羽さんが花柳を育ててるのは多分、第二の轟を生まないためだね」
そこまで言って深川は、手を止めた。
「喋りすぎた。要は、花柳は当てるよって話だ。せっかくだし、生で見てみると良い」
「はい、そうします。あ、こっちは問題なしです。そっちは?」
「問題なし。僕は、ここの備蓄も一応確認しておくよ。みんなに冷房つけていいって、伝えておいて。待ちわびてるだろうから」
無線が鳴ると、兎羽は飛びついた。
「電気は通ってるか?」
『はい、冷房つけて大丈夫ですよ』
聞くやいなや、兎羽はあらかじめ見つけてあったリモコンを操作した。うぃん、と音がして冷気が排出される。
同時に、犬飼が教室に現れた。
「作戦はどうなりましたか? 変更なし?」
「ああ。予定通りマキューラが起きたタイミングで実行する。それまで待機だ。汐見隊長は3―1、花柳は3―3、俺は3―2にいる。深川さんは?」
「防災グッズとか非常食とか、備蓄を確認しに職員室まで。これ、みんなの分の食料です」
袋を各々が回収し、解散の運びとなる。とはいえ、いつ作戦が開始されるか分からない。空気は緩まなかった。
「八時に3―1に集合。状況を踏まえて改めて作戦の継続を判断する」
「了解です。深川さんにも伝えておきますね」
「花柳」
去り際の相方に、兎羽が声をかける。
「夜間の狙撃は初めてか」
「はい」
「気負うな。やることは同じだ」
「分かりました」
兎羽は、蜃気楼の向こうのマキューラを見た。
窓枠の向こうの災害獣。轟市の景色が視界に蘇った。何体もの災害獣を撃った。中型を狙撃できるという、自分の強みを活かせると思った。
だが結果は違った。中型は二匹しか駆除できず、轟市は壊滅した。
「気負うなよ」
もういない影に、兎羽はまた呟いた。
六時を回り、外はすでに暗い。十一月にもかかわらず、気温は三十八℃に達していた。阿鹿島の夜は静かだ。潮騒だけがそよいでいた。
神鳥は職員室に向かった。非常食もそうだが、梯子を確認しておきたかった。屋上へは携帯しているものを持っていけばいい。だが仮に、他のフロアにいるときに脱出の必要ができたら? 各階に配備できるほど備品は潤沢ではなく、学校のものを借り受けるつもりだった。
だが、職員室は閉ざされていて、中に人の気配はない。
見取り図を見るが、やはり職員室に災害時の備蓄があることになっている。神鳥は深川に連絡を入れた。
「深川さん、今どこですか? 梯子を確認したいんですが、職員室に鍵がかかっていて」
『見取り図が古かったみたいです。職員室じゃなくて、倉庫にありますよ。今、僕もいます』
「俺も向かいます」
倉庫は電気室の隣だった。大事な設備はあらかたここにまとまっているようだ。深川が一階に根城を据えたのは正解だった。倉庫とはいえ学校の一室である。冷房が備わっていて、汗がすっと引いていった。
「梯子はありますか」
「これですね。量的には問題なさそうです。耐久性は要確認かな」
深川は丁寧に食料を数え、仕分けていく。
「犬飼が早々に狙撃を見られるのは、よかったですね。貴重な経験だ」
「犬飼は、やっていけると思いますか」
神鳥が柄にもなくそんなことを言うので、深川はしばし手を止め、考え込んでしまった。
「汐見隊長は型破りですから、犬飼に限らず若手にはやりづらいでしょうね。でも、僕は犬飼も、手段より目的を重んじるタイプに見えるな」
「……そうですね。すみません、変なことを聞きました」
電気室や廊下とは違い涼しい空間である。出たときの蒸し暑さを思うと、むしろ留まっていたいほどだった。
「どっちかって言うと、兎羽さんとの相性が心配です」
「兎羽さんが?」
想定していない名前が出たので、神鳥は思わず聞き返した。だが、すぐに深川の意図を察する。
「……民間の頃の話ですか」
「轟市で、本来任されていた大型を放置して、中型を狩ろうとしたでしょう。それで失敗して、被害が拡大した。優秀な奴ほど、民間をよく思わない。犬飼もそうらしいです」
