掃除スキルで世界を救う!? 農民セレスの冒険者日誌

塩塚 和人

第1話 村を出る日

朝の光がフェリウス村の小道に柔らかく差し込む頃、セレス・グレインは

いつものように家の前でほうきと雑巾を手にしていた。


小さな村の農民である彼にとって、掃除は日課であり、誇りでもあった。


「……今日も、埃ひとつ残さないぞ」

呟きながら、セレスは物置の奥に眠る古びたほうきを取り出した。


だが、その表情はどこか浮かれ気味だった。今日は、村を出る日だからだ。


村の人々は口々に見送りの声をかける。


「セレス、無事に帰っておいでよ!」

「町の冒険者ギルドって、意外と怖いらしいぞ!」

しかし、セレスはその声に半分も耳を傾けず、掃除に夢中になっていた。


泥のついた靴跡、落ち葉、牛舎の糞……。


彼にとってそれらはすべて「立派なクエスト」なのだ。


「掃除って、冒険みたいなものだよね」

独り言のように呟き、彼は肩をそびやかす。


母のマリスも苦笑しながら、荷物をまとめる手を止めていた。


「セレス、本当に町に行くのね。掃除だけで生きていけると思って?」

「ええ、だって僕の掃除スキルは誰にも負けません!」

セレスは自信満々に答えたが、村人たちは心の中で

「それでどうやってお金を稼ぐのやら……」と首を傾げる。


父のルカも、門の前で見送る。


手にはセレスの小さな旅支度と、使い古しの革の財布を握らせた。


「おい、セレス。町に行っても油断するなよ。


ギルドの仕事は掃除だけじゃ済まないぞ」

「わかってますよ! でも、僕の掃除スキルがあれば、

 どんなクエストも完璧にこなせます!」

その自信満々の声に、ルカはまたため息をついた。


荷馬車が村の道を通る音が近づく。


アメルダ町行きの小さな荷馬車だ。


セレスは背中にリュックを背負い、荷馬車の前に立つ。


「じゃあ、行ってきます!」

元気よく手を振ると、村人たちも声を合わせて見送る。


「いってらっしゃい!」「気をつけて!」


村の外れに差し掛かると、セレスは一度立ち止まり、遠くに見える緑の森を眺めた。


ここを離れるのは初めてではないが、今回は少し違う。


彼の行き先は、冒険者ギルド。


文字通り「冒険の入り口」だ。


だが、彼の頭の中では冒険のイメージよりも、「掃除の極意を町で発揮する」という

光景の方が鮮明だった。


「よーし、まずはギルドに入って、掃除の腕を見せつけるぞ!」

心の中で宣言すると、荷馬車に乗り込み、揺れる道を町へ向けて出発した。


---


### アメルダ町への道


道中、セレスは森や小川、草原を眺めながら、さまざまな光景に心を躍らせる。


だが、彼の目にはただの落ち葉も、散らかった小石も、すべて「掃除ポイント」に見える。


小川の岸に落ちた木の枝を拾っては、リュックに詰めたり、木の葉を払ったり。


同行する荷馬車の運転手は、そんな彼を不思議そうに見ていた。


「お前……町に着いたら、何するつもりだ?」

「え? 掃除ですよ、もちろん!」

「……ああ、そうか」

運転手は苦笑いしながら、首を振った。


途中、森の小道で迷子の小さなモンスターに出会う。


ふわふわとした毛玉のような生き物だ。


普通なら驚くところだが、セレスはそれを見て嬉しそうに手を伸ばす。


「おっと、汚れてるね。まずはきれいにしようか」

モンスターはじっとセレスを見つめるだけだ。


彼にとっては、掃除対象も冒険の対象も同じなのだ。


毛玉を抱き上げ、手に持っていたハンカチで丁寧に拭く。


運転手は呆れ顔で肩をすくめた。

「……いや、あいつ、やっぱり変だ」


---


### アメルダ町、冒険者ギルド到着


夕暮れ時、アメルダ町の城壁が見えてくる。


町の中は活気にあふれ、冒険者たちが行き交い、剣や魔法の訓練に励む姿が見える。


セレスは胸を躍らせながら荷馬車を降り、ギルドの建物へ向かう。

「ここが……冒険者ギルド……!」


建物は想像よりも大きく、重厚な木の扉が構えている。


中からは受付嬢の声が聞こえた。


「いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」

セレスは深くお辞儀し、にこやかに答える。


「えっと……僕、ギルドに入りたいんです!」

受付嬢はリンスだろうか、にこりと微笑む。


「それでは、まずは登録からです。こちらの用紙にご記入ください」


セレスは無邪気に用紙を受け取り、ペンを握る。


だが、彼の頭の中ではすでに次の計画が浮かんでいた。


「まずは受付周りをきれいにして……それから、冒険に出て……うん、完璧だ」


受付嬢は少し首を傾げながらも、微笑みを絶やさない。


「……この子、ただの農民のはずなのに、何かやらかしそうな予感がするわね」


その日、セレスは知らず知らずのうちに、ギルドの一日を掃除から始めることになる。


だが、それが彼の冒険の序章であることは、まだ誰も知らなかった。

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