『砂の祈り、水の約束 』

春秋花壇

砂の祈り、水の約束

砂の祈り、水の約束


黄金の天幕は遠ざかり 足の裏には、焼けた砂の拒絶 一袋の皮袋は 命の重みというよりは 見捨てられた証として 肩に食い込む


「母さま、喉が熱いよ」 幼き声は ひび割れた大地の喘ぎ ハガルの指は 我が子の汗を拭えず ただ 逃げ水のような希望を追いかける


没薬(ミルラ)の香る かつての褥(しとね) 主人の愛と 正妻の憎しみ それらすべては 陽炎の彼方 いま 肺を満たすのは 熱砂の呼吸だけ


水が尽きた。 灌木(かんぼく)の細き影に 息子を伏せ ハガルは背を向け 声を放つ 「この子の死を、私に見せないでください」 その絶叫は 天を衝く 乾いた矢となる


静寂。 風が死に、太陽が目を伏せたとき 耳の奥に 涼やかな水の音がした それは 見捨てられた者たちの 底から湧く 「エル・ロイ(私を見ておられる神)」の涙


目を開ければ そこには水晶の井戸 飲み干す水の 喉を貫く 驚くべき冷たさ 死を待つ砂漠は 約束の地に変わり 追放の傷跡は 自由の紋章へと書き換わる


さらば、黄金の天幕よ 私たちは 荒野に弓を引く 神の聞き届けた(イシュマエル) その声を糧に 砂の上に 消えない王国を築くために


明日へと歩む 母と子の背中 砂漠の風は いま 祝福の匂いを 運んでいる


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