屍を拾う者

 あの日のアタシは確かに、普通じゃなかったって理解してる。

だって、アンナもクラウスも、ローレンの、


「エメを傷つけないために、距離を取るんだ」

「間違った言葉で壊さないように、沈黙を選ぶんだ」


 って言葉ばかり、共感するんだもん。

 どうやって育ったら、そんな考え方になるのか理解できない。

 あっちはアタシが理解できないんだろうけどさ。


 エメも、アタシも、家族が居ない。


 厳密に言えばアタシには弟があいるけれど、ある事件を境に、会ってない。

お互い、会えなくなっちゃったんだ。

 

 命を守ったお姉さんに、何故、会えなくなるの?

 

 アカデミーの育ちのいいお嬢さんは、平気でそんな無神経な事を聞く。

 悪気は無いのがなお悪い。

 この黄色い虫、なんで葉っぱ食べてんの? レベルの疑問。


 そんなんで治癒師志望してるんだから、嗤っちゃう。


 会えないでしょ。


 弟は、自分の存在のせいで、最愛の母親を姉に殺させてしまった罪悪感と、最愛の母親を姉に奪われた憎悪が渦巻いて、壊れそうになったのよ。

 私が、弟を守った代わりに、打ち倒すべきモンスターだった母が、かつての、愛した母さんの顔に一瞬戻ったあの瞬間を、何時までも忘れられないように。


 私は、誰を『護った』んだろう。

 誰を、『助けた』んだろう。


 『護る』なんて言葉、大嫌い。


 ――だから、あの、苦労知らずの末っ子にゃんこみたいな、アダムが、

『共に生きる』って言葉を使って、驚いた。

 しかも、女のアパートから追い出されたのに、ダッシュで帰って来て言ったのよ!?

 流石に翌日、ご近所さんの目が痛くて痛くて、どうしてくれんのよアイツマジで。


 上流階級で真っ直ぐ育った子から、「共生」なんて言葉が出てくるとは思わなかった。

 話を聞いてみれば、愛着障害についても知っていた。

 勿論、アカデミーで勉強した知識もあるんだろうけど、従者の子が精神的に不安定で、愛着障害の傾向があったみたい。


 だから、エメやアタシが荒れる理由を、きちんと理解出来ていない、上層部に異議を申し立てるってさ。

 臨床実践派の一治癒師、しかも院生の意見が、ラカン派……実践統合派の構造を変えるとは思えないけど……でも、有難かったわよ。


 ねえ、言葉って、相手に届かないと意味ないと私は思うわけよ。

 間違った一言で誰かを壊した経験が無いから、そう思うのかも知れないけれど。

 少なくとも、アダムの「共に生きよう」って言葉は、アタシの地獄に出口を開けた。

 アタシとアダムの間に何もなかったとしても、あの言葉だけは絶対に、一生大事に胸に抱く。そうやって、アタシは次の地獄に挑む。


 言葉には、目の前が真っ暗になって、一歩踏み出したら命を手放すような状態から、ぐいと水上へ引き上げてくれる力がある。


「幸せに出来る自信が無い」?


 ――なめないでよ、


「幸せは二人で成るものでしょう?」


 あんただけの手腕で、幸運の女神様が微笑んでくれると思うなら、それはそれで、傲慢だと思うわよ。


 だからどうか、撤回しても、修正しても良い。

 大切な人に、あなたの心が確かにあった証拠を、渡して欲しい。

 死んでしまったら、見つからなかったら――何も言わないなら、その優しい気持ちは、無いのと同じよ。


 アタシが死んだら、屍をひろう人は、誰も居ない。

 だからこそ、治癒師になると決めた日から、自分の膿出しは自分でやろうって決めたんだ。

 無償の愛を諦めきれない今の私には、依存的欲望を抑えつつ、距離を取って一人で病み散らかすしか、方法がわからないもの。


 ランカスターの家名を汚すのも、忍びないものね。


 でもアダムの奴、散々、アタシの冷蔵庫の中にあった市販の炭酸水飲んだ後、こないだ買った、自宅で美味しい炭酸水が出来る機械、持って帰ってたんだけど、どういう事!?

 話を聞けば、


「デルタがくれたんじゃん」


 としか言わないあいつ。マジ、異星人なんじゃない?

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