兎羽の過去は隠されているわけではない。組織に長く身を置けば、耳にも入るだろう。しかし、犬飼や花柳はまだ知らないはずだ。神鳥や深川、それに汐見も、表立って言うことはない。
「犬飼が毛嫌いしそうな話ですね」
だが、と神鳥は声に出さず続けた。汐見ならこう言うだろう。
適性がなければ外す。それだけだ、と。
七時頃になって、二人は倉庫を出た。あと一時間程度で、会議がある。神鳥は食事を手早く済ませてしまおうと、階段を上がる。そのとき、下ってくる小柄な姿を暗がりに認めた。
「……お散歩ですか」
怜悧な目つきに似合わず、花柳は時々のどかなことを言う。「こんな暑い中」
「避難梯子の確認をしていた。いつ学校から非難が必要になるか分からないからな」
「なるほど。そうならないよう、一撃で仕留めるようにします」
釘を刺したつもりはなかったが、恐らく花柳なりの冗談なのだろう。
「それより、何か下に用事か」
「犬飼さんに、マキューラの動きの予測を立ててほしくて」
狙撃手と観測手はよく併せて語られる。一方、災害獣や地形のデータを分析するオペレータは忘れられがちだ。犬飼の配属も、汐見が優秀なオペレータを欲して、上層に掛け合ったものだった。
連携する以上、性格的な相性が作戦の質に関わることは 避けられない。しかし神鳥は、今狙撃に携わる三名の、誰もが欠けないことを願ってやまなかった。
『兎羽さん、応答してください――兎羽さん』
全体無線に汐見の声が響いた。流すチャンネルを間違えたのだろうか。だが、切迫した汐見の声に、誰もが気を取られたらしかった。
「神鳥です。汐見隊長、状況は」
『兎羽さんが倒れているかもしれない。部屋に鍵がかかってる。誰か、職員室から鍵をとってきてくれ』
「向かいます」
神鳥は無線を切ると同時に、教室の窓を開けた。 職員室の扉が開かないことは知っていた。一国を争うのなら手段は選ぶべきではないだろう。
神鳥のいる3―2は、職員室の真上だ。
熱気に身を放り出し、窓枠に手をかける。ぶら下がったまま銃身でガラスを小突き、クレセント錠の周りを割る。窓を開け、室内に躍り込んだ。
職員室は横に長かった。懐中電灯でざっと室内を照らすと、鍵がいくつも提げられている棚があった。
兎羽の部屋――2―2の鍵を手に取り、内側から扉を開ける。廊下に出ると同時に、右手の階段から花柳が駆けてくるのが見えた。
「鍵は」
神鳥が投げたそれを受け取ると、彼女はすぐに後ろを向き、再び走り出した。神鳥も追随する。花柳は俊敏で、それでいて危なっかしく、瞬く間に階下へ到着した。
教室の前にはすでに、三人とも揃っていた。
鍵はもう必要ないと即座に分かった。犬飼が銃を、扉に押し当てていたのだった。
花柳は足を止めると、犬飼が銃を当てていない後方の扉から、教室を覗き込んだ。神鳥はそれを追い越して、犬飼の傍にいる汐見に近づく。「状況は」
「中で倒れている。離れろ」
きゅう、と甲高い音がして、全員の視線が犬飼に注がれた。閃光が走り、鍵穴のあった場所は、焼き焦げた空洞になる。犬飼は扉を揺さぶったがそれでも開かず、思い切り蹴飛ばして、ようやく中に入れた。
全員が異変を肌で感じた。廊下と違わぬ暑さだったのだ。そして、兎羽は窓際に置かれたスコープの近く――ちょうど前扉の対角辺りに倒れていた。
全員が兎羽に駆け寄る。深川が蘇生を試みるも、ついぞ意識は戻らなかった。
神鳥は二つ、気づいたことがあった。
ひとつは冷房が切れていること。
もうひとつは、銃で撃ち抜かれていない後方の扉は、つまみが下りていること。教室の造りはすべて同じだろう。つまり、施錠されているのだ。
そして兎羽の遺体を見て、さらにひとつ。首を絞めたような跡があった。
兎羽は殺されていた。
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