第8話 戦斧のシスターと一匹目の獣人



 ◇




 日が傾きはじめた街道を、モモカに並んでサルカンが歩いていた。


「……ほれ」


 彼がチュニックの懐から、小さな革巾着を取り出した。ぶらさげるようにしてモモカに見せた。


 と、彼女は修道服のままそれをひったくる。手の中で重さを確かめ、眉をひそめた。巾着の中では、小銭の音ばかりがしていた。


「約束は1金貨ギルダンずつじゃなかったか」


 サルカンは自分の取り分の入った巾着も彼女に見せた。


「水車小屋の修理代と掃除代を引かれて、9銀貨ギル4銅貨ギーだ」


「しっかりしてるなぁ」


 モモカが肩を落として巾着を修道服の左袖にしまう。けれどサルカンは胸を張って言った。


「まあ、それでも次の街じゃ風呂付きの宿に泊まれるさ」


「次はガロか」


 モモカが西に傾いた太陽を眺めた。


「南に向かっているのか。20キロはあるぞ。寄り道してもいいなら、近くに知り合いの村があるぜ」


「かまわん。夕暮れまでにはつける」


 そう彼女が言った時だった。サルカンが思い出したように言った。


「なあ、モモ。あの髭面の盗賊、妙なもん持ってなかったか?」


「妙って?」


「水晶の玉だよ。これくらいの」


 サルカンが手に乗るくらいの石を拾い上げた。


「透明で、まん丸なはずだが」


 モモカはとぼけた。


「さあな。お前が小屋に入ってきたとき、わたしは素っ裸だったろう」


「そ、それはそうだが……」


 サルカンが顎髭をこすりながら口ごもった。


 その二人の前方に、大きな樹が見えてきた。


 だが、モモカが右目を大きく見開いた。


「な……!」


 彼女は駆けよった。


 幹に立てかけていた戦斧が地面に倒れ、そこから二メートルほど、引きずった跡が草の上に残っていた。


 サルカンがしゃがみ、跡をなぞった。


「動物の仕業じゃねえな」


 モモカが樹の根本に駆け寄った。


「ない…… 革鎧も、ブーツも」


 眼帯だけが落ちていた。


「こりゃ、盗っ人にやられたな」


 サルカンはそう言って立ち上がる。


「革鎧と衣嚢かくしは持っていけても、戦斧までは持てなかった。こいつは小型種の仕業……いや、子どもかも……」


 得意げな顔のサルカンの頬を、モモカがつねった。


「いででで!」


「探偵ごっこより、ごめんなさいが先だろ」


「なんで……」


「荷物を見張っておけと、わたしは言ったろ」


「そうだったか……?」


 モモカはつねったまま音を立てて指を引きはがした。


「言った。間違いなくだ」


 そして修道服のままサルカンの尻を蹴り上げた。


「なのに、なぜお前があのとき胴上げされていた? 見張りはどうした?」


「だってよぉ、鉛を仕込んだ修道服をお前が脱ぎ捨てていっちまったからさ……」


 モモカは片手で顔をおさえた。


「どうするんだ、このシスターの格好のままガロまで行けというのか……」


「巡礼者は宿代が半額になるぞ?」


 サルカンを見上げ、モモカはにらんだ。


「戦斧を背負ったシスターなどいるか、馬鹿猿」


 そのやりとりの途中で、サルカンが、思い出したように、大きく手を打った。


「そうだ。そうそう。この近くに知り合いの村があるって言ったろ。盗っ人が子どもなら、品を溜め込む場所が必要だ」


「だったら何だと言うのだ」


「……遠くへ運ぶ前に、どこかに隠してるはずだ」


 ふん、とモモカは鼻を鳴らした。そしてサルカンの目を見据えた。


 すると、彼の目が泳いだ。


「貴様、わたしをそこに連れて行きたいだけなんじゃないのか」


「……あ。ばれた?」


「わたしの勘はするどいんだ」


 わかったよ、と、サルカンは大きく手をあげた。


「村の長に合わせたい。事情があってな。詳しくは村で話す」


「どうも信用できない」


 けれど立ち上がったモモカは、日が没しつつある茜色の空を見た。


 彼女に並んでサルカンも夕陽を見た。


「そういや、おまえ風呂に入りたがってたな」


 モモカがジト目で睨む。


「ち、ちがうぞ? おれは本当に人間のメスには興味ないんだ」


「どうだかな。さっきは怪しかったぞ」


「そりゃ言いがかりだ! っていうかギレの村ってのは温泉で有名でな。今日の働きを癒してもらいたいって、それだけさ」


 モモカはため息をついた。


「わかった。とにかくその盗っ人に村に案内しろ。そのかわり、宿賃はお前もちだぞ」


「盗っ人の村じゃねえよ! まぁ、ともかく善はいそげだ。いこうぜ大将」


 サルカンはモモカの戦斧をかつぎ、彼女を手招いた。


「小さな村だが、信心深くてな。その格好ならきっと歓迎されるぞ」


「わたしはシスターじゃない!」


 モモカは文句をこぼしながら後を進んだ。


「まあ、たのしくいこうぜ。この先、長い付き合いになるかもしれねえんだし」


「なるかものか。この馬鹿猿」


 頬をつねられながらサルカンは戦斧の重みによろめいた。


 秋の夕焼けが、ふたりの向かう街道を東へ東へと照らしていた。

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短編 【戦斧のシスターと三匹の獣人】「泣かない・笑わない・叫ばない」3ないの彼女がちょっとだけいい顔をした理由 朱実孫六 @AK-74

